「私が一番私らしいまま、素敵に見える服を選んでくださって、ありがとうございます」
クリスさんのお誕生日に服をプレゼントするお話です。
@toasdm
試着室のドアの前で彼女はどんな表情で待っているのだろうか。そう考えるだけでクリスは、自分の頬が緩むのを感じた。案の定、全身鏡に映りこんだ自分の顔はニヤニヤとにやけていて、値札のついたままのセーターのネックを整えながら、こんな顔は見せられませんね、と、クリスは一人くすくすと笑った。
誕生日にプレゼントしたいものがある、と彼女に連れてこられたブティックは、シックで落ち着いた雰囲気の漂うラグジュアリーな大人らしい空間だ。クリスさんは元がいいから、と店内を物色してまわり、彼女はいくつかの服を見繕ってクリスに手渡した。
「絶対絶対、これ似合いますから!」
「ふふ……プロデューサーさんがそうおっしゃるのでしたら、そうなのでしょう」
興奮気味の彼女からそれらを受け取って、試着室に入ったクリスはジャケットを脱ぎ、ハンガーにかけた。
鏡に映っているのは、見慣れた自分の顔と体。
アイドルなどという仕事をしている関係上、普段から身なりには気を使うようにはしてきたものの、いざ自分に似合う服となるとそこは多少、自信がない。今季メンズはこれがきてるんですよ、と胸元にのみジッパーのついた柔らかなニットをまじまじと広げて見つめてみるが、果たしてこれが、自分に着こなせるかどうかは、わからない。シャツを脱ぎボトムスを脱ぎ、Tシャツと下着とソックスだけの姿になった鏡の中の自分を再確認してみるが、見せて恥ずかしい体つきではないとは思うが、彼女が言うような、元がいいと言えるほどではないように感じられた。
「おお……」
すらりと伸びた長い脚を通したボトムスは、裾に向かってゆるやかに細くパターンニングされているようで、ちらりと見える足首が、どこかこなれた雰囲気を感じさせてくれるようだと素直に思った。確か、テーパードとおっしゃっていましたか、と鏡の前で右から左から、自分の足のシルエットを確認しながら、なるほど彼女の見立ては間違いではなさそうだ、とクリスはほっと胸を撫で下ろした。
そもそもそこまで小柄というわけではなく、どちらかというと、雨彦ほどではないにせよ背丈のあるクリスは、トールサイズの店でしか服を買えない。その自分がしっくりとくるサイズ感に、そういえば彼女は自分のことを隅々まで知り尽くしているのだ、と改めて実感させられた。どこからどうみても美しいラインを描き出す落ち着いたチェック柄のボトムスは、クリスの気に入りになりそうだ。
「ん、これは……?」
ジッパーを下げてセーターに袖を通し、巻き込んだ長い髪の毛をばさりと後ろに捌いてから、はて、とクリスは考え込んだ。
ジッパーは、上げるべきなのか、下げるべきなのか。
少々悩んで、悩んだときは中道を行きましょうか、と鎖骨よりもやや下あたり、中ほどまでジッパーを下げて、渡されたジャケットをばさりと羽織った。
鏡に映りこんでいるのは、頑張り過ぎない大人のおしゃれを楽しんでいるような自分の姿だった。
こんな自分なら、とクリスは思う。
こんな自分なら、誰かに魅力的だと思ってもらえる、と自覚できるのではないのだろうか、と。
自分の容姿が優れていないなどとは思ったことがないが、外から寄せられる容姿への賞賛の言葉を受け取るたびに、クリスは複雑な思いをしてきた。それよりも海の魅力についてわかってほしい、と贅沢なことを考えたりもしたものだ。だが、それは別としてやはり、こんな風に着飾った自分の姿が、誰かに受け入れてもらえるのだとしたら、嬉しいことには変わりない。
――なによりも。今試着室のドアの前で待っている彼女に、魅力的だと思ってもらえるのだとしたら。
緩みきった頬を軽くぺちぺちと叩いて、クリスは試着室のドアを開けた。
「プロデューサーさん」
はにかんだような柔和な微笑と、ぴたりと体に沿った美しいシルエットの服。いかがでしょうか、と恭しく、まるでダンスの申し込みをするように深々とお辞儀をして、クリスは顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「いかがでしょうか?」
「う…………美しさは罪……」
言うに事欠いて罪ですか、と腹を抱えて笑うクリスを紅潮した顔で興奮気味に見つめて、彼女はぽつりと呟いた。
「これじゃ私へのプレゼントじゃないですか……クリスさん素敵過ぎます……」
「ふふふ。私が素敵なのは、あなたの前でだけではありませんが」
その場でくるりとターンをしてからにっこりと彼女に笑いかけて、クリスは実に上機嫌に、弾む声で言う。
「私が最も素敵に見えるのは、絶対に、あなたの前ですよ」
人目を気にしてちらりと周囲を見渡して、人気がないのを確認すると、ぎゅっと彼女を抱き寄せて、クリスは彼女の耳元で、フルボリュームで囁いた。
「私が一番私らしいまま、素敵に見える服を選んでくださって、ありがとうございます」
最高の誕生日プレゼントですよ、と笑って、クリスはそのまま、彼女を試着室へと連れ込んだ。押し寄せる波のように穏やかで優しいキスを何度も繰り返して、クリスはただただ、彼女への愛をゆっくりと、プレゼントのお返しに手渡し続けた。