「ここにはしてくれないのかな?」
寝てる神谷さんにブランケットかけてあげたらこうなっちゃった!みたいなお話です。
(誤字修正のついでにこっそり追記してたり。)
@toasdm
季節の変わり目、そろそろ羽織りや長袖を出しておかなければ、と彼女は薄暮の家路を急ぐ。吹く風は昼の名残をつれてもやや冷たく、迫る夜にはひんやりと、よく冷えた空気が降りてくる。
「マフラー、手袋……あ、ブランケットもそうか……」
ぽつりぽつりと独り言を漏らしながら、彼女はアパートの階段をトントンと登る。今日はオフの神谷が自宅で待っていてくれるはずだ、と、穏やかで優しく柔らかい笑顔を思い浮かべて、彼女はにんまりとする。私も大概だよね、ちょろい、と自嘲して鍵を開け、ただいま、と小さく声をかけた。
返事はなかった。
寝てるのかな?とパンプスを脱ぎ、フローリングにつけた足の裏から、ひやりと冷気が体の中に入り込む。疲れて少しむくんだ足には気持ちがよいとはいえ、そろそろ足回りにも気を使う頃か、とジャケットを脱いでハンガーにかける。
「あ…………」
薄暗くてよく見えないが、どうやら神谷は、ソファでうたた寝をしているようだ。すぅすぅと穏やかな寝息を立てている神谷に近付くと、片腕は腹の上、もう片腕は上へと上げて熟睡しているようだった。
「なにもかけてない……」
せめてなにか、一枚だけでも、と彼女は慌ててソファの脇からブランケットを取り出して、ふわりと広げる。少し頼りないが、なにもないよりはマシだろう、とそれを神谷にかけてやると、うぅん、と身じろぎをする。
「あ……ごめんなさい、起こし……て、ない……」
唸ったのはその一瞬だけで、あとは再び、神谷は元通り、すぅすぅと規則正しく寝息を立てている。ふふ、と笑うと彼女はいったん寝室に入り、かっちりとした仕事着からリラックスした部屋着へと着替えて再びリビングへ、神谷の眠るソファのそばへと戻ってきた。
「ふふ……よく寝てるなぁ……」
神谷が頭を乗せているソファの肘置きに腕を乗せ、さらにそこに顎を乗せて、彼女は眠る神谷をじっと見つめた。首から下はブランケットに覆われて、行儀悪く立てた片膝こそはみ出してはいるものの、二人で包まるためにと買ったやや大判のブランケットは、神谷を優しく包んでいる。
突如として悪戯心がむくむくと、彼女の中に沸いてくる。どこまでやったら起きるんだろう、と彼女は神谷の頬を一度だけ、ちょん、と軽く突いてみる。
「……んっ」
もごもごと、口を動かすが、払いのけるような仕草も見せずに神谷は眠っている。まだ起きないんだ、と笑いをこらえて肩をぷるぷると震わせながら、彼女はまた神谷を見つめた。
こうして服も隠れて薄暗いと、年相応に見える。
服装のせいや立ち居振る舞いのせいだろうか、普段の神谷は実際の年齢よりも幾分年上に見えるような気がする。私の方がお姉さんなんだけどな、とよく思うことがあるくらいには、神谷は大人なのに大人びてみえる。
「寝てるせいかな……寝顔、可愛い…………」
もちろん彼女の言うとおり、寝顔というせいもあるだろうが、年相応と言うよりは幼く見えると言ってもおかしくない程度には、神谷の寝顔は少々あどけなく見えた。
「…………ん」
誘いこまれるように吸い寄せられるように、彼女は自然に、神谷の額に唇をそっと押し当てた。可愛いなぁ、と心の中で呟いて、そろそろ電気でもつけようか、と体を離して立ち上がろうとした時――…。
「ここにはしてくれないのかな?」
びくり、彼女の体が跳ねる。うわっ、と叫んだのは、暗がりの中で薄く目を開けて、にっこりと微笑みながら唇をトントンと突く神谷に、腕を掴まれたせいだ。
「いっ、いつから起きて」
「うん? うーん……いつ、だろうね?」
はぐらかすように笑って神谷は、そのまま彼女を引き寄せる。バランスを崩して神谷の胸板にぽすんと上半身を預ける形になった彼女は、離してください、と暴れたが、存外見かけよりも力強く抱きしめられているようで、離れることは叶わなかった。
「で、してくれないのかな?」
「うぅ……」
するまで離してくれなさそう、と恥ずかしさを飲み込んで、彼女はそのままゆっくりと、神谷の唇に近付く。
「ん…………」
寝起きの香りを漂わせた神谷の腕が、ブランケットをふわりと広げて、その中に彼女を包み込む。電気もついてないからいいよね、とすっかり目覚めた神谷が、彼女の目の前でにっこりと笑っていた。
それはつまり。
――そういう、意味だろう。
「い、今からですか……?」
「うん、駄目、かな?」
断れないのを知ってるくせに、と暗がりの中さらに暗いブランケットの中で、彼女は神谷をじっと見つめる。だんだん暗さに慣れてきた視界の中、すっかり目が覚めたような神谷の表情は、眠気と色気が絶妙なバランスで混ざり合っているように見えて、胸が高鳴るのを感じた。
「ドキドキ、するよね……ふふ、誰かに見られてるわけでもないのに」
ブランケットの中は少しいきぐるしくて、それもまた、ドキドキと、胸を高鳴らせる。
「ね」
悪戯そうな笑みを浮かべて、彼女を引き寄せて抱きしめて、優しいキスを施して神谷は笑った。
「隠れて悪いこと、してみようか?」
断る理由など、彼女には最初からなかった。