@toasdm
カチ、カチ。マウスを操作してみのりはノートパソコンに取り込んだ写真を眺める。せっかくこんなに撮ったんだから、見せてあげたいよね、とスマートフォンから転送した写真の枚数は膨大で、もっとこまめにやっとけばよかったよ、と自嘲しながら、みのりはマグカップを片手に写真と格闘を始めた。
ずず、と甘いココアをすすって、ほぅ、と漏れた溜め息の香りも甘く、自然と緩んだ頬と下がる目尻のその前で、モニタはピエールの笑顔を映し出していた。
「ふふ、ほんっとこのときのピエール、嬉しそうだったよね……」
思い出の付箋を辿るように、記憶が過去へと遡る。商店街のイベントで法被を羽織って両腕をピンと広げて、確かはっぴっぴー、なんて言ってたっけ。ふふ、とまた笑みを零してココアをすすると、みのりはそれを【ピエール】と名前の付けられたフォルダに放り込んだ。
「あーヤバい、この恭二ほんっっと王子様!」
世界中が恋に落ちる!と恍惚とした笑みでみのりは、迷うことなくその写真を【恭二】のフォルダへと分類する。みのりの腕が画面端いっぱいまで伸びた三人で映っている写真は【Beit】のフォルダに、他ユニットのメンバーが映っているものはそれぞれのユニット名のフォルダに、と次々と分類して、みのりはふと手を止めた。
「……あ」
画面には、プロデューサーの横顔が映し出されている。
舞台袖の薄暗がりの中、じっとステージを見つめる真剣な横顔がそこにはあった。
「これ、俺達の初イベントのやつだ……」
写真の隅に映りこんだ衣装のタッセルから、みのりは日付を見ることなく思い出を拾い上げる。何度も修繕を繰り返してきたみのり達の「戦闘服」とでもいうべき衣装のタッセルは、まだ新品同様だ。懐かしいな、と目を閉じて、みのりは思いを馳せた。
思えば、彼女は初めからずっと、自分達と同じ方を見て寄り添ってくれていた。激励も労わりも全て、彼女から自分達に向けられた思いの強さはまっすぐで力強くて、気持ちが良かった。自分達がこうして、ステージに立ってお客さんみんなに笑顔をお届けできるのも、ピエールや恭二と一緒に夢見た世界で羽ばたいていけるのも全て、彼女の下支えがあってのことだ、と、そのたった一枚の写真が教えてくれている気がしたのだ。
「いつもありがとう、プロデューサー」
フォローの力強さを裏付けるかのように、写真の中の彼女の瞳は、まっすぐだった。写真を次へと進める。
「あ……また」
今度は、四人で映っている写真だ。ライブが跳ねた後の解放感と達成感が、画面いっぱいに広がっていく。汗で張り付いた前髪、上気した頬、全てがライブの成功とこれからの明るさを示しているようで、みのりは思わず姿勢をただした。
「初心忘れるべからず、って言うし、ね……」
始まりは始まりでしかないが、全てはここから始まったんだ。そんな思いに背筋を伸ばして、みのりは彼女の表情を注視する。
「……ふふ、泣いてたのかな?」
その時は気がつかなかった、自分もいっぱいだったから、と過去に言い訳をして、みのりは指先でモニタを、彼女の頬の濡れた筋をなぞる。たった数ピクセルのその痕跡が、今になってみのりをこんな風に締め付けるのだ。熱くなる胸を押さえて、みのりはさらに写真を進めた。
「……う、っわ」
モニタに映し出されたのは、なんということのない一枚の、スナップ写真。
背景から言って事務所だろうか。パソコンに向かう真剣な眼差しのプロデューサーの横顔に、みのりは思わず口元を押さえて息をのんだ。
みのりの目線の高さから、やや俯瞰気味に映し出された彼女の横顔。構図、ピントの置き方、一瞬の切り取り方。スマートフォンでさっと盗み撮りしたつもりだったのに、それはまるで――。
「こんなの、恋する目線の一枚じゃん……」
慌てて他の写真も確認するが、時系列で並んだ写真はこの頃から、やたらとプロデューサーの隠し撮りが増えていた。これも、これも、あとこれもだ。全ての写真を検め終わって、みのりはとうとう両手で顔を覆って悶絶しながら呟いた。
「……これじゃ、まるで……」
まるで、俺がプロデューサーのこと、好きみたいだ――…。
「ああ、そうか。俺、結構前から好きだったんだね、プロデューサーのこと」
今度はくすくすと笑いながら、みのりはフォルダをひとつ追加する。
【大好きな人】と名前をつけたフォルダの中に彼女の写真を移動させると、みのりはふと手を止める。
「きっと、見たらすぐに、気付いちゃうかもしれないけど……」
それでもいいよね、と笑って、みのりはその、恐らくは自分が恋に落ちた瞬間に撮ったであろう彼女の写真を【Beit】のフォルダに一枚だけ潜りこませた。秘密の一枚はフォルダの中で、じっと出番を待っているように、そこだけがみのりには、スポットライトが当たったように浮き上がって見えていた。