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ミヅチ・カゲロウ
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風切 凪
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@Coltwing
「開け、六道煉獄門」
「ぐっ…
断空疾走は風を切る力。一時的な真空状態を作り出して結界陣から噴き出す炎を遮断した。その真空を埋める気流に乗って恐るべき速度で彼が接近する。
ここは死者たちが蘇りを求めて闘う彼岸と此岸のはざま、死霊の宴会場。
並み居る魔人との戦いを何とか切り抜けた私の最後の相手は、眼鏡にスーツの陰気なお兄さん。
あるいは、おじさんかもしれない。一見して年齢が想像できない不思議な雰囲気を纏う人だった。分かる事は一つだけ。
今までで一番手ごわい!
彼が7つの暗器を投げ放つ。どの方向に風を操作してもどれか2つが命中する軌道。こんな風に単純な技術だけで私の能力に対応してくる人は今まで居なかった。
直接叩き落とすしかない。
「はああっ!」
風に弱い形状の
「で、できた…!」
「――素直な事だ」
ばちこーん! すごい音が鳴って何かに額を撃ち抜かれた。苦無の軌道に隠れていた…これは500円玉?
ピヨってる場合じゃない! 向き直れば正面には既に暗めの無表情。突き出された白打をなんとか凌ぐも引いた手から飛んだ指弾をクリーンに貰い、さらに吹き飛ばされてしまった。
「だが、よく鍛えられている。ここでも忍者に遭遇するとはな。つくづく因果なものだ」
「何言ってるの? 私は死ぬ瞬間に魔人能力に目覚めただけの一般女子高生だけど…」
まったく、勘違いも甚だしい。陸上選手だったという母に鍛えられ、幼少時からずっと陸上だけに打ち込んできたのだ。
ハードル走の訓練で朝から晩まで野山を駆け回った。
投擲力を鍛えるためと言われ、ダーツや石を遠くの的に当てる練習は欠かさなかった。
長距離を走破するため、右手と右足を同時に前に出す独特の走行フォームを習得した。
肺活量を鍛えるために水に潜って息を潜めたり、バランス感覚を鍛えるために古い床を足音を立てずに高速で歩いたり。
そんな私を忍者扱いするなんて! 中には狭い部屋で超高速で跳ね回るスーパーボールを目で追って棒で打ち払うとか、雲の様子から天候を読むとか、読唇術とか縄ぬけとかなんだかよく分からない訓練もあったけど――
…あれ?
「私、もしかして忍者なの?」
「だからそう言っているが」
「そんなぁ…」
へなへなと座り込んでしまった。
言われてみれば、周りの陸上女子は鉄山靠や崩拳の打ち方なんて知らなかったような気がする。そもそも魔人である『親友』を抑えて非魔人である私が陸上部のエースを張れていたのもおかしい。でも、だとしたらお母さんはなぜ私に嘘をついてまで忍者の修行を?
「たまにある」
たまにあるのか。
「抜け忍や、子供に人里での暮らしを覚えさせたい忍びがそういう子育てをするケースがな。それに、自分が忍者教育を受けている自覚のある子供はちょくちょく無茶をやるらしいから」
説明は終わったとばかりにお兄さん(便宜上そう呼ぶ)は拳を構えた。
「…あの~同じ忍者のよしみで若人に道を譲ってくれるとか」
「ふむ、そうだな。確かに君の動き、覚えがある物だ」
そう言って少し考える様子を見せる。
あれ、だめ元だったけどなんか行ける感じ?
「君を鍛えた者の名を教えてくれ」
「えっと、風切、アゲハっていうんだけど、知り合い?」
「知っている」
「じゃあ!」
「里を抜けた女だ。譲ってやる義理は無い事がはっきりした」
「あっうん」
短い軌道のパンチが迫る、掌を回しながら拳を受け力を吸収、し切れない! 化剄に失敗した私を容赦なく追撃が襲う!
「っ断空疾走!」
風に任せて膝を抜き高速の横滑り。ついてきている! 同じ忍者でも、きっと場数が違うのだ。
周囲の空間にまるまる影響を与える私の能力、距離を取るには向いていない。
逃げられないんだ。最初から分かってた。
「立ち向かわなきゃいけないんだ、『約束』を、果たす為にはぁ!」
ぎりぎりまでその拳をひきつけて、前に出る。
「
打ち出した肘に、お兄さんも踏み込んで対応、頭突きをぶつけられる。そのまま打ち合った状態で二人同時に震脚! 風が走り、花瓶が割れ、額縁が落下する。
「俺とて帰らねばならない。里の者が待っている」
シビアな人。当たり前だね、私と同じようにこれまでも沢山の死者と戦い、倒してきたはず。元から私たちは終わってて、そうじゃなくなる可能性があるってだけ。いちいち良心の呵責を覚えて勝ち抜けるほど、この洋館は甘くない!
二つの震脚の干渉地点にすり足。波が打ち消され静止するそこから力を吸い上げるようにして、全ての関節を同時に動かす。
「はああああっ!」
押し―勝った? いや、そうじゃない。力を流したの、あんな体勢から!
体幹を軸にした化勁でトルクを下げ、高速の回し蹴りが脇腹に入る。受け身は取れたけどこれで3撃目、やられっぱなしだ。
決定的な一発を入れなければ、このまま敗けてしまう。断空疾走による3次元機動を最大限生かすためにも、広いところに出なきゃ。
※
「考えていることが判り易いな。素直なものだ―六道煉獄門」
吹き抜けの広間に出た私の前に再び結界陣が現れる。
「さっき見たでしょう。炎なんて何度でも断空疾走で無効化―」
「勘違いしているようだがこれはただ炎が出るとかそういう能力ではない」
陰気な目がひときわ強い光を宿した。
ごくり。なんだかやばい気がするぞう。
「来い! 煉獄の竜よ!」
結界陣が最大化し、地獄の門が開く。
始めに姿を見せた口は人を丸呑みに出来るほど、その口から想像するより遥かに大きな頭部が現れる。茫洋として感情を読み取らせぬ瞳、奇怪に枝分かれした6本もの角が影を落とす。さらに10mを超える巨体が姿を現し戦場を睥睨した。
隘路では使えぬミヅチ・カゲロウの切り札、六道煉獄門の竜が全容を現す―—
…えっいや、それ、その見た目――
「そっ…そっ……」
「恐怖に声も出ないのか、無理もない」
「それ、ウーパールーパーじゃんっ!!!!!」
じゃんっ…じゃんっ…じゃんっ…(エコー)
「うぱー?」
竜の不気味な哭き声がこだまする。ズン……という足音が響き「その地の文をやめろ! ウーパールーパーでしょウーパールーパー、すごい昔に流行ったっていう、あの、ゆるキャラみたいな生き物!」
「レベルの低い揺さぶりだな。幼少期、俺は遠い異国の地で確かにこの目で見た。この凶悪な姿、湖畔に生息する竜の幼生――」
「メキシコだよぉそこ…」
なんだか独特なセンスを持ってる人みたいだ。呑まれてはいけない。
「えい!」
回り込んで断空疾走の慣性を乗せたドロップキックを入れる。巨体が傾いだ。
「うぱぁ…」
困っているみたいだ。
「やれ、煉獄竜」
「うぱー!」
ちょっと怒った様子を見せると、体に比べると小さめの足で走り回る。妙に速いが重さは外見そのままのようで破壊力は洒落にならない。床や壁がめちゃくちゃになっていく。断空疾走の補助を受けて壁を走りながら巨大ウーパールーパーの猛威を躱す私の元へお兄さんが迫る!
両手の指が霞み、パームしていたらしいコインがいくつも射出された。
「舐めないで、私も今まで教わった技術が
断空疾走の補助で半数のコインを摘み取り、同じように投げ返して残り半数と相殺! いけた!
お兄さんが少し驚いた目でこちらを見る。
「どうよ!」
「やるな」
ウーパールーパーの突進を紙一重で躱して能力を使用、砕けた柱の破片がお兄さんへと降り注ぎ、赤いマフラーにまとめて絡め取られた。なんでスーツなのにマフラーつけてるんだろうと思ったけど、あんなにマフラーを扱うのが上手かったら私もずっとつけて歩いちゃうかもなぁ。着地。
と、危ない。ウーパールーパーが迫っている。本当に近くまで迫っている。避けられない! 本当に危ない! ちょっと!!!
途轍もない重量とスピード、断空疾走の回避は間に合わない。
それは何も知らなかった頃、ぼけっとトラックに轢かれてしまったあの日を思い出させた。
立ち向かわなきゃ。
化勁しかない、さっきあの人がやったように。
イメージは力を絡め取るように。
叩き返している余裕はない、地面へと逃がすのだ。
風を操って、さまざまな強敵を制してきた。
力の方向を理解する感覚なら、私はきっと誰にも負けない。こんな単純一方向の突進相手なら。
体内を吹き荒れる破壊の嵐だって、制御できるはず!
激突。触れた場所からより後方へ、より下方へ、負債のバトンリレーをするように。
そして、大地が砕ける!!
お兄さんと、私と、珍獣、揃って地下へ落下。
※
「いてて……」
私たちが落ちた部屋には、時代を感じさせる無数のモニタ機器が緑色の光を湛えて鎮座していた。中央には大きな地図。付箋つきのピンが全国各地に突き刺さっている。
私は気付く。書かれているのは日付。過去のものも、今から少し未来のものもある。その中のひとつに。
「これ、私が死んだ日だ」
お兄さんも地図を眺めているようだった。彼の死んだ日、死んだ場所を記したピンもあるのだろうか。モニタに視線を移し、何か考えている様子だ。
『いけないねぇ~』
「!?」
背筋が寒くなるような声、発した者の姿は見えない。
『ここは君たちの入るところじゃない。戦闘領域に戻る事だ』
それを最後に景色が歪んで、気付いたときにはあの広間だった。
※
腰が抜けている。
やはりというべきかぶっつけ本番で完全にダメージを流すのは無理だったみたいで、ここに来て立てなくなってしまった。
「まあ、最後のは悪くなかったが」
お兄さんがつぶやき、武器を構える。
「じゃあな」
※※※
ヨッス、オレは魔人カードゲーマー碇絶斗。隣のこいつはオレの相棒、サイファー・ファーサイト・センチネルだ! カッコいいだろ!?
突然だが今、オレは猛烈なピンチに見舞われている。闇のカードギルド――都市伝説だと思ってたぜ。だが目の前にそいつはいる。ライフダメージが実体化する装置を開発し、幼馴染の沙宮マイカを人質に取って俺のセンチネルを奪おうとする、卑劣な奴等だ…!
「ククク…泣かせるねぇ、それだけボロボロになっても攻撃しないなんて。よほど彼女が大事だと見える」
「くそっ、マイカ…」
脳内にセンチネルの声が響く。
《ゼット、私を手放すんだ》
「そんな、センチネル…でも!」
「出来ないというなら、貴様を殺して奪い取るまでだ! この闇バトルのダメージでなぁ!」
「畜生、万事窮すだーーーーッ!」
俺が叫んだ時だった。一条の閃光が
闇ギルドの男がうろたえる。
「なぁッ!? 誰だ貴様は」
「あえて名乗るなら、マスターニンジャと言ったところか」
《―今だ、ゼット!》
「おう! なんだか分かんねーがやってやるぜ、センチネルのエクストラ能力発動、カレイドスケープ!」
《行くぞ!》
俺のプールから青◇◇のクレストが霧散、センチネルのサイバーボディが虹色に発光し消失!
「迷彩を纏ったセンチネルは反撃のダメージを受けず、全てのクリーチャーに攻撃できるぜ! 更に赤◇を支払い、《オーバーヒート》! 終了フェイズの自壊を条件にセンチネルにバスターとボルトリンクを与える! 行っけぇ!!!!」
―――
――
―
『これは困ったねェ。死すべき定めの命が救われたことによって、次の宴会場のコマに空席が生まれてしまった』
『どうしよう どうしよう』
『足りないなら前回の脱落者で間に合わせる決まりだ。丁度いいのがいたろう』
『そうだね そうだそうだ』
※
お兄さんに敗北し、宴会場に囚われる無数の悪霊の一人となっていた私は、ふと地面の感触があるのに気付いた。
息を吸う、吐く。久し振りの肉の感触は、なんだか生ぬるくて気持ち悪い。
覚えている。これは彼らの無聊を慰める戦士たちに与えられる仮初の肉体。
誰かが何をしたのだ。
ともあれ。
「一年越しになっちゃうけど、待ってて、『親友』」
※
「何で、マイカを助けてくれたんだ?」
「別に。君にもその子にも大した興味はないよ。単なる気まぐれと―巡り合わせだ」
ニンジャだっていうそいつは右手でコインを弄びながら、どこか遠くを見ている。突き放すような、それでいて信じているような、不思議な視線。
「巳槌の教えを受けたのだろう。稽古もつけてやった」
「這い上がって来るがいい、妹よ」