ダンゲロスSS1023トップ
https://privatter.net/p/3863561
ミヅチ・カゲロウ
https://privatter.net/p/3893870
風切 凪
https://privatter.net/p/3895567
@Coltwing
ここは古びた洋館の一室。
備え付けられたベッドに、眼鏡とマフラー、スーツを身に着けた年齢不詳で体躯の良い男が横たわっていた。
そして、それに近づく影が一つ。
手を伸ばそうとした瞬間━━
『!』
寝ていた男は目を覚ます。
ベッドから身を起こし、即座に膝立ちになって周囲を窺う。年季の入った埃が舞った。
(埃の積もった、足跡のない部屋。……ここはどこだ?)
男は覚えのない部屋に対して警戒を強め、無意識につぶやいた。
「生き、ている」
『いや、死んでいるよ』
彼の耳元に、あざ笑うような返事が響いた。
*
『砂糖はいくつ?』
「……」
『それは6つの顔か』
「……」
埃の積もった部屋に男が二人、テーブルを挟んで座っていた。
否、厳密には、男と男の姿に見える黒い影が座っていた。
「……」
提供されたコーヒーを言葉なく啜るのは、男。
名をミヅチ・カゲロウ。割愛するが、ご存知の通りマスターニンジャである。
『つれないねぇ』
カゲロウのカップに角砂糖をどばどばと入れていたのが、黒い影。
名はない。通称は━━
「━━橋渡し、貴様の目的は」
『刺激』
黒い影もとい“橋渡し”は提案する。
『もう一度、生きてみないか?』
死を狼藉するは亡者の特権。
マスターニンジャであるカゲロウに、転職のお誘いを持ちかけた。
「断る」
即断即決!
ニンジャのホコリは死後も変わらず、ココロに積もっていた!
『つれないねぇ』
「万物に宿命あり。吹いて消える灯火なれど━━」
カゲロウの詩に合わせ、橋渡しが言葉を盗る。
『━━流星が如く光あれ』
橋渡しに表情は映らない。
だが、カゲロウは確かな嘲笑を向けられていると感じていた。
「貴様、何者だ?」
『いや、すまない。つい、カガリを思い出してしまってね』
カガリ。
それは、カゲロウにとって聞き覚えのある、忘れられない名前。
ミヅチ・カガリ。
それは、人から人へ、転生を繰り返す禁術の創生者。
巳槌 火狩
それは、里を売った裏切り者。必滅の対象。
『さて、カゲロウ。君はこれからどこへ行く』
「……」
カゲロウはダマのようなコーヒーを飲み干し、答えた。
「刺激を与えに」
『つれているねぇ』
商談が、始まった。
*
死霊の宴会場。
山奥の廃集落中央に建てられた洋館。
百年ほど前までは吸血鬼と噂された一族の住んでいる館だったが、ある事件を引き金に集落は無人となり、洋館の周囲には無数の墓が建てられた。
生者のいなくなった館では、代わりに死者が集まり、毎年のように宴が催される。
暗く淀み怨念に満ちた空気は、彼らにとってはとても心地よいものだからだ。
そして今宵、命知らずの消耗品達による、命を賭けた戦いの幕が上がる!
「死者だけに命知らずってね」
「……」
冷たい風が発言者のポニーテールを揺らす。この寒気は霊気ではないだろう。
「死んでるのに命賭け」
「……」
「あ、ごめん。ちょっと待って」
凪は着ていたジャージをおもむろに脱ぎ始めた。
「……」
カゲロウは寡黙な男だ。
そして、任務に対して真摯である。
例え、目の前にいる少女が着替えていても、存外気にすることはないのだ。
「おまたせ。やっぱこういう時はユニフォームだよね!」
「……」
決して、目を向けられなかったわけではない。
『凪嬢、自由なのは良いけどパフォーマンスのやりすぎは困るぜ』
凪にとっての実況者もとい、カゲロウにとっての案内人が苦言を呈した。
凪は準備運動をしながら周りを見渡す。いくつかの霊魂が成仏しかけていたので、笑顔で応えた。
「あははー、ごめんね」
トドメを刺し、準備運動を続ける。
その間もカゲロウは辺りを見渡していた。立てばジェントルである。
「よし! 準備オッケー! かしこくかわいい凪ちゃんの出番が始まるよ!」
凪は膝を曲げて右手を差し出し、左手を腰に付ける。
一日使って考えた決めポーズ。その反応は━━
「━━ミヅチ・カゲロウだ。目的は……一族の存続」
カゲロウが述べたのはアイサツ!
マスターシノビによるオジギとコンニチハ!
「よろしく、カゲロウさん。凪は凪。風切凪。目的は止まらないことと、約束を守ること」
しかし、スキップガールはヤマトナデシコ! 三歩下がって丁寧なオジギ。オクユカシイ!
『さぁ、宴の始まりだァ!』
黒い影が叫ぶと、観衆も呼応して大声を上げる。
戦いの幕が上がった。先手を取ったのは━━━━
「推して参る」
━━━━カゲロウ。
凪の正面、左右の三方向から同時に苦無が投擲される。
イタズラに視線を泳がせていたわけではない。あの時からすでに、仕掛けは施されていたのだ。
「せーのっ!」
凪は両手を後ろに引いてから、虚空を抱えるように振り抜く。
断空疾走。
それは風を切り、風を流す能力。
苦無が風に煽られ、猛スピードでカゲロウを狙う!
「チッ」
カゲロウは対角線上に手裏剣を投げる。撃ち落とすつもりだろうか。
「甘いよ!」
凪があやとりを弄るように指先を絡めると、再び突風が吹きすさんだ。
暴風は止まらない。
投げつけられた手裏剣さえも飲み込まれ、全ての暗器がカゲロウに襲いかかる!
(念動力、磁力、方向操作の類ではない)
間一髪、マスターニンジャで無ければ避けられなかったであろう一撃。
だが、カゲロウは紙一重の跳躍で回避する。
しかし、それで終わらないのがこの女!
「それそれそれそれ、そ━━━━れっ」
その場でくるくると回っていた凪は、360°を細かく刻む。
勢いの乗った蹴りが小型の竜巻を生み出した。
そして、地面を抉る鎌鼬がカゲロウの着地を狙う!
「火遁」
風よりも早く印が結ばれ、カゲロウは大きく息を吸い込んだ。
マスターニンジャの肺活量は実際スゴイ!
「『火龍の吐息』」
カトンジツ!
ヒフキ野郎のサーカスとは違う、マジモンのサラマンダーブレス!
「炎なんて掻き消せば……」
目を回した凪は、ほんのり足りない声。
そして、手繰って別の風をぶつけようとする。
しかし、それよりも早く、カゲロウの印が結び終わった。
(水遁『口寄せ・蝦蟇の滝壺』)
東洋の神秘が可能にした多重詠唱、その名はフクシキコキュウ!
火を吹きながら油も吹き出すシノビこそ、陽炎の証!
「ええええっ!?」
鎌鼬を超えた火の勢いは、竜巻すらも飲み込んで酸素を奪い取る。
『友情コンボが決まったァー!』
竜巻を燃料に燃え上がり、生み出されるは灼熱地獄!
円形のフィールドを燃やし続けるそれから逃げることなど叶わない!
「万事休すってやつ?」
凪の額から滴る汗、それが焼け始めた皮膚にしみる。
焔の竜巻における台風の目。万物を灰に還す焦土の世界。選ばされた短期決戦!
しかし、だがしかし!
たった一つだけカゲロウは読み違えた!
「残念。凪はね、短距離走者なんだ!」
凪は自身の跳躍に合わせて真上の風を切る。
抵抗が消え、ぽーんと垂直に飛び上がった。
「飛ぶは蝗!」
続いて足先の風を蹴って乱暴に切り裂く。
推進力は熱を帯びた上昇気流となり、炎の牢獄の中で彼女は縦横無尽に舞い踊る。
「舞うは蝶!」
カゲロウは構える。
考えを読み取り、裏を掬い上げ、後の先を得るために。
不規則に飛び回り、一瞬、一瞬で緩急を付けることで分身し始めた凪を観察しようとし瞬間━━━━
「穿つ蹴りは、蜂のごとく!」
━━━━炎の牢獄に穴が開き、風が流れ込んだ。
穴を開けるために吹き飛んだのはミヅチ・カゲロウ。
その名を示す幻影ではない。そう、実態のあるマスターニンジャが蹴り飛ばされたのだ!
「うん、良い風吹いてるね」
カゲロウが読み違えた要素、それは凪の立ち回りに意味があると思っていたことだ。
実際のところ、そんなものは存在しない!
常に行き当たりばったり、彼女の思考は直情的で感情的!
勝てば勝つし、倒せば勝つ! 攻撃パターンの九十五割は殺人キック!
マスターニンジャであるカゲロウの左腕を潰す程度の蹴り、それを叩き込むだけである!
(……バカ、か)
カゲロウは寡黙な男だ。
そして、任務に対して真摯である。
だが、目の前にいる少女が笑っているならば
「我が魂の輝きよ、傷を伝いて空を奔れ」
「自分の血で空に魔法陣!?」
この場が宴と言うならば
「開け、六道の辻!」
「っわわわ、地震!?」
楽しむことも、やぶさかではない。
「『六道煉獄門』」
ロアアアァアアア!!!!!!
地底の底から響く唸り声。
結界陣を超えて現れたのは、煉獄の業火を放つ六角の竜!
「押しつぶせッ!」
ムアアアァアアアァ!!!!!!
カゲロウの指示に呼応し、笑わないハニカムドラゴンは地を這い突撃する!
「ひぃ!」
凪は合間の風を切る!
シアアアァアアアァ!!!!!!
残念! 魔人能力によって生み出されたこの生き物は地を這うらしい。よって、吹き飛ばない!
となれば、選択肢は唯一つ。
否、もとよりたった一つの真実がここにある!
「眼の前の抵抗を切断。ハニカムドラゴンに抵抗を、凪に勢いを!」
猛スピードで飛び出した凪と猛スピードで向かっていた六角の竜が衝突する!
それはまさに交通事故、奇しくも凪の止まった原因と完全一致。
だからこそ、彼女はここでこれを超えるのだ!
対角線上の勢いがぶつかった瞬間、ほんの一瞬だけ生まれた拮抗状態を━━━━
「!」
━━━━崩す!
魔人能力は意志の力。不可能を可能に変える創造の力。
交通事故を乗り越えると誓ったならば、正面衝突することはありえない!
「断空疾走!」
身体を捻って、ヒットスポットをずらす。
どれだけチャチな理屈であろうと、実現させるのが意志の力!
身体が軋もうと、六角に弾かれてその背に転がってでも、凪はまっすぐ突き進む!!
「そりゃあああ!!!」
風の壁を超えた凪の世界で、愚直な少女が勝利を蹴り込んだ。
*
宴もたけなわ。
勝者である風切凪は、埃の積もった足跡のない部屋に案内されていた。
『えー、では、これより転生の義とか始めます』
「あ、それなんだけどさ……」
凪は黒い影に耳打ちする。
口のない影が口角を上げた。
『酔狂だねぇ』
「粋でしょ?」
嘲笑には、満点の笑顔を。
*
ガチャリと扉が開き、空気が入れ替わる。
風が部屋に入って埃が舞った。
それは、凪の終わり。
「……」
『センチメンタルか?』
「さてな。それより、商談の続きを始めよう」
『つれないねぇ』
カゲロウが提供した刺激と引き換えに交わした約束、それはミヅチ・カガリの情報を得ること。
K文書に記された暗号の一つ━━━━KAGARIについて理解を深めることであった。
ちなみにカゲロウはマスターニンジャゆえに、当然蘇生術も使用できる。
今はまだ犠牲を生み出すそれを改良してからでも、宴で勝利するのは遅くはないのだ。
*
風が強い。
こんな夜は、風のない世界に想いを馳せてしまう。
「いい加減、私も進まないとなぁ」
そんなことを零してしまった私がいるのは、市営グラウンドのトラック。
ここは歩き出せないスタートラインの上。
明日の大会に向けて……なんて方便で忍び込んだ、凪と約束を交わした場所。
「ねぇ、凪。あの日の約束、覚えてる?」
私は吹き荒れる風に向かって話しかける。
こんなに強いなら、きっと届けてくれる気がするから。
世界の果てで風と風が交差するなら、そこはきっと凪だから。
でも、そんなことはありえない。
だから、これはきっと夢なんだと思う。
「覚えてるよ」
凪の声が聞こえる。
「100m1本勝負。凪はもう準備できてるけど?」
華奢だけどスラッとしてて、かわいいのにかっこいい。
私が唯一勝てなかった相手、風切凪の姿がそこにあった。
「なぎぃ……!」
ボロボロに涙を零しながら、私は思わず飛びつきそうになる。
でも、凪は私の口に人差し指を寸止して静止する。
それで、私も理解した。
「走ろうよ」
返事より早く、私はジャージを脱ぐ。
きっと期待していたのだろう。ジャージの下には、無意識だったけどばっちりユニフォーム。
「うん、走ろう」
凪はボロボロのユニフォーム。そして、傷だらけの身体。
「アラーム、5秒で行くよ」
「あの時と一緒だね」
毛先の焦げ付いた髪の毛を揺らして、泣き出しそうな暖かい笑顔を向けてくれる。
「私は、もっと疾くなったよ」
「凪ちゃんは最速だから!」
ぴっ、ぴっ、ぴっ
「よーい」
ぴっ
「ドン!」
ぴー!
凪の声とアラームが同時に聞こえる。
遅れは取ってない。足もよく動く。調子は最高だ。
風と身体が一体になる感覚が、凪が私を包み込む。
ねぇ、話したいことがたくさんあるんだよ。
聞きたいことも山ほどあるんだ。
だから━━━━
「━━━━またね、凪」
『うん、またね』
ゴール。
ぴゅうと吹いた夜風が、私の涙を拭っていった。