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【死霊の宴会場】SSその2

全体公開 5992文字
2018-10-22 23:40:02

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ミヅチ・カゲロウ
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風切 凪
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Posted by @Coltwing

 ここは古びた洋館の一室。
 備え付けられたベッドに、眼鏡とマフラー、スーツを身に着けた年齢不詳で体躯の良い男が横たわっていた。
 そして、それに近づく影が一つ。
 手を伸ばそうとした瞬間━━

 『!』

 寝ていた男は目を覚ます。
 ベッドから身を起こし、即座に膝立ちになって周囲を窺う。年季の入った埃が舞った。

 (埃の積もった、足跡のない部屋。……ここはどこだ?)

 男は覚えのない部屋に対して警戒を強め、無意識につぶやいた。

 「生き、ている」
 『いや、死んでいるよ』

 彼の耳元に、あざ笑うような返事が響いた。



*



 『砂糖はいくつ?』
 「……
 『それは6つの顔か』
 「……

 埃の積もった部屋に男が二人、テーブルを挟んで座っていた。
 否、厳密には、男と男の姿に見える黒い影が座っていた。

 「……

 提供されたコーヒーを言葉なく啜るのは、男。
 名をミヅチ・カゲロウ。割愛するが、ご存知の通りマスターニンジャである。

 『つれないねぇ』

 カゲロウのカップに角砂糖をどばどばと入れていたのが、黒い影。
 名はない。通称は━━

 「━━橋渡し、貴様の目的は」
 『刺激』

 黒い影もとい“橋渡し”は提案する。

 『もう一度、生きてみないか?』

 死を狼藉するは亡者の特権。
 マスターニンジャであるカゲロウに、転職のお誘いピエロを持ちかけた。

 「断る」

 即断即決!
 ニンジャのホコリは死後も変わらず、ココロに積もっていた!

 『つれないねぇ』
 「万物に宿命あり。吹いて消える灯火なれど━━」

 カゲロウの詩に合わせ、橋渡しが言葉を盗る。

 『━━流星が如く光あれ』

 橋渡しに表情は映らない。
 だが、カゲロウは確かな嘲笑を向けられていると感じていた。

 「貴様、何者だ?」
 『いや、すまない。つい、カガリを思い出してしまってね』

 カガリ。
 それは、カゲロウにとって聞き覚えのある、忘れられない名前。

 ミヅチ・カガリ。
 それは、人から人へ、転生を繰り返す禁術の創生者。

 巳槌 火狩
 それは、里を売った裏切り者。必滅の対象。

 『さて、カゲロウ。君はこれからどこへ行く』
 「……

 カゲロウはダマのようなコーヒーを飲み干し、答えた。

 「刺激を与えに」
 『つれているねぇ』

 商談が、始まった。



*



 死霊の宴会場。
 山奥の廃集落中央に建てられた洋館。
 百年ほど前までは吸血鬼と噂された一族の住んでいる館だったが、ある事件を引き金に集落は無人となり、洋館の周囲には無数の墓が建てられた。
 生者のいなくなった館では、代わりに死者が集まり、毎年のように宴が催される。
 暗く淀み怨念に満ちた空気は、彼らにとってはとても心地よいものだからだ。

 そして今宵、命知らずの消耗品達による、命を賭けた戦いの幕が上がる!


 「死者だけに命知らずってね」
 「……

 冷たい風が発言者風切凪のポニーテールを揺らす。この寒気は霊気ではないだろう。

 「死んでるのに命賭け」
 「……
 「あ、ごめん。ちょっと待って」

 凪は着ていたジャージをおもむろに脱ぎ始めた。

 「……

 カゲロウは寡黙な男だ。
 そして、任務に対して真摯である。
 例え、目の前にいる少女が着替えていても、存外気にすることはないのだ。

 「おまたせ。やっぱこういう時はユニフォームだよね!」
 「……

 決して、目を向けられなかったわけではない。

 『凪嬢、自由なのは良いけどパフォーマンスのやりすぎは困るぜ』

 凪にとっての実況者もとい、カゲロウにとっての案内人が苦言を呈した。
 凪は準備運動をしながら周りを見渡す。いくつかの霊魂が成仏しかけていたので、笑顔で応えた。

 「あははー、ごめんね」

 トドメを刺し、準備運動を続ける。
 その間もカゲロウは辺りを見渡していた。立てばジェントルである。

 「よし! 準備オッケー! かしこくかわいい凪ちゃんの出番が始まるよ!」

 凪は膝を曲げて右手を差し出し、左手を腰に付ける。
 一日使って考えた決めポーズ。その反応は━━
 
 「━━ミヅチ・カゲロウだ。目的は……一族の存続」

 カゲロウが述べたのはアイサツ!
 マスターシノビによるオジギとコンニチハ!

 「よろしく、カゲロウさん。凪は凪。風切凪。目的は止まらないことと、約束を守ること」

 しかし、スキップガールはヤマトナデシコ! 三歩下がって丁寧なオジギ。オクユカシイ!


 『さぁ、宴の始まりだァ!』


 黒い影が叫ぶと、観衆も呼応して大声を上げる。
 戦いの幕が上がった。先手を取ったのは━━━━


 「推して参る」


 ━━━━カゲロウ。
 凪の正面、左右の三方向から同時に苦無クナイが投擲される。
 イタズラに視線を泳がせていたわけではない。あの時からすでに、仕掛けは施されていたのだ。

 「せーのっ!」

 凪は両手を後ろに引いてから、虚空を抱えるように振り抜く。

 断空疾走エアロドライブ
 それは風を切り、風を流す能力。
 苦無が風に煽られ、猛スピードでカゲロウを狙う!

 「チッ」

 カゲロウは対角線上に手裏剣を投げる。撃ち落とすつもりだろうか。

 「甘いよ!」

 凪があやとりを弄るように指先を絡めると、再び突風が吹きすさんだ。
 暴風は止まらない。
 投げつけられた手裏剣さえも飲み込まれ、全ての暗器がカゲロウに襲いかかる!

 (念動力、磁力、方向操作の類ではない)

 間一髪、マスターニンジャで無ければ避けられなかったであろう一撃。
 だが、カゲロウは紙一重の跳躍で回避する。
 しかし、それで終わらないのがこの女!

 「それそれそれそれ、そ━━━━れっ」

 その場でくるくると回っていた凪は、360°を細かく刻む。
 勢いの乗った蹴りが小型の竜巻を生み出した。
 そして、地面を抉る鎌鼬がカゲロウの着地を狙う!

 「火遁」

 風よりも早く印が結ばれ、カゲロウは大きく息を吸い込んだ。
 マスターニンジャの肺活量は実際スゴイ!

 「『火龍の吐息』」

 カトンジツ!
 ヒフキ野郎のサーカスとは違う、マジモンのサラマンダーブレス!

 「炎なんて掻き消せば……

 目を回した凪は、ほんのり足りない声。
 そして、手繰って別の風をぶつけようとする。
 しかし、それよりも早く、カゲロウの印が結び終わった。

 (水遁『口寄せ・蝦蟇の滝壺』)

 東洋の神秘が可能にした多重詠唱、その名はフクシキコキュウ!
 火を吹きながら油も吹き出すシノビこそ、陽炎の証!

 「ええええっ!?」

 鎌鼬を超えた火の勢いは、竜巻すらも飲み込んで酸素を奪い取る。

 『友情コンボが決まったァー!』

 竜巻を燃料に燃え上がり、生み出されるは灼熱地獄!
 円形のフィールドを燃やし続けるそれから逃げることなど叶わない!

 「万事休すってやつ?」

 凪の額から滴る汗、それが焼け始めた皮膚にしみる。
 焔の竜巻における台風の目。万物を灰に還す焦土の世界。選ばされた短期決戦!
 しかし、だがしかし!

 たった一つだけカゲロウは読み違えた!

 「残念。凪はね、短距離走者スプリンターなんだ!」

 凪は自身の跳躍に合わせて真上の風を切る。
 抵抗が消え、ぽーんと垂直に飛び上がった。

 「飛ぶはバッタ!」

 続いて足先の風を蹴って乱暴に切り裂く。
 推進力は熱を帯びた上昇気流となり、炎の牢獄の中で彼女は縦横無尽に舞い踊る。

 「舞うは蝶!」

 カゲロウは構える。
 考えを読み取り、裏を掬い上げ、後の先を得るために。
 不規則に飛び回り、一瞬、一瞬で緩急を付けることで分身し始めた凪を観察しようとし瞬間━━━━


 「穿つ蹴りは、蜂のごとく!」


 ━━━━炎の牢獄に穴が開き、風が流れ込んだ。
 穴を開けるために吹き飛んだのはミヅチ・カゲロウ。
 その名を示す幻影ではない。そう、実態のあるマスターニンジャが蹴り飛ばされたのだ!

 「うん、良い風吹いてるね」

 カゲロウが読み違えた要素、それは凪の立ち回りに意味があると思っていたことだ。
 実際のところ、そんなものは存在しない!
 常に行き当たりばったり、彼女の思考は直情的で感情的!
 勝てば勝つし、倒せば勝つ! 攻撃パターンの九十五割は殺人キック!
 マスターニンジャであるカゲロウの左腕を潰す程度の蹴り、それを叩き込むだけである!

 (……バカ、か)

 カゲロウは寡黙な男だ。
 そして、任務に対して真摯である。
 だが、目の前にいる少女が笑っているならば

 「我が魂の輝きよ、傷を伝いて空を奔れ」
 「自分の血で空に魔法陣!?」

 この場が宴と言うならば

 「開け、六道の辻!」
 「っわわわ、地震!?」

 楽しむことも、やぶさかではない。

 「『六道煉獄門』」

 ロアアアァアアア!!!!!!
 地底の底から響く唸り声。
 結界陣を超えて現れたのは、煉獄の業火を放つ六角の竜!

 「押しつぶせッ!」

 ムアアアァアアアァ!!!!!!
 カゲロウの指示に呼応し、笑わないハニカムドラゴンは地を這い突撃する!

 「ひぃ!」

 凪は合間の風を切る!

 シアアアァアアアァ!!!!!!
 残念! 魔人能力によって生み出されたこの生き物は地を這うらしい。よって、吹き飛ばない!
 となれば、選択肢は唯一つ。
 否、もとよりたった一つの真実がここにある!

 「眼の前の抵抗を切断。ハニカムドラゴンに抵抗を、凪に勢いを!」

 猛スピードで飛び出した凪と猛スピードで向かっていた六角の竜が衝突する!
 それはまさに交通事故、奇しくも凪の止まった原因と完全一致。
 だからこそ、彼女はここでこれを超えるのだ!
 対角線上の勢いがぶつかった瞬間、ほんの一瞬だけ生まれた拮抗状態を━━━━

 「!」

 ━━━━崩す!

 魔人能力は意志の力。不可能を可能に変える創造の力。
 交通事故を乗り越えると誓ったならば、正面衝突することはありえない!

 「断空疾走!」

 身体を捻って、ヒットスポットをずらす。
 どれだけチャチな理屈であろうと、実現させるのが意志の力!
 身体が軋もうと、六角に弾かれてその背に転がってでも、凪はまっすぐ突き進む!!
 
 「そりゃあああ!!!」



 風の壁を超えた凪の世界で、愚直な少女が勝利を蹴り込んだ。



*



 宴もたけなわ。
 勝者である風切凪は、埃の積もった足跡のない部屋に案内されていた。

 『えー、では、これより転生の義とか始めます』
 「あ、それなんだけどさ……

 凪は黒い影に耳打ちする。
 口のない影が口角を上げた。

 『酔狂だねぇ』
 「粋でしょ?」

 嘲笑には、満点の笑顔を。



*



 ガチャリと扉が開き、空気が入れ替わる。
 風が部屋に入って埃が舞った。
 それは、凪の終わり。

 「……
 『センチメンタルか?』
 「さてな。それより、商談の続きを始めよう」
 『つれないねぇ』

 カゲロウが提供した刺激と引き換えに交わした約束、それはミヅチ・カガリの情報を得ること。
 K文書に記された暗号の一つ━━━━KAGARIについて理解を深めることであった。
 
 ちなみにカゲロウはマスターニンジャゆえに、当然蘇生術も使用できる。
 今はまだ犠牲を生み出すそれを改良してからでも、宴で勝利するのは遅くはないのだ。




*




 風が強い。
 こんな夜は、風のない世界に想いを馳せてしまう。

 「いい加減、私も進まないとなぁ」

 そんなことを零してしまった私がいるのは、市営グラウンドのトラック。
 ここは歩き出せないスタートラインの上。
 明日の大会に向けて……なんて方便で忍び込んだ、凪と約束を交わした場所。

 「ねぇ、凪。あの日の約束、覚えてる?」

 私は吹き荒れる風に向かって話しかける。
 こんなに強いなら、きっと届けてくれる気がするから。
 世界の果てで風と風が交差するなら、そこはきっと凪だから。
 でも、そんなことはありえない。

 だから、これはきっと夢なんだと思う。

 「覚えてるよ」

 凪の声が聞こえる。

 「100m1本勝負。凪はもう準備できてるけど?」

 華奢だけどスラッとしてて、かわいいのにかっこいい。
 私が唯一勝てなかった相手、風切凪の姿がそこにあった。

 「なぎぃ……!」

 ボロボロに涙を零しながら、私は思わず飛びつきそうになる。
 でも、凪は私の口に人差し指を寸止して静止する。


 それで、私も理解した。


 「走ろうよ」

 返事より早く、私はジャージを脱ぐ。
 きっと期待していたのだろう。ジャージの下には、無意識だったけどばっちりユニフォーム。

 「うん、走ろう」

 凪はボロボロのユニフォーム。そして、傷だらけの身体。

 「アラーム、5秒で行くよ」
 「あの時と一緒だね」

 毛先の焦げ付いた髪の毛を揺らして、泣き出しそうな暖かい笑顔を向けてくれる。

 「私は、もっと疾くなったよ」
 「凪ちゃんは最速だから!」

 ぴっ、ぴっ、ぴっ

 「よーい」

 ぴっ

 「ドン!」

 ぴー!

 凪の声とアラームが同時に聞こえる。
 遅れは取ってない。足もよく動く。調子は最高だ。
 風と身体が一体になる感覚が、凪が私を包み込む。


 ねぇ、話したいことがたくさんあるんだよ。

 聞きたいことも山ほどあるんだ。

 だから━━━━

 「━━━━またね、凪」
 『うん、またね』



 ゴール。
 ぴゅうと吹いた夜風が、私の涙を拭っていった。


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