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作品№13 「機械の箱は見習い少女の夢を見るか?」

全体公開 6070文字
2018-10-23 23:43:35

「それ」は日々夢を見る。そして「誰か」に夢を見せる。

Posted by @myon34

 舞鶴鎮守府第一四倉庫。
 ここに、一つの艤装が眠っている。
 色は灰色――元々は白かったが、煤塵や焦げた跡のせいで他の艦娘が装着している艤装と大差ない色となっている。形は吹雪型駆逐艦が装着しているものに近いスタンダードな長方形。吹雪型駆逐艦の艤装と大きく違うところは、艤装の側面に緑と黄色の二色で出来たマーク――俗に言う若葉マーク――が大きく描かれていることだろうか。
 『プロトタイプ』と艤装担当艦娘から呼ばれるその艤装は、どの艦娘にも属していない一方で、どの艦娘にもそれなりに適合するという特性を持っていた。
 基本的に、艦娘一人に装着可能な艤装はたった一つで、複数人で艤装の使い回しは出来ない。しかしその『プロトタイプ』は誰でも装着可能という利点から、艦娘になる前の見習いが装着して海に出る――自動車で言うところの仮免許のような形で運用されていた。

 がちゃり。
 暗く閉ざされていた倉庫の中に、一筋の光が差し込む。
 そして同時に、埃を立てながら歩く影が一つ。
「おーい、プロトー、出番だよー」
 棚に置かれた艤装を前に、その艤装担当艦娘は目の前の機械の箱に話しかける。
 その物が自分たちと同じ存在であるかのように、楽しげに、そして嬉しそうに話す。
「今回の子はね、いい子だよ、とっても。私が言わなくてもちゃんと整備してくれそうな、とってもいい子。実力は、……まぁ、これからに期待、って感じかな」
 我が子の頭を撫でるかのように、その灰色の曲面を手でなぞる。
「私の分まで、ちゃーんと見てやってね、プロト」
 よっこいしょ、とかけ声一つ。持ち上げられた『プロトタイプ』は、数ヶ月ぶりに太陽の下へと連れ出される。
 倉庫を出た先に、一人の少女が緊張の面持ちで立っていた。
 艤装を差し出され、おずおずと伸ばした手に、その機械の箱が触れる。
 艤装担当艦娘――明石――からの激励に大きく頷いた少女の後ろで、一本に結った髪がぴょんと跳ねた。



 昼時。食堂。
 一人の少女が机に突っ伏していた。
 手は机の上でまっすぐに伸ばされ、頭の後ろで一本に結った髪の毛が、力なく垂れる。手も頭もぴくりとも動かず、端から見るとダイナミックな姿勢で眠っているようにも見える。
 しかしその少女が眠っていないことは、はあぁぁぁ、と大きなため息が机と顔の間から定期的に漏れることで分かる。
 遠目からでそれを眺めていた艦娘たちは、その理由を知っていた。
 なんでも――着水した直後に足を滑らせて、埠頭に後頭部を強打した、だの。加速と減速を誤って、訓練の様子を見ていた教導艦に突っ込んでいった、だの。航行中に減速をしようとかかとに力を入れたら、海に足を引っかけて背中から着水した、だの。
 現場報告や飛び交う噂話で、その少女のことは仮運用を初めて一週間のうちに知れ渡っていたのだから。
 はぁぁぁ、ともうひとつ大きなため息が漏れる。
 仮運用とは言え艦娘は艦娘。海の上に出れば見習いも新入りもベテランも関係無い。――だから、自分も憧れの先輩たちのように頑張らねば! と意気込んでいた気持ちはまったくかみ合わず、昼休憩の度に少女はため息製造機と化していた。
 教導艦の先輩が昼食のラーメンを持ってきて、その匂いにつられて顔を上げるまで、その少女がついたため息は片手の指の数を超えた。

 ――――――

 ――――

 ――

――つまり、それを部屋でじっくりと整備したいと。……部屋が煤臭くなるよ?」
 その日の訓練が終了した後、体の前で艤装を大事に抱えたその少女は明石の前で深々と頭を下げた。
「部屋がにおってもかまいません! これからの残った時間じゃきちんと整備できないから、この子をちゃんと整備してあげたいんです!」
 熱心な眼差しで見上げる少女。困ったように頬をかく明石。
 数秒の睨めっこの末、大きくため息を付いたのは――明石の方だった。
「明日はちゃんと訓練の場所に艤装を持ってくること。あと分解しすぎて困ったらそれで手を止めて私を呼ぶこと。あと――その子を大事にすること。約束、守れる?」
――――はいっ!」
 明石の忠告に、少女の笑顔が弾けた。
 駆け足で倉庫の出口へと向かう少女の背中を見、明石はふぅ、と大きく息を吐き出した。
「『この子』……か。最近、あんまりそういう言い方する人いなかったから新鮮だわ」
 日頃、艤装そのものを自分たちと同じように扱い、話している明石だからこそ感じる言葉の変化。予想通りのいい子だね、と胸の中で呟く。
「艤装は話せば応えてくれる。私たちとおんなじ。――ねぇ、プロト」
 明石は倉庫を出、空を見上げる。
 佐世保鎮守府の本庁がある方向ではなく、東の方を向きながら、明石は眩しいものを見るように目を細めた。

 その日の夜。
 少女はベッドの上に敷いたバスタオルの上で、艤装の整備を行っていた。
 やっているのは訓練後に行うような、最低限の部分だけの整備ではない本格的なもの。教本の両端を厚い辞書と厚い学術書で抑え、メンテナンスの仕方が記してあるページを体の横で開いて、整備を続ける。
 時々教本に顔を近づけたり、前後のページを確認したり、分解途中の艤装を別の角度から眺めたり。普段しないことをしているうちに――あっという間に時間は過ぎていった。
 最初こそはてきぱきと動かしていた手も緩慢になり、口からは欠伸が漏れ始め、少女の目は薄目になり――ついには、こくりこくりと船をこぎ始めた。
 それから十分後、艤装を抱きかかえるようにして、少女は寝息を立てて眠りこけていた。


 気がつけば、少女は海の上に立っていた。
 太陽は頭上にあるのに全然眩しくなく、海の上にいるのに潮の匂いは一切しない。――少女は、すぐさまそれが夢だと分かった。

 右側を見ると桃色の髪の毛をした女の子。頭の側面をヘアゴムで結んで、ニヤリとした笑みを浮かべている。
 左側を見ると銀色の長い髪をした女の子。何やらこちらを心配そうに眺めては、困ったように笑う。
 そして少女自身はと言うと――その左右の女の子と手を繋ぎ、ゆっくりと海の上を歩いていた。
 海に初めて立ったときを思いだすようなその映像は――ふとした瞬間に視界がぐるんと一回転した。
 太陽を背にした二人がこちらに手を伸ばしているのが見えると、『――ああ、転んだんだ。しかも、一番恥ずかしい背中から……』と一瞬で理解する。
「まったく、うちのお嬢サマはすーぐひっくり返るんですから」
「大丈夫? 立てる?」
 二者二様の反応を見せて、それでもこちらに手を伸ばし続ける。半ば笑いながら、それでも、その目はまっすぐに自分自身を見つめて。
 視界に自分のものらしき手が映って、そして手が二人に捕まれたかと思うと体がぐんっと引っ張られて――――少女はぱちりと目を覚ました。
…………ん、あれ?」
 気づけば目の前には鈍色の艤装があった。自分の両手は艤装を抱きかかえていて、体は普段寝る時と同じ、横向きの姿勢。
 いつ寝ちゃったんだろう、と呟きながら少女は体を起こし、大きくのびをする。
 時計を見ると、総員起こしが掛かる十五分ほど前。窓の外はぼんやりと明るくなっていた。
 ぼーっとした頭に浮かぶのは、夢の中で見た光景。
 いくら毎日訓練漬けだとしても、夢の中でまで訓練するとは。しかも、あまり思いだしたくない背中コケの様子まで――
 そこまで考えて、ふと少女の頭に一つの疑問が浮かぶ。
――訓練中の夢……にしては、見たことない人、だったなぁ……
 今までの記憶をたぐり寄せても、あんな髪色の人は見なかった。……だとすれば、何の夢だったんだろう?
 ぼーっと考えていると、部屋に取り付けられたスピーカーから大音量でラッパの音が鳴りだした。
 文字通り飛び上がった少女は、頭の中でもやもやと浮かぶ疑問を投げ捨てていつものようにベッドを整え始めた。

 少女は次の日も艤装を部屋に持ち込み、昨日やりきれなかった部分のメンテナンスをした。
 艤装をベッドの隣の床に置いて、少女はその曲線を撫でながら眠りについた。

 再び、夢を見た。
 両隣には、昨日と同じふたりがいた。
 真剣な表情をして、手に持った砲を構えて――そして「何か」の合図が聞こえたかと思うと、視界が一瞬ブレて目の前に煙が立った。
 遠くに見える赤白の丸いものは、真ん中だけが綺麗に残って、その両隣は跡形もなく吹き飛んでいる。
 ピンクの髪の女の子が肩を叩いてきて、そっちを向くと顔を寄せてきて、両方の頬を引っ張ってくるのが分かる。
「さっき言った事がすっぽ抜けてるんですがー?」
 その声には責めるような口ぶりの中に、どこか優しいものが入っているような気がして――。後ろの方から頭を撫でられる感覚がある。
「ちょっとは的に近づいたかな。ちょっとだけ、ね」
「だからー、――りは甘いんですって。コイツは甘やかしたらダメなんですよ? 一人前の――にはまだまだ遠いですねぇ」
 伸ばした頬を今度はうりうりとこねくり回される。後ろからはくすくすと笑い声が聞こえる。
 途端。
――――!」
 左耳の方から、何やら大きな声がして――――そして少女は目を覚ました。


 次の日も、そのまた次の日も。
 同じように寝る前に艤装の整備をして、ベッドに入る。
 少女は、その度に夢を見た。
 その夢は、少女がまだやったことがない訓練を行い、見たこともない艦娘が何人も出てきた。
 それはまるで、何かの記録映画を見ているようで――少女は、次第にその夢が『別の誰かが見たもの』ではないか、と思うようになっていた。
 少女があこがれるような艦娘の姿ではなくて、どちらかというと、自分に近いような境遇の、「誰か」の映像。
 何度も視界をぐるりと回転させて。何度も砲を撃っては的を外して。何度も何度も、失敗して。
 その映像は、同じものは一つとしてなかった。
 そしてその映像には、いつもピンク色の髪の女の子と、銀色の髪の女の子が映っていた。

 誰が見た映像かは分からない。
 なぜそんな夢を毎日見るのかも分からない。
 けれどその少女にとって、失敗し続けても訓練を止めることのない「誰か」の映像は、少なからず勇気を貰うものだった。


 そんなある日のこと。
 昼休みの食堂の空気は、どこか浮き足立っていた。
 少女が興奮したような声で聞こえてくる噂話をかいつまんでみると、『横須賀のすごい人たちがくる』、『三人組でとにかくすごい人たち』『佐世保出身らしい』『横須賀で第一線張ってるヒーロー的存在』――そんな話だった。
 ――まぁ私には関係無い話だけど。
 先輩艦の向かいで、昼食の冷やし中華を啜りながらそう結論づけた少女は、午後の訓練のことを考える。
 ――そういえば、午後からは久しぶりに海上訓練だったっけ。
 少女はベッドの隣に置かれている、隅々までぴかぴかになった艤装を思い浮かべる。
 ――ということは急いで食べないと!
 この一週間が陸上訓練ばかりだったこともあり、艤装を準備する時間を失念していた少女は、時計を見て急に慌て始める。訓練開始まで20分。
 部屋に戻って艤装を持ってきて、背負って波止場に着いたら訓練開始ギリギリだ。お椀を両手で持って、かき込むようにスープの中に隠れる麺を啜って立ち上がった。

 自室から艤装を運び出し、倉庫群の端、第十四倉庫の前を走って通り過ぎようとした時、その扉が開いているのが見えた。
 ――明石さん辺りが中でものを探しているのかな、と思い入り口をまじまじと見ていると、中から少女とさほど背が変わらない女の子がひょっこりと現れた。
 その女の子が着ているのは明石のような白と青のセーラー服ではなく、白と黒のセーラー服。身長も明石よりもよほど低く、頭にちょこんと載った帽子は、海の上に出ればすぐに風で飛んでしまいそうで――
「あぁぁぁーーー!」
 倉庫から出てきたその人は、突然少女の方を指差し、子どものようなハキハキとした大きな声を上げた。
 かと思うと、少女の方へと走ってきて両方の肩をがしりと掴んでくる。
「ね、あなた!」
――はいぃ!?」
 突然の行動に気が動転した少女は、返事の声がひっくり返る。
「その艤装!」
「え? ぎそ、う?」
「そう! まだあるんだ、へぇー!」
 その女の子は、少女が両手で抱えているそれを指差して目をきらきらと輝かせ始めた。
 ――何か珍しいのかな。それとも……鎮守府見学の生徒さん、とか?
 艤装をまじまじと見る女の子を見ながら、少女はそんなことを考える。
「ね、これ誰の? あなたの?」
「はい、私が使っています」
 女の子の視線は艤装から少女の方へと向く。
 女の子の声は先ほどよりも高くなり、口元は横に広がっている。分かりやすいほど表情に出る子だな、と。そんなイメージを持った。
 ――だから。
「そっかそっか! ね、その艤装って、微速から加速しようとするとき、他の子よりも速度の上昇が鈍かったりしない?」
 そんな具体的(メカニック)な話が女の子の口から飛び出し、少女は困惑した。
 ――その口ぶりじゃまるで、艦娘そのものみたいじゃない。
 少女は頭にいくつもハテナマークを浮かべながら、その質問への答えを考える。
 確かに、他の艦娘の先輩型の動きを見ても、この艤装は加速が鈍い気がしていた。けど、それは自分の動かし方が悪いからかもしれないし……。少女はどう答えようかと迷っていると、矢継ぎ早に女の子の口から言葉が飛んでくる。
「かと思ったら途中から妙に速度が上がってぶつかりそうになったり、右方向に転舵するとき、足にしっかり力入れないと外側にふくらんじゃったり、魚雷発射管と連動してたまに変な挙動しちゃったり!」
…………はい。…………なんで、そんなに……
 ――この艤装の事を知っているんだろう?
 それ以上の言葉は出なかった。
 目の前の人が誰だかも分かんないし、どんな人かも分からない。でも人なつっこそうな笑顔を見ると、悪い人ではなさそうな気がした。
 肩から手を離し、女の子は少女が持っていた艤装に手を触れる。煙突に触り、底面を持ち上げるように触れ――そして、側面の若葉マークを愛おしそうな目をして撫でる。
 そして最後に少女の方を見、にひっと笑みを浮かべる。
「そりゃあ――知ってるに決まってるじゃない」
 えへん、と腰に手を当て、顔を逸らす女の子。
 その背後、倉庫の中から二人の少女が顔をひょっこりと出した。
 一人はピンク色の髪の毛で、側面をヘアゴムで結んだ女の子。もう一人は銀色の長い髪を垂直に垂らした女の子。――どこか既視感のある姿。


「私を一人前になるまで見守ってくれた、相棒だもん!」


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