@myon34
……もし、私が自分でこの体を動かせたなら。
私は、あなたに伝えたいことがたくさんあるのです。
あなたに初めてお会いしたのは、文房具屋のショーケース越しでしたね。
たくさん並んだ仲間のなかから、色や形でとても悩んで、私を選んでいただいたことを、今でも覚えています。
家に帰ってインクを貯め、少し緊張した顔で紙に初めて書いた文字は、あなたの名前。『書けた書けた』と嬉しそうに紙を見せにいくあなたを、テーブルの上から私も自分のことのように嬉しく見ていました。
それからずっと、本当にあなたは大切に私を使ってくださいました。
買われた時は、どんなご主人だろう。乱暴に扱う人だったら嫌だなと思っていましたが、心配は必要ありませんでしたね。
私から見ても、少し過保護なくらいかもしれませんから。
たまにインクを吸わせすぎてびっくりしていたり。地面に落としてしまって少しだけキズがついてしまった時は大慌てで。でも大丈夫。そのキズも私にとっては、勲章のようなものです。
そうそう、私の調子が悪くなって、一度だけインクを出せなくなってしまったときもありましたね。
次の日の開店と同時に文房具屋に駆け込んで、『直りますか』と今にも泣きそうになっていたのをよく覚えています。そのあとの、直ったときのあなたの本当に嬉しそうな笑顔も、覚えていますよ。
今まで私はあなたの文章を、長く長く書き連ねてきました。卒業式での友人へのお手紙、就職活動の履歴書、結婚式でのスピーチの原稿も書いたことがありましたね。
もちろん、いいものばかりではなく、時には辛く悲しい文章も書くこともありました。しかし、それでも大切な文章だからと私を使って書いてくださったことは、嬉しことではありましたよ。
最近は、ポールペンにお仕事を任せることも多くなり、あなたの手に私が握られることも少なくはなりました。
しかしながら、それでも大切な文章を書くときに私にお仕事を任せてもらえるのは、とても光栄で、幸せなことだと思います。
私は文章を書くだけの存在で、声を出すことも、書くときのペン先が奏でる音以外を出すこともできません。
もし自分の体が動き、私の想いを文章であなたに伝えられるのなら、きっと私に貯められたインクを使い果たしても書ききれないほどの思い出と感謝を伝えたい。
それは絶対に叶わない夢ですが。もし神様一言だけならいいと奇跡を授かったとしたら。私はあなたにこれだけは伝えたいのです。
――私を選んで、大切に使ってくれて、ありがとう。
あなたのお手伝いができて、私は本当に幸せです、と。
……おっと、今日もお仕事を任せていただけるのですね。ケースから取り出され、慣れたように私にインクを吸わせて悩みながら文章を考えるあなた。
お、その顔はとりあえず書いてみようという顔ですね。大丈夫ですよ、完成するまでいつまでもお手伝いしますから。ゆっくり書いていきましょう。
ひとつ息を吐いて、手に握った私を眺めるあなた。
『今日もよろしくね、万年筆さん』
……はい。お任せください。
今日もあなたの素敵な文章のお手伝いを、精一杯させていただきますね。
私の言葉はあなたには届くことはないですが。
それでも私は、あなたのお手伝いができることに、誇りを持ち、幸せを感じています。
これからも、よろしくお願いしますね。ご主人様。