@toasdm
目を奪われた。
まるで、一枚の絵画のようだ、と。
だがすぐに、こうなった理由に辿り着き、私は深い溜息を漏らした。
君が努力家なのは評価しよう。尊敬している、と言ってもいい。誇りでもある。だが同時に、君のその向こう見ずというか、我が身を省みない無鉄砲なところは、見ていて気を揉んでしまう。心配、とでも、言うべきなのだろうか。
少なくとも、嫁入り前の娘さんが化粧も落とさず徹夜で仕事をして、こんな無防備な寝姿を晒してもいいなどとは、私には思えないのだ。肌も荒れるだろう、体調を崩してはいけない、そうでなくとも最近は冷えるようになってきたというのに、デスクに突っ伏して、何もかけずに寝こけているというのは、感心できない。私はもう一度深く溜息をついて、そっと声をかけてみる。
「プロデューサー」
揺すっても、叩いても、目を覚ます気配はないようだ。うぅん、と唸りすらせずに熟睡するのだから、本当に、疲れきっているのだろう。このままでは、休まるものも休まらない。
「せめて、横になりなさい」
もう一度揺すってみるが、やはり起きる気配はない。居眠りレベルではない爆睡に苦笑するしかないが、さりとてこのままというわけにもいかないだろう。諦めて、私は強硬手段に出ることにした。
「……少し触れる。我慢してほしい」
どうせ寝ているのだから声をかける意味などないというのに、何を私は律儀に、声をかけているのだろうか……。先程とは別な苦笑を漏らして、私はプロデューサーの肩と膝裏とに、そっと腕を差し込んだ。
……体力に自信がある方ではないが、そうでなくとも、成人女性一人を、それもぐっすりと眠っている大人を、抱きかかえるというのはある種の緊張感のようなものを伴う。落としてしまわないように慎重に、重心の位置を計算して極力負担にならぬように、細心の注意を最大限に払って、私はその、所謂――…。
「お姫様、抱っこ、か……っ」
どうやら私は、なんとか王子様には、ギリギリではあるが、なれるようだ。せめて君が私の首に腕でも回してくれたのであれば、もう少し安定もしたのだろうが……君にその意思があるのであれば、私がこうして、君を運搬する必要もないのだろうな。ずしりと重たい体を持ち上げて抱え直して、私は一歩ずつソファへと向かって歩き出した。
「んぅ…………?」
「む」
どうやら先程の抱え直した衝撃で、目を覚ましてしまったようだ。ぱちくり、と、寝ぼけ眼が瞬きを繰り返して、私をじっと見つめて、それから――。
「はァっ?! ざま、さん……」
「……おはよう」
……驚いたついでに名前を呼ばれるとは思わなかった。もっと暴れるかと思ったが存外大人しいところを見ると、まだ状況は飲み込めていないようだ。意識があるとわかってしまうと途端に気恥ずかしさが襲ってきて、私は足早に目的地へと向かい、そしてそのまま、大人しいままのプロデューサーを着地させた。
「徹夜か」
「へぁっ?! あ、え、私、です、よね」
「君以外に誰がいるんだ」
多少息が上がってしまったのは情けないが、君を無事に運べた事には安堵している。はぁ、と口をついて出た溜息を責められたと勘違いしたのか、申し訳なさそうな顔をして私を見上げるのがおかしくて、今度は吹き出してしまった。
「わ、笑わない、で……」
「すまない、それはできない」
ひとしきり笑う私をぽかんと見上げる君が可愛らしくて仕方がない、などと、言える道理もない。漸く落ち着いた笑いの波がすっかり事務所の空気を和ませたところで、私はブランケットを彼女にかけてやる。
「書類の山に埋もれて見る夢は、どんな夢だったのだろうな」
「……忘れ、ました…………」
「フッ」
ソファの上で身を起こして、なにがなんだかまだよくわからない、といったような表情をしたまま固まるプロデューサーの肩を軽く押す。抵抗もなく転がったのは、まだ眠たいせいだろうか。
「もう少し休めるだろう。ゆっくりしなさい」
頃合を見て起こしにくる、と声をかけてから事務所を出て、私は屋上へと向かった。腕に残る重みと感触、それと香りとを抱きしめて、私はしばらくぼんやりと、朝を始めた街並みを見下ろしていた。瞼の裏にはまだ、あの絵画のような寝姿がちらついていた。