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[古論P♀]本降りになる前に

全体公開 1 1863文字
2018-10-30 12:41:59

「これは……本降りになりそうです」

Pさんをデートに誘いたいクリスさんに幸運が訪れたお話です。

Posted by @toasdm

「これは……本降りになりそうです」
 しとしとと降り始めた雨に、空を見上げたクリスはぽつりと呟く。カフェから一歩足を踏み出した外は、香ばしい焙煎の香りと冷たい雨の香りとが入り混じった、こっくりとした秋の香りだ。今出たばかりの店に舞い戻るのも気が引けたし、どこかで傘でも、と考えて、ここがただの、普通の住宅街であったことを思い出して一人溜め息をついた。オシャレな隠れ家カフェなどという、自分の身の丈に合わない店を訪れた理由が、女性をデートに誘うための下見だったこともあり、なんだか裏切られたような気がして気落ちする。駅の方まで歩いていけばコンビニもあるか、と思いなおして、クリスはチェスターコートを翻して足早に歩いた。
 本降りになるまでどのくらいか、と長い足をせわしなく動かしながら冷たい風に肩をすくめて歩いていると、まるでさっきぐずりだしたばかりのこの空のように気持ちが沈む。自然目線は足元に落ち、ついた溜め息はほんのりと白く、肌寒さは強くなる一方だ。早く、どこか雨風の凌げるところへ避難しなければ、と落ちていた目線を上げた時、視線の先に見知った後姿を見つけてクリスは息をのんだ。
「プロデューサーさん……?!」
 独り言というにはあまりにも大きなクリスの声に、え?と彼女は振り向いた。クリスと同じく足早に、傘もささずに歩いている彼女に慌てて駆け寄ると、自分の事を棚に上げてクリスは彼女に言う。
「こんな雨の中、傘もささずに濡れて歩いては風邪を引いてしまいますよ」
「あ、お疲れ様です、古論さん」
 古論さんもじゃないですか、と朗らかに笑う彼女の表情に、クリスの中で滞留していたどんよりとした憂鬱な気持ちが少し拭われる。私も現金なものですね、と内心苦笑しながら彼女の手元を何気なく見てみると、どうやら先ほどクリスがいたカフでケーキを買ったようで、手提げ袋の中にケーキの箱が収まっている。ニアミスでしたか、と複雑な思いを抱いて、クリスは彼女の歩幅に合わせて歩く速度を少し落とした。
「まさかこんなところでオフの日に会えるとは思ってなかったです」
 自分の聞き間違いではないか、とクリスは耳を疑ったが、嬉しそうな表情と自分の動向を嫌がらない彼女の様子から、クリスはそれが現実に起きていることだと察した。

 会えるとは、思っていなかった。

 それはクリスも同じだった。慣れないオシャレな隠れ家カフェに足を運んだのも、そこのケーキを全て食べてどれが好みだろうかと真剣に(彼女の来店に気付かないほどに)考えていたのも、全てはクリスが、彼女をデートに誘うためだった。ここ最近は午前中に海へ向かって、午後はこうして、女性が好みそうな店のリサーチをするというのがクリスのオフの過ごし方になっていたのだ。
 まさか、会えるとは、思っていなかったのだ。
 ただ、できることならばこんな雨に濡れながらではなく、落ち着いて、どこかで話でもしながら、というのは、贅沢だろうか。そんなことはないはずですよね、と祈るような気持ちで、クリスは彼女に、思い切って声をかけてみた。
「駅まで、ですか?」
「はい、このあたりは店もありませんし」
「でしたら」
 くるりと振り返り、クリスは先ほど自分が出てきたばかりの店を指差す。
「あちらにカフェがありますので、そこで雨宿りでもいかがでしょう?」
「あ……や、でも……
「ふふ、ケーキはどれも美味しいですよ」
「食べたことあるんですか?!」
 ぱぁ、っと辺りを照らすような笑顔を輝かせた彼女が食いついてくる。さて見栄を張るべきか正直に打ち明けるべきか、少し悩んでから、クリスはにっこりと微笑んだ。
「ふふ、さあどうでしょうか。一人では入りづらいかもしれませんが」
 それは、彼女に向けながら、自分にも向けた言葉だった。
「男女二人でしたら、ああいった店に入るのも抵抗感がないと思いませんか?」
「そう! そうなんですよ!」
 カップルが多くて、本当は店でゆっくりしたかったんですけど、と言う彼女の言葉の波にうまく乗って、クリスはまんまと、彼女とのデートを獲得した。
「本降りになる前に行きましょう、冷えては風邪を引きますよ」
「ふふふ……はい!」
 一人では戻り辛かった店に、二人で戻る。
「本当は、あなたと来るつもりだったので、嬉しいです」
「なんですか?」
 強く吹く秋風が揺らす木立の立てる音にかき消されたクリスのたくらみは――
「ふふ。なんでもありませんよ」
 今はまだ、クリスだけのものだった。


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