@toasdm
一人の休日の密かな楽しみが、いつの間にか二人の楽しみになったのは、割とつい最近だった気がする。照明を落とした幻想的な雰囲気の中、深海をイメージした大水槽の前で、私は今日もぼんやりと、古論さんと並んで魚たちを眺めていた。
その隣に展示されているクラゲのコーナーも好きだ。ぷかぷかと浮かんで漂っている彼らを見ていると、不思議と気持ちが落ち着いた。和んだ、と言ってもいいかもしれない。ちら、と隣を見ると、相変わらず古論さんは、横顔が輪郭が、神様の寵愛を受けた一点ものの彫像のように整ったままで、照り返す青を受けてなおその、人を惹きつける美しさを保っている。恐らくは、きらきらと輝く瞳の煌きと嬉しそうな表情とが、彼の魅力を最大限を一歩超えた先にまで押し上げているんだろう。彼をプロデュースできて誇らしい気持ちと、ほんのり切ない気持ちとが胸を締め付けたけれども、それでもやはり、この水族館は私のそんな気持ちをも包んで、癒してくれた。いつものように。
彼は、海を愛したアイドルだ。
海の魅力をもっと広く伝える為にと、アイドルを志した意志の強い元海洋学の助教。口を開けば海、海、と、始めのうちこそ不安に思ったりもしたものだが、今ではそのキャラクター性はバラエティ番組やクイズ番組で引っ張りだこだ。タコですか!と喜んでいたのを思い出して、私はこっそりと、一人で笑った。
「楽しそうですね、プロデューサーさん」
「ふふ。そうですね、はい。楽しいです」
たまたま居合わせた水族館で意気投合してからは、こうしてプライベートでも顔を合わせるようになって、そのうち時間を合わせるようになって、気がつけば、仕事の話の終わりにこっそりと、耳打ちをされるようになった。
「明日、行きますか?」
その一言で胸が躍った。それは、大好きな水族館に行ってもいいのだ、という喜びと、また古論さんと同じ時間を共有できて、静かに過ごせるのだという期待だ。それ以上でも以下でもない。――別に、付き合っているわけではないのだから。
アイドルとプロデューサーが付き合うなど、ご法度中のご法度だと思う。そう思って自分にブレーキをかけた時に気がついた。ああ、私この人の事、好きなんだ、と。しまいこんだ恋心には鍵をかけて、私は水族館の水底にそっと沈めておいた。
沈めておいた場所にこうして、毎週のように二人で来ているのだから、どうしても自覚してしまうけれども……それでも、やっぱり、曖昧なままでも、古論さんの時間のいくらかに自分が重なっているのが嬉しくて、やめられなかった。これ以上進展させなければいいのではないか?とたまに思うけれども、でも、いつかはやめなければならない、と――そんな風に、思っていたのに。
「明日も一緒に来ませんか?」
え?と我が耳を疑って、私は思わず古論さんを見上げた。クラゲを追う視線はずっとそのままで、こちらを見ようともしない。古論さんは続けた。
「明後日も、その次も、毎日。待ち合わせをしましょう、駅で」
そんな風に誘われたのは初めてだった。今まではずっと、仕事の合間やミーティングの後にこっそりと、囁かれていた約束だったから。新鮮だったし、鮮烈だ。
「そのうち面倒になると思うのです、わざわざ待ち合わせをするのが」
「待ってください」
思わず制止した私の方をようやく見て、古論さんはニッコリと微笑む。私その笑顔に弱い、と思わず目線を逸らしてしまったが、こちらを見てくださいよ、としなやかな指先が上品に、そっと、私の頬に触れた。指先が触れて、手のひらが触れて、やがて力が加わって、ずい、と古論さんの方を向かされる。目を見て、と親指が私の目の下を優しくなぞった。大人しく従うしかない。ある種の覚悟と共に。
面倒になったら、と一瞬目を伏せた古論さんが、もう一度上げた目線は、まっすぐ、私に刺さる。
「そうしたら、一緒に暮らせばいいと思うんですよ」
それ以上は、いけない。駄目だ、そんなの。私の気持ちを無視するように、ガタガタと、しまいこんでおいたはずの恋心が、置き去りにしないでほしいと内側で暴れている。
「私はあなたを、一人の女性として愛しています」
あれ、呼吸ってどうやってするんだったっけ?
答えを待ってる瞳の中に映りこんだ青に吸い込まれて、私はその海で溺れた。
瞳はまだ、じっと、私の答えを、待っている。