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[雨P♀]秘密の店

全体公開 1 1589文字
2018-11-03 23:49:11

「プロデューサー、話がある」

行きつけのバーでPさんを口説こうとする雨彦さんが酒飲んでるお話です。

Posted by @toasdm

 仕事の関係で何度か訪れた小洒落たバーが気に入って、通い詰めるようになってから随分経ったな、と雨彦は思う。バーカウンターの左から二番目の席に案内されて、ここが俺の席だな、と苦笑してより強くそれを実感した。
「今日は早いね」
 お疲れ様、とすっかり顔なじみになったマスターが出してくれたおしぼりは、そういや初めてこの店に来たときはまだ冷たかったな、と、湯気の立つそれで手を温めて拭きながら、雨彦はフーーーー……長く息を吐き出した。
「いつものでいい? 今日はどこにする?」
 気さくと馴れ馴れしさを履き違えないプロの手仕事を見せてくれるマスターが、メニューも見せずに雨彦に問いかける。この接客の姿勢も見習いたいもんだ、とこの店を気に入った理由をまたひとつ拾い上げてから、雨彦は少しだけ考えて、そうだな、とおしぼりを置いた。スペイサイドかアイラか迷ったが、この後のことを考えると煙たいよりはいいかと、雨彦は目を細めて少し笑った。
「スペイサイド。お勧めはあるかい?」
「マッカラン」
「へぇ、マスターあれ落札したのかい?」
「はは、冗談。でも落札したら、葛之葉さんには特別価格でご提供しますよ」
「ショット一杯で家が建つな」
 間違いないです、と笑いながらマスターは背を向けた。バックバーからボトルを取り出し、キャップを外してグラスに注ぐ。二人が話題にした六十年物のウィスキーではないが、グラスを満たした琥珀色と立ちのぼる香りは芳醇で、甘かった。お疲れさん、とそれを受け取って口をつけて、雨彦はほぅ、と息を吐いた。
……ああ、いいな」
「うん、僕が惚れこんで買っちゃった」
「お前さんそんな酒ばっかり背負ってるな」
 マスターが背にしたバックバーカウンターには、そんな、酔狂な酒ばかりが並んでいる。やれボトルが珍しいだとか気まぐれで作ったやつがたまたまあたって定番になったやつだとか、方々で酒の噂を聞きつけては買い付けて、そしてこっそり店に並べる。うまい酒の為には妥協しない、そんな執念にも似た何かをきっちり自分の中に持っているマスターを、雨彦は密かに尊敬していた。
「珍しいよね。初めてじゃない?」
「何がだい?」
 この酒かい?とわざとらしくとぼけたフリをする雨彦を笑って、マスターは目尻にシワを寄せた。
「葛之葉さんが女性との待ち合わせに僕の店使ってくれるなんて」
 誰にも教えたくない秘密のこの店に、お前さんだったら連れてきてもいいと雨彦は今夜、この店の常連になって初めて待ち合わせをしている。
「好きなの?」
「多分な」
「何仕込もうか」
「はは、黙ってろって」
「チャーム、女性ウケいいやつにしといてあげるよ」
「援護射撃かい?」
「だって、嬉しくて」
 心強い味方がついたもんだ、とまた舌の上で転がして、雨彦はウィスキーを飲み下す。鼻に抜ける香りはどこまでも甘く、丸かった。
……ん」
 雨彦が横目でちらりとドアを見る。ああ、やっぱりわかるんだね、とマスターがおしぼりとグラスに手を伸ばしたのと同時に、重厚なドアに下げられたドアベルがカラカラと音を立てた。
「お疲れさん」
「いらっしゃいませ」
「遅くなりました、すみません」
 隣の椅子を軽く引き、雨彦は彼女を座らせる。素敵なお店ですね、ときょろきょろと店を見回す彼女に、雨彦は嬉しそうに自慢した。
「そうだろう?」
 俺の気に入りさ、とグラスを置いて、雨彦はマスターからメニューを受け取って彼女に見せる。
「お任せもありだぜ」
……なんか、かっこいいですね」
 慣れてる感じが格好いい、とストレートに褒められて雨彦は頬を赤らめた。ちら、と目配せをすれば、マスターはそれに応えてそっと奥へと引っ込んだ。
「プロデューサー、話がある」
 聞いてくれるかい?と吐いた息に混ぜた熱は、丸く甘いウィスキーの香りがした。


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