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[輝P♀]後ろ前のTシャツ

全体公開 2 1656文字
2018-11-06 15:27:17

「よく寝てるなぁ……

寝てるPさんを起こさないようにそっとベッドに潜り込んで抱きしめて眠るてんてるのお話です。

Posted by @toasdm

 ただいま、の小さな声は玄関で消える囁きだ。受け取り手不在の帰宅の声は、受け取り手に届かなくていい。むしろ届いて欲しくない、寝ててくれよ、と輝は暗い玄関で靴を脱ぐ。揃えて脱がないと怒るんだよな、とばつの悪そうな顔をしながら手探りで靴を適当に揃えて、同じく手探りで、玄関の壁にかけてあるハンガーに手を伸ばす。二度、三度と空振りをした末に漸く見つけたハンガーにジャケットを掛け、やはり何度か空振りしながらハンガーフックにそれを戻すと、壁を伝ってバスルームへと向かう。勝手知ったる我が家だ、目をつぶってても歩けるぜ、と暗闇の中、輝はにやにやしながら脱衣所に干してあったTシャツとハーフパンツを収穫して、素早く着替える。
……っと」
 脱いだ服を洗濯機に放り込むのを忘れると、きっとまた、彼女に怒られるだろう。またばつの悪そうな顔をしてそれらを手早く洗濯機に放り込み、輝は再び、明かりのない廊下へと戻った。
 せめてカーテンが閉まっていなければ、街灯や月明かりで少しは見えたのかもしれないが、そうも言っていられない。防犯上の観点からもカーテンが閉まっていない方が心配だ、と手探りで進みながら、輝は寝室のドアに手をかけた。
 ノブをそっと握り、回し、ドアを開ける。穏やかな寝息が耳に届いて、輝の表情からフッと緊張感が抜けていく。ここまで物音を立てずに、息すら詰めて電気もつけずに歩いてきた理由が、ベッドですやすやと眠っている。もう一度、今度は口パクだけでただいまと言って、輝はベッドに近付いた。
「よく寝てるなぁ……
 静かに近付き目尻を下げて、輝は彼女の頭を優しく撫でる。んぅ、と少し身じろぎをされて、起こしたか、と一瞬身構えたが、途切れた寝息はまた元に戻り、輝は帰宅後最大のため息を漏らした。起こしたら悪いよな、と彼女の隣にそっと体を滑り込ませて、輝は笑いを噛み殺した。
 それは幸せの笑いで、抱きしめた腕の中の彼女が、輝の幸せそのものだ。
 あったけぇ、と眠る彼女に頬をすり寄せ、起こさないように優しく優しく抱きしめて、輝はじっと、彼女の寝顔を見つめた。
 彼女を起こしたくないから、という理由とは別に、輝が電気をつけずに暗がりの中、手探りでここまできたもう一つの理由がこの寝顔だ。明るさに慣れてしまうと、この暗闇の中で彼女の寝顔は見られない。欲張りな暗順応、輝は無防備な彼女の寝顔にそっと唇を押し当てた。

 お疲れ、プロデューサー。
 今日もたくさん、いいことあったぜ。
 桜庭も翼も、嬉しそうだった。

 次から次へと湧いてくる一日分の報告を、輝は心の中で済ませてあくびを漏らす。そういや風呂、入ってねぇや。明日でいいか。疲れたな。ほんとによく寝てる。独り言の思考が緩やかに渦を巻いて、寝息はやがて、二人分になる。
 おやすみは、心の中で、済ませてしまった。

「ん…………っ」
 目を覚ました私を、抱きしめてくれるこの香り。輝さんだ。起こしてくれてもいいのに、話したいこともあったのに、優しい。まだ仲良ししている上のまぶたと下のまぶたを引き剥がすように、私は目を擦る。
……?」
 視界に飛び込んできた違和感の正体には、すぐ気がついたのに。
「なんで……後ろ前……?」
 ネックのタグが、輝さんの顎の下にある。どうして、後ろ前なんだろう?
…………っ!?」
 一気に覚醒した意識、すっかり寝こけていて見ていないはずのその景色が、ぶわっ、と見えた気がして、私は震えた。

 私を起こさないように、電気もつけずに音も立てずに、手探りで干してあったTシャツを掴んで着替えて、私を抱きしめて、くれたんだ。だから、気が付かなかったんだ。

 後ろ前のTシャツからすら、滲み出るような思いやり。愛しさが溢れ出る音がする。ドキドキ。ドキドキと。

……輝さん、大好き」

 せめてこの音が、ぐっすり眠った輝さんを、起こしてしまいませんように。
 祈りながら私は、優しい胸に顔を埋めて、一人で悶絶するしかなかった。


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