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源氏兄弟に飼われる話 第21話

全体公開 9408文字
2018-11-10 17:49:05
Posted by @ayame0601s



 道中、車の中で詳細を聞こうとするも、鶯丸自身ちゃんと把握しきれていないようだった。
 なんでも、いきなり髭切から電話がかかってきたかと思えば、私を連れて指定の場所に来てほしい、との事だったらしい。

「君の友人をどうにかしろとの事だ。安否までは不明らしい」

 どうにかしろとはどういう事だ、と鶯丸はぶつぶつ言っている。
 彼の言葉に、不安が広がった。鶴丸は、あの兄弟に手を出したのだろうか。あの兄弟が居るところに、鶴丸が居るなんて。まさか、本当にカルト集団と関わりがあるのだろうか──憶測ばかりが頭の中で飛び交い、気だけが急いていく。
 車は、家の建ち並ぶ道からどんどん逸れていく。そして止まったのは、住宅街から外れ、明かりもほとんどない場所だった。

「ここからは歩いていこう。エンジン音が気になる」

 鶯丸に言われ、車を降りる。
 月は雲に隠れ、明かりは所々点在する街灯のみだった。その街灯も、古いものなのかひどく暗い。ジジジ、と音を立てて点滅するものもあれば、何本かは電気もついていない状態だった。
 辛うじてついている街灯が、道をぼんやり照らしている。道沿いに柵が立てられ、その柵の奥──ほとんど暗闇に呑まれたそこに、広い建物がひっそりと佇んでいた。
 元々は公共施設か何かだったのだろう。廃墟と化したそこは、この闇の中でより一層不気味さを漂わせている。
 鶯丸が何も言わないため、私も口を閉ざして彼の後をついていった。
 もし、ここにカルト集団がいるのなら。その上層部はバンパイアであり、彼らと同様に聴覚がいいはずだ。出来るだけ足音を立てないようにと注意を払っても、私の足音がどうしても目立ってしまう。
 柵に沿って歩いていけばその柵がふと途切れ、敷地内へと続く入り口が視野に入った。元は、スライド式の門扉でしっかり塞がれていたであろう入り口が、半分ほど開いている。
 鶯丸は足を止め、静かに敷地内を覗きこんだ。
 目を凝らしているのか、しばらく中を見つめている。そしてこちらを振り向くと、小声で話した。

「誰かが倒れている。君の友人かもしれん」

 その言葉を聞いた途端、ひゅっと喉が引きつり、心臓が締め付けられた。鶴丸であってほしくない。けれど鶴丸である可能性が高いのは、直感の部分で察してしまった。
「大声は出さないでくれ」という鶯丸の忠告に頷き、敷地内へと足を踏み入れる。
 中は、街灯が届く範囲のみぼんやり映し出され、その廃れぶりが明らかとなった。
 無秩序に草木が生え、コンクリートとの境目はもはや曖昧だ。建物は窓ガラスも割れ、中はのっぺりとした闇が支配している。入れば二度と戻ってこられないような恐怖を感じ、背筋が震えた。
 けれど今は、恐怖におののいている場合ではない。
 鶯丸の歩調には迷いがなかった。彼は建物の入り口とは別の方向へ、真っ直ぐと歩みを進めていく。
 目が暗闇に慣れ始めた事もあり、近づくにつれて目的とするものが分かってきた。
 それは一本の木だった。葉も落ち、あらわになった細い枝は寂しげに見える。
 そして、その木の根本。
 誰か倒れているのが、視界に映る。

……っ!」

 思わず駆け寄りそうになってしまうも、目の前の鶯丸に手で制され、ぐっと堪える。確かにここからの距離だと、まだ鶴丸だという確証が持てないのは確かだった。鶯丸はおそらくそこを懸念しているのだろうと、即座に理解する。
 彼の判断に従いながら、そのまま歩調を早める事なく、ゆっくりと近づいた。
 けれど距離が近くなり、確信になる。
 倒れているのは、思った通り鶴丸だった。

「鶴丸……!」

 彼の側に寄り、声をなるべく抑えて呼び掛ける。意識が全く無いのかと思いきや、鶴丸は私の呼び掛けに小さく呻くと、眉を寄せた。
 けれど、それ以上の反応がない。

「ど、どうしよう……鶯丸さん、病院に」

 小声で話しているつもりでも、焦りからか、音量を下げきれなかった。
 鶯丸は少し離れたところでこちらを見ている。

「鶯丸さん、運ぶのを手伝ってくれませんか」
……悪い」
「え?」
「俺は、彼に触る事が出来ない」

 え、と再び疑問が漏れた。そこではたと気づく。
 鶯丸のその距離の取り方は、まるでそこから先へは来られないかのように見えた。鶴丸に触る事が出来ないし、近づく事すら警戒しているかのような。
 ──十字架のネックレス。
 ふと脳裏を過った単語に、鶴丸へと目を向けた。
 あの十字架のネックレスは私が持っているけれど、違うものを着けているかもしれない。それか、銀製の物。銀製の物は、バンパイアは苦手なはず……
 そう思い、探そうとした瞬間だった。
 ガシャンッ、と。静寂の中に、一際大きな物音が響く。

「!」

 思わず肩が跳ね、咄嗟に物音の方向へと目を向けた。
 それは建物の奥から聞こえた。
 ここからは距離があるように聞こえたけれど、人工的に生じたような音。何かが、倒されたような。
 確実に誰かがいるその音に、内臓が縮みこむ。

……ぐずぐずしない方がいいか。仕方ない」

 鶯丸は溜め息をつく。

「彼から、銀の物は全て外してくれ。早くここから離れよう」
「わ、分かりました」

 緊張と恐怖、それに焦りから、指先が震える。焦っては駄目だ、と必死に言い聞かせながら、鶴丸が所持している銀製の物を外していった。
 ネックレスにブレスレット、それに指輪。ポケットにはナイフまで入っていた。これで膝丸を刺したのだろうか──不意に頭を過るも、今はそれどころではないと、思考を振り落とす。
 別のポケットには、他にも物が入っていた。携帯は問題無いにしても、何か液体の入った小瓶を取り出す。

「それは聖水だろうな。そんな物まで」

 鶯丸の言った単語に、すぐ理解が出来なかった。
 吸血鬼と、聖水。聖水だなんて、日常では滅多に、会話にすら出ない。鶯丸が苦々しく眉を寄せたため、それも取って避けた。
 銀製の物は全て取ったつもりで、鶯丸に視線を向けた。彼はゆっくり近づき、腰を下ろすと、静かに鶴丸に触れる。

「──ッ」

 しかし触った途端、まるで熱いものに触れた時のように、その手を勢いよく離した。その様子に息を呑む。
 それは演技ではなく、本気で鶴丸に触れない事を表しているようだった。

「だ、大丈夫ですか?」
「ああ……。だが、まだ何か着いているはずだ」

 鶯丸は手をさすりながら言う。見逃してしまった事を申し訳なく思うくらい、その表情は苦痛を呈していた。
「よくこれに触れたな」鶯丸がぼそりと溢したその言葉に反応すると、「いや、何でもない」と濁された。
 もう一度、さすがに裸には出来ないものの、見られる範囲で調べていく。すると鶴丸の耳にピアスがついていた。私が知る限り、鶴丸はピアスをしていなかったはずだ。この暗闇で、僅かな光を反射していたため、それも外しておく。
 再度、ポケットというポケットを確認し、最後に足首にまでつけていたアンクレットを外した。靴は問題なさそうだけれど、何とも重装備なものだと、息を吐き出す。
 これでおそらく全て取り外したと、鶯丸へ目配せする。
 彼は再び、恐る恐る鶴丸に触れた。

「大丈夫だな。急ごう」

 少し退いていてくれ。そう言った鶯丸は鶴丸の脚に手をかけると、そのまま自らが回転する事で、あっという間に肩に担いでしまった。何が起こったのか分からず、その素早さに思わず目を見張る。
 けれど呆気に取られたのも一瞬で、「行くぞ」という彼の言葉にハッとし、急いでその場を後にした。
 
 車へと戻れば、鶯丸は鶴丸を後ろの席へ入れ込んだ。その際に、鶴丸が呻く。彼から出血は見当たらなかったけれど、どこか強く打ったのだろうか。
 私も鶴丸の隣に乗り込むと、鶯丸へと声をかけた。

「鶯丸さん、病院へ──」

 連れて行ってください、と、そう続けようとした言葉を呑み込む。
 ふと、腕に何か触れたからだった。
 顔を向ければ、鶴丸が私の腕に手をかけていた。

「病院は、いい……

 小さく、ほとんど聞こえないような声。けれど確かに、鶴丸が発した言葉だった。
 彼の言った事に驚き、言葉を失ってしまった。

「え……?」
「病院には、行かない」
「なっ、いや、でも、」
「光坊に、連絡してくれ」

 弱々しく、けれどピシャリと言う。大丈夫だから、と続けた彼は、全然大丈夫そうに見えない。しかしそれ以外の事は受け付けないような、頑なな意志が言葉に含まれていた。

「とりあえず出るぞ」

 そう言った鶯丸は車を発進させる。
 どうすればいいのか、狼狽えてしまった。病院に連れていった方がいいのは、間違いない。けれど鶴丸はそれをひどく嫌がっている。それはまるで、病院へ行くのは不都合があるかのようだった。
 鶴丸は辛そうな体に鞭を打つかのように、たどたどしく携帯を取り出すと、私へ渡した。

「光坊に」

 ただ一言、念を押すように言われてしまえば。とりあえず光忠に連絡して、それから決めようと、彼へ電話をかけた。
 光忠には光忠の都合があるかもしれない。電話をしても繋がるのか、そういう懸念はあった。しかし数回のコールで繋がり、ホッと胸を撫で下ろす。鶴丸の携帯から、まさか私の声がするとは思っていなかったのだろう。光忠は始めこそ驚いていたものの、詳しく事情を話す前に、何か察したらしい。
 彼の住所を聞き、今から行くと伝えた後、電話を切った。

「悪いが、ここで君達を降ろす」

 そう言って鶯丸が車を止めたのは、公園の前だった。
 住宅街の中にある公園はこぢんまりとしている。けれど先程とは打って変わって、街灯の数は多い上、辺りは明るい。

「俺は会わない方がいいだろう。ここなら、住所から近いはずだ」

 鶯丸は車のナビを指しながら言う。

「ここまで来てもらえるように頼めるか?」
「はい。電話してみます」

 鶴丸の携帯から、再び光忠に電話する。ほとんどワンコールで電話は繋がった。よほど心配していたのだろう。
 光忠に公園の名前と場所を言うと、すぐにピンときたらしい。今から行くね、という言葉を最後に電話が切れた。
 私が電話をしている間、鶯丸は鶴丸を車から降ろす作業をしていた。

「俺が出来るのはここまでだ。後は大丈夫だな?」
「はい。ありがとうございました」

 お礼を言って、頭を下げる。この時ふと、胸に予感めいたものが過った。
 ゆっくり顔を上げれば、柔らかい視線と交わる。

「鶯丸さん……
「ああ。ここで、お別れだ」

 彼は、私が思っていた事を先に口にする。
 お別れだ、そう言われた途端、息が詰まって苦しくなった。
 鶯丸は、私を見て穏やかに微笑んでいる。

「俺はあの兄弟と合流してくる。君は、友人と行くんだ」
……はい」
「おそらく今夜で方が付く。そうしたら、今夜のうちにこの街を出るだろう」
「あの、もう会えませんか?」

 自分でも、まさかすがるような言葉が出てくるなんて。少なくとも彼らに出会った当初から考えると、こんな言葉が出てくるとは思わなかった。
 それでも、たとえ過ごした期間は短くても、彼らと共に過ごしていく日々の中、別れは寂しいものへとなっていったのだ。
 鶯丸も驚いたように、その片目を見開いた。しかしそれは一瞬の事で、すぐにその目元を和らげる。

「人の一生は短い。あまり無理しすぎるなよ」

 それは、直接的な答えではなかったけれど。それでもここで会うのは最後なのだと、十分伝わってきた。
 分かりました、とだけしか言えなかった。気持ちが徐々に込み上げ、胸が詰まる。

「短い間でしたが、ありがとうございました。出会えて、良かったです」

 本心だった。建前ではなく、心からそう思っていたのだと、言葉にする事で尚更実感した。
 初めて会った時から、鶯丸に恐怖を抱かなかった。彼の穏やかな雰囲気は落ち着くものがあり、それは結局、ずっと変わっていない。

「俺もだ。ありがとう」

 鶯丸はそう言うと、私の頭に手を乗せた。ぽん、と軽く置くその動作は、まるで幼子をあやすようなもの。不意に泣きたくなる気持ちが込み上げ、抑え込むようにして、もう一度お礼を言った。
 鶯丸が車に乗り込む後ろ姿も、そのまま車が発進していく様子も。角を曲がって見えなくなる所まで、ただ見守っていた。

 これで、本当に最後だなんて。
 今後、二度と会えないなんて。

 寂しさが胸を締め付ける傍ら、どこか実感が湧かないのも事実だった。

 それから間もなくして、光忠が到着した。車から降りてきた彼はジャージ姿で、いつもしっかり決めている髪型も随分とラフだった。

「二人とも大丈夫かい!?」

 光忠の声色は、焦りの色が滲んでいる。
 彼は、私の膝に頭を預ける鶴丸を見ると、一瞬言葉を失った。そしてすぐ、堰を切ったように駆け寄る。

「鶴さん! 大丈夫!?」
……、光、坊」

 鶴丸が光忠の呼びかけに、小さく反応した。彼は見つけた時より意識はあるものの、いまだにぼんやりとしているように見えた。

「病院へ連れて行こうと思ったんだけど……鶴丸が連れて行くなって」

 光忠に連絡した経緯を、かいつまんで説明する。なぜ鶴丸を見つける事が出来たのかというところは、説明に迷うため省いておいた。
 光忠は私の説明を一通り聞くと、大きく息を吸い、そのまま嘆息を漏らす。

「そうだったんだね。この前もそうだったんだ」
「この前?」
「うん。とりあえず、ここだと何だから。僕の家で話すよ」

 鶴さん、起きれる? と光忠は鶴丸に声をかける。体は何とか起こせるも、立ち上がって歩く事はやっぱり難しいらしい。そんな鶴丸を、光忠は「よいしょ」と言いながら担ぎ上げた。日頃鍛えているという自慢の筋肉の威力を目の当たりにし、つい感嘆してしまった。
 光忠についていき、車の後部座席に乗り込む。運転席に座った光忠は、私の名を呼んだ。

「君も無事で本当に良かった。心配してたんだよ」

 バックミラー越しに、眉を下げた光忠と目が合う。鶴丸から何か聞いているのだろう。
「心配かけてごめんね」と、今はそれしか言えなかった。そんな私を見て光忠は苦笑すると、車を発進させた。

 光忠のマンションは、ナビで見た通り公園からすぐの場所にあった。中に入ると、彼の部屋は一人暮らしには十分な広さだった。
 カウンターキッチンに向かい合うように設置されたテーブルと椅子は、まるでレストランのカウンター席のようで。その奥にはテレビとソファーがあり、大きな窓がある広い部屋だった。
 隣にも部屋があるらしく、そこはおそらく寝室なのだろう。鶴丸はその寝室へと運ばれた。

「何か飲むかい?」

 寝室から戻ってきた光忠は、そう言いながらカウンターキッチンへ向かった。

「あ……いえ、お構い無く」
「あはは。そんな畏まらなくても」

 牛乳飲めたっけ? そう続けた彼の言葉に頷く。
 手持ち無沙汰になってしまい、ソファーに座って待たせてもらう事にした。
 程よい弾力のあるソファーは座り心地が良く、少し肩の力が抜けていった。けれど、頭の中は忙しなく、落ち着かない。
 疑問だったり、心配だったり、寂しさだったり。様々な感情が絡み合って、とても混沌としている。鶴丸の事、あの兄弟の事、光忠とこれから話す内容の事──自分でも、どの思考に重点を置けばいいのか分からなかった。

「大丈夫?」

 光忠に声をかけられ、顔を上げた。マグカップを二つ手に持った彼は、心配そうな面持ちで私を見ている。

「これ、良ければ飲んで」
「ありがとう。ホットミルク?」
「うん。落ち着くかなと思って。隣、座ってもいい?」

 律儀に断りを入れる彼に、笑って頷く。そもそも、彼の私物なのだから断る必要なんてないのに。こういうところが、モテる所以なのだろう。
 光忠から受け取ったマグカップに口をつける。温かく、ほんのりとした甘味が口内に広がった。

「美味しい……
「なら良かった。蜂蜜入れてみたんだ」
「え、さすが。おしゃれだね」
「え、蜂蜜入れただけだよ?」

 そう言って、彼は隣でクスクス笑った。

 ──ああ、そうだ。これだ。
 これが、私の日常だったのだ。

 光忠とこういう他愛ない会話は、大学の時から今まで、何度もしてきたはずだったのに。それなのに、遠く遠く昔の事のように、記憶の隅の方へと追いやられていた。それが今、急速に呼び戻された感覚。
 まるで、夢から現実に引き戻されたかのような、そんな感覚を覚えた。

「聞いてもいいかな?」

 光忠が口を開く。本題に入るのだろう。緊張が一気に押し寄せた。

「うん……。いいよ」
「鶴さんをどうやって見つけたんだい」
「それは、知人から連絡があって」
「知人?」
「うん」

 会話はそこで途切れた。自然に途切れた、というより、意図的に切ってしまった。
 光忠がこちらを向いている視線を感じるも、彼を見る事が出来ない。どう説明すればいいのか、いまだに悩んでいる部分がある。
 光忠は、私がこれ以上言いたくないのだと感じたのだろう。
「そっか」とだけ言うと、彼も口をつぐんだ。

……鶴丸はさ」

 今度は私が口を開く。

「病院、連れて行かなくて大丈夫かな?」
「うーん。本当は連れて行った方がいいだろうね。でも、この前も頑なに断られたんだ」
「この前……

 何となく、予測はついていた。この前とは、もしかして首筋を咬まれた時なのではないかと。
 光忠へ視線を向けると、彼は横目で私を見た。

「鶴さん、咬まれたんだ。吸血鬼に」

 って言ったら信じる? 光忠は笑ってそう言った。あえて明るくしているのが伝わってくる。
 信じるか信じないか、なんて。本心では、答えは分かりきっている。

……どうだろう。分からない」

 結局、そう答えた。私はもう、隠し通す必要はないはずだった。あの兄弟から、解放されたのなら。けれど何となく、真実を言うのは躊躇いがある。
 それは恐怖に縛られているから、というわけではなく、私の意思として何となく言いたくない、という感情からだった。

「光忠は、信じてるの?」

 逆に聞き返せば、彼はうーんと唸る。

「どうだろう……僕も分からない、かな」
「そっか……
「でも、鶴さんの事は信じてる。という事は、吸血鬼に咬まれた事も信じてるって事だね」

 苦笑を溢す光忠に、そっか、ともう一度返事をした。彼の気持ちは、分からなくもない。
 おそらく、吸血鬼というものを実際目の当たりにしない限り、その存在を信じるというのは難しい事だろう。
 けれど、鶴丸と光忠はお互いが大切な友人であるから。その大切な友人が言う事を信じたいという気持ちは、よく分かる。

「病院を拒む理由も、それが理由みたいなんだ」
「吸血鬼の事?」
「うん。普通、信じないだろう? だから上手く説明が出来ないって。ただでさえ今、ニュースとかで過敏になっているから、変に注目されるのも嫌だってさ」
「そうだったんだ」

 確かにあの咬み痕の説明は、上手く出来ないかもしれない。動物に咬まれた、と言ったとしても、相手は医者だ。そう簡単に騙せられないだろうし、吸血鬼問題に過敏な今、下手をするとテレビにも取り上げられるかもしれない。

「今日はさ、鶴丸は何であそこにいたの?」

 光忠には、本当の事を話しているのかもしれないと思った。鶴丸は怪我をした時も光忠に匿ってもらい、おそらく吸血鬼の事も話しているのだろう。それなら、鶴丸があの場に行った目的も話しているかもしれない。
 そう思って質問してみると、光忠は悩むように唸った。

「それは、僕の口から言っていいのかな……鶴さんが起きたら、直接聞いてくれるかい」

 眉を下げて光忠は言った。さすが口が固い、と思わず笑みが溢れる。

「そうだよね。うん、分かった」
「ごめんね」
「ううん。事が大きそうだから、本人から直接聞くよ」
「君は……大丈夫?」

 光忠は、窺うように私を見る。
 私の事も、鶴丸の感じていたままを聞いたのだろう。

「うん。私は全然問題ないよ。大丈夫」

 本心のままに伝えれば、光忠はどこか安心したように微笑んだ。

 結局、そのまま光忠の家に泊まる事となった。
 鶴丸は、隣の寝室のベッドで寝ている。光忠はその下に布団を敷いて寝るらしい。私は、ダイニングキッチンのソファーで寝る事になった。
「そんな所で寝かせてごめんね」と気遣わせてしまい、逆に申し訳なくなる。泊まらせてもらうだけ有り難いというのに。私は今夜、帰る場所がないのだから。

 電気を消すと、部屋は真っ暗になった。いつもなら気にしないこの暗闇も、今日はとてつもなく寂しく感じる。
 闇に、呑まれてしまいそうな。
 不安を掻き立てるような視界の暗さは、今日は我慢できそうになかった。
 小さな明かりでいいから、何か光源がほしい。そう思い、窓のカーテンを開ければ、外は雲が晴れて月が出ていた。
 淡い月の光がベランダを照らし、そこから溢れた分が室内に入り込む。
 これなら少しは寂しさも紛れると、カーテンをそのままにしてソファーへ寝転がった。
 借りた毛布をかけ、体を丸める。今夜の出来事は、思っていた以上に疲れたらしい。疲労がどっと押し寄せ、体が重くなる。

 これから、どうするのか。明日はどうしようか。考える事は色々あるも、思考はどうしても一つの事柄へと向かってしまう。

 彼らは、無事だろうか。

 結局安否も何も分からないまま……髭切に会えないまま、彼らとお別れになってしまった。

 あまりに呆気ない別れ。そのせいか、実感が湧いてこない。
 もう街を出た頃だろうか。本当にこのまま、二度と会えないのだろうか……

 体は疲れきっているはずなのに、脳がいまだに動いているせいで、なかなか寝つけなかった。それでも、段々と思考がぼやけていく。起きているのか寝始めているのか分からない、夢との狭間にぼんやりといるような。
 そんな時。

 コンコン、と、微かに拾ったその音に、意識が引き戻される。

 夢の中へと向かうその足を止め、踵を返すと共に瞼を開ける。
 その時、もう一度。コンコン、と、確かに音がした。

 ゆっくり上体を起こす。室内は、月明かりのための微かに明るい。音がした方向へと目を向ければ、窓の方向だった。
 そして視界に映ったその人に、眠気も覚める。

 ──髭切さん、

 声に出さず、彼を呼ぶ。正確には、驚いて声が出なかった。
 窓の外、ベランダに立っていたのは、いつものように微笑む髭切の姿だった。





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