「…………落ち着いてください、プロデューサー」
ほくほくが優しすぎて物足りなくなってもだもだしてるPさんと、ただ優しいだけじゃないちょい雄ほくほくのお話です。
@toasdm
プレイボーイの印象が強かったせいだろうか、彼女は日々物足りなさを感じている。他の人より自分の方が蔑ろにされているだとか、誰彼構わず声をかけているだとか、そういった不安感とは少しベクトルが違って、どちらかというと大切にされていて、ガツガツしてこない事に対する物足りなさは、贅沢なものではあるのだと、自覚はしている。自覚は、しているのだが――…。
「あの」
「はい?」
デートともなれば手は繋ぐし、椅子は引いてくれるし、車道側を歩くことはまずない。デートの終わりには必ず、今のように家まできっちり送り届けてくれる。手馴れている、という言葉がまさにピッタリの北斗のエスコートは、全世界の男は彼を見習うべきだと思わざるを得ないほどに完璧でスマートで、優しくて、優しすぎた。物足りなさをうまく伝えることができるかどうか、それだけを不安に思いながら彼女は北斗を見上げて問いかけた。
「優しいですよね、北斗さん」
「ええ。女性に優しくするのは当然ですよ」
「……」
「もちろん」
ちらりと周囲を見回して人目のないことを確認すると、北斗は彼女の頬に一瞬唇を触れさせてから、その流れて耳元に、甘く囁く。
「あなたは特別です」
誰にでも言ってるんでしょう、と、付き合う前は思っていた言葉を事実だと信じさせるだけの愛情が、北斗から彼女に向かって常に注がれている。それを感じるからこその物足りなさが、モヤモヤする気持ちの原因であることは明白だった。人通りの少ない自宅までの道のり、ぽつぽつと灯る街灯の下で彼女はこっそり溜め息を漏らした。
「……そこが、好きです」
あなたには敵いませんね。照れ笑いすらサマになる整った顔は、彼女の本心に気付いてか気付かないでか、嬉しそうにも見えたし複雑そうにも見えた。溜め息と共に漏れ出た言葉は、彼女の本心だった。北斗の優しさが、彼女は本当に、好きなのだ。
「もう着いてしまうんですよね」
送り慣れた道、次の角を曲がれば彼女の家だ。はぁぁ、と吐き出した北斗の溜め息は白く、冷えた空気は二人の間をたまにするりと抜けていく。
「名残惜しいですよ」
それも、本心だろう。アパートの階段を二人で登って、ドアの前でおやすみなさいと抱きしめあって、彼女の部屋の明かりがついたのを確認してから、北斗はトントンとリズミカルに階段を下りて去っていく。こんな夜更けに女性の部屋に上がるわけにはいかないですから、と、お茶に誘ったところで北斗はノッてはこないのだ。
「プロデューサー」
ドアの前、俯く彼女の肩をそっと抱き寄せて、北斗はいつものように囁いた。
「今日も楽しかったです」
ぎゅっと抱きしめられて、胸の奥が甘く痺れる。嬉しいと思う気持ちと愛しさとか綯い交ぜになって、彼女の中でぐるぐると渦を巻く。この後に続く七音が、北斗との時間の終わりになることを、彼女はもう、いやというほど実感している。
「おやすみなさ――っ」
その七音を聞いてしまったら、もう、この時間が終わりだと。
だから、紡がせたくなくて、彼女は北斗の唇を塞いだ。しっかりと首に腕を絡ませて、思いっきり背伸びをして、抱きついて、ぎゅっと閉じた瞳に涙を浮かべて。完全に不意を突かれた北斗の驚いた顔を見ることなく、彼女はそのまま、しっかりとした胸板に顔を埋めて呟いた。
「どうしてそんなに優しいんですか」
「え……」
「送り狼になってくれたっていいじゃないですか!」
堰を切ったように彼女の口から次々と、抱えた物足りなさが溢れ出す。
「そんなに魅力ないですか? 大事にしてくれてるのはわかります、でも、キスだってそんなにしてくれないし、手も出そうとしないしきっちり送るだけ送って部屋に上がってもくれないし、毎回毎回デートの度に掃除するの空しくなるじゃないですか!」
「待って、待ってプロデューサーここ外」
「だったら上がってくれるんですか?!」
半ば叫ぶように飛び出す言葉を正面で受け止めて、北斗は思わず彼女をドアに押し付けて唇を奪った。
「んっ……!!」
「…………落ち着いてください、プロデューサー」
じっと彼女を見下ろす瞳は、いつもと同じで少し違った。優しいだけではなく、力強さも艶も宿した視線は、彼女の暴走を止めるのに十分なだけの圧があった。
「誰が魅力的じゃないんです?」
「っ……」
「大事ですよ。俺にとっては魅力的で、かけがえのない大切な女性です」
真っ直ぐの瞳は、一ミリも揺らがない。彼女をドアに押し付けたまま、北斗は続けた。
「キスよりも抱きしめる方が好きです、あなたの全てを感じられるので」
彼女の手首をぎゅっと掴んでドアに押し付けていた手が離れて、崩れ落ちそうになる彼女の体を北斗は優しく抱きしめる。首元に顔を埋めて愛おしさを頬ずりに込めながら、耳元で、唇が触れそうな距離で北斗は囁く。
「なりますよ。あなたが望むなら、送り狼にだって、なんだってなります」
彼女の腰を片腕で支えて、北斗はガチャリとドアノブを回した。ドアを引き開けると、震える彼女の体をぎゅっと抱き寄せてそのまま、彼女ごと自身の身を玄関へと滑り込ませる。抱擁はなお続く。やっと状況の飲み込めた彼女が、え、と顔を上げた時。
「……優しいだけじゃない俺も、見てみたいってことですよね?」
そこには、彼女のまだ知らない、伊集院北斗がいた。
でも、俺は優しいですから、と玄関で抱きしめる北斗の腕は確かに優しかった。でもその腕には、彼女の物足りなさを払拭するだけの力強さがあった。靴も脱がずに二人はしばらく、夜の迫った玄関でずっと抱き合っていた。