@toasdm
大好きが大好物を連れてきた。漂うバターの芳醇な香りにひくひくと鼻をひくつかせて、彼女は少しだけ腰を浮かせる。逃げないぜ、と笑う雨彦は彼女の隣に腰掛けて、ガサガサと袋を開けた。
「やっぱり……!!」
「お前さん、好きだって言ってただろう?」
買ってきた、とまだ温もりをたっぷりと残した茶色の紙袋を彼女に手渡すと、開けてみな、と言う前に彼女は遠慮なく開けて中身を確認して、ぱぁっ、と雨彦に笑顔を見せた。
「アップルパイ……」
「最近出来た店らしい」
雨彦が通りがかった時にはまだ、店内には開店祝いの花が飾られていたその店は、焼き立てのアップルパイを提供してくれる店なのだという。
「店の中でも焼き立てを食えるらしい」
「焼き立て……」
「まあ、正真正銘の焼き立てだろうな」
「焼き立てアップルパイ……」
袋の中と雨彦とを見比べてうわごとを繰り返す彼女の頭をぽんぽんと軽く撫でて、雨彦は促す。
「あったかいうちに食った方がうまいらしいぜ」
見てないで食えよ、と苦笑する雨彦に言われて、そうだ、食べなきゃ、と彼女は我に返った。そんなに好物だったんだな、とけたけた笑う雨彦は立ち上がり、キッチンから皿を二枚持ってくる。
「流石にそのまま食えるようなサイズじゃないだろう?」
ホールでも売ってたんだがね、と雨彦が言うアップルパイは、ちょうど雨彦の手と同じくらいのサイズだ。一人分らしい、と彼女の手からそれを取り上げて皿に乗せると、ほらよ、と雨彦は彼女の前に置く。
「……嬉しい…………嬉しいです、嬉しいっ!」
「っと、なんだお前さん、そんなに好きかい?」
「好きです!」
ぎゅっと雨彦の首にしがみつく彼女を優しく抱きしめて、雨彦はにやりと笑って顔を覗き込む。
「そんなに、俺が好きかい?」
「もちろん!」
「俺とアップルパイとどっちが好――」
喜びの勢いと感謝が、雨彦の唇に重なる。突然の出来事に面食らって、目を見開いたまま思わず黙ってキスを受け止めた雨彦は、からかいの言葉を中断させられたことなど、どうでもよくなってしまう。本当に大好き!とアップルパイを手に取る彼女の横で、すっかり毒気を抜かれてしまった雨彦が、参ったね、と苦笑する。
「……んーーーーー!」
そんな雨彦の様子を余所に、彼女はアップルパイにかぶりつく。サクサク、ふわっ。とろとろ、ほくほく。秋の幸せをひとつにまとめたアップルパイが、彼女と彼女の周りとをすっかり幸せにしてしまった。
「……お前さんと付き合うようになってから」
その隣で、雨彦もアップルパイを手に取って、パイくずを器用に皿で受けながら豪快にかぶりついて言う。
「お前さんと付き合うようになってから、お前さんの好きなもんばっかり目に付くようになったよ」
うまいな、と顔をほころばせる雨彦の隣で、今度は彼女が、きょとんとする。
「案外、世の中ってのはお前さんの好きなもんで溢れてるんだな」
「うぁぁ……」
冷めちまうぜ、ほら食えよ。彼女の口の端についたパイの欠片をつまんで食べながら、雨彦はニッと笑って促すのだが。
「うぁぁぁぁぁ……」
「……いつまで照れてるつもりなんだい」
促す方も促された方も、どちらの耳も、真っ赤な秋色に染まっていた。