「明日の朝には誰か来るんだな?」
倉庫にPさんと閉じ込められてしまった雨彦さんのラッキースケベ未満のお話です。ちゃんとラッキースケベしたものはそのうち…。
@toasdm
「もう一度聞くが」
こめかみをぐりぐりと押さえながら、困り果ててへたりこむ彼女に雨彦は問う。
「携帯は」
「事務所です」
「今このビルには」
「私と、葛之葉さんだけです……」
「このドアの鍵は」
「外からじゃないと開錠も施錠も、できません」
はぁぁぁ、と深い溜め息が、狭い倉庫にこだまする。平たく言えば閉じ込められているのだ。彼女と雨彦は、倉庫整理をしている間に倉庫の中に閉じ込められてしまった。中に人がいることに気付かなかった山村が、ガチャ、と鍵をかけて鼻歌まじりに去っていったのは三十分ほど前だっただろうか。気付いた雨彦がドアを叩いて、待ってくれ、まだ人がいる、と叫んでも、山村には届かなかったようだ。無情にも、廊下の電気は消されてしまった。諦めの悪い雨彦はそれでも何度か叫んだりしたが、反応はなかった。
「明日の朝には誰か来るんだな?」
「うぅ……」
「はぁ……」
しっかりしろよお前さん、と泣き出しそうになる彼女のそばにしゃがみこみ、雨彦はとりあえず、と壁際にそろえて重ねた潰した段ボールの上に彼女を移動させた。
「尻が冷えちまうぜ」
「すみません……」
落ち込んだまま膝を抱えて縮こまる彼女の横に雨彦も並んで腰を下ろし、まぁ既に肝は十分冷えたろう、とおどけて笑って項垂れたままの頭を軽くぽんと撫でてやる。
「……こりゃ、夜を越すにはちょいと厳しい寒さだな」
見ればふるふると震えながら肩をさすっている彼女の唇は、心なしか色が悪く見える。お前さん寒いだろう、と肩にジャケットでも羽織らせてやれればよかったのだが、生憎と雨彦がそれをやろうとすると、情けないことに下着姿になってしまう。便利なんだがね、と頬をかきながら天井を見上げて、雨彦は自分がツナギを着ていることを悔やんだ。悔やんだところで意味はないのだが。
「お前さん、毛布とかないのかい?」
「あ……多分、あっちの棚の、一番上に」
でも脚立が、といいかけて、あ、と彼女は雨彦を期待の眼差しで見上げた。
「はは、俺なら届くさ、こいつかい?」
多分埃っぽいと思います、と彼女が言うとおり、綺麗に箱に入って畳まれていた毛布は、使い古された感がないのに古臭くて、埃っぽかった。カビや虫の類は発生していないものの、使うには少し勇気が要りそうな八枚の毛布を広げて、雨彦はパンパン叩いて埃を落とし、胸から取り出したスプレーボトルをシュッシュッと吹き付けていく。
「簡易だが、除菌と消臭効果のあるスプレーで使えるようにしてやろう」
洗う場所も遠いだろう、と指差したドアは相変わらずシンと静まり返っていて、明日の朝、山村が来るまで、だいたい十二時間、ここで二人で過ごさなければならないことが決まってしまった。
「窓もないからな……まあ、隙間風がないだけいいが」
冷やすなよ、と少し綺麗になった毛布を彼女の肩にかけてやりながら、雨彦は畳んだ毛布を彼女の下に敷こうとする。それに気付いて立ち上がろうとした彼女の手が、毛布の端をぐっと押さえていたのが、原因だろう。
「う、わ」
「プロデューサー!」
バランスを崩して頭から床に激突しそうになった彼女の頭を、しっかりとした大きな左手が支えて床からガードする。倒れる、と思わず硬直してぎゅっと目を閉じて衝撃に耐えていた彼女が、恐る恐る目を開けると――。
「く、ずのは、さん……」
「は……はは…………」
大丈夫かい、と、床に仰向けに転がった彼女の顔の横に右手をついて、雨彦は彼女を見下ろしていた。無事ならよかった、と溜め息をついた雨彦に、押し倒されたまま動けなくなった彼女の表情が、もしかしたら。
「……お前さん」
雨彦の何かに、火をつけてしまった可能性がある。
「好きだ」
こんな時に言うことじゃねぇが、と笑って彼女を見下ろした雨彦の口から、隠していた思いが次々と飛び出す。
「待って、待ってください!」
堰を切ったように思いの丈をぶちまけ始めた雨彦に対して、彼女は無力だった。
「いいぜ、どうせ朝まで、時間はたっぷりある」
俺は諦めが悪い、と笑う雨彦相手には、無力でしかなかったのだ。