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ルート1

新矢 晋@企画用
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2018-11-22 20:58:26


▼最寄りの知り合い宅

 その家に押し掛けたのは、ただ近かったからであった。そうでなければ、よりによってハンターの塒になど僵尸は訪れないだろう。押し掛けられた側、つまりは虎成というハンターの青年も困惑しているようで、僵尸の腕の中を確認すると、ひっと息を飲んだ。
「な、なんで僕のところに……僕は医者じゃないんだけど……」
「たすけて」
 子供のような声でそう言う僵尸に、虎成はますます眉を下げた。青年の命は風前の灯で、放っておけば遠からず死ぬだろうことは明らかである。
「……ケースの」
 うわ言のような、消え入りそうな声が青年の口から聞こえた。虎成はしゃがみ込んでその声に耳を傾ける。
「ケースの、緩衝材の、下……」
 細い息を吐き口を閉ざした青年に、虎成は僵尸が床に置いたジュラルミンケースを恐る恐る開いて緩衝材を引き剥がした。その下から出てきたものに目を丸くすると、ひとつ引っ張り出す。……札束である。虎成が青年の方を振り返ると、霞んだ黒い目がじっとこちらを見ていた。
 ……つまるところこれは仕事の依頼である。受け取るならば、請け負ったことになる。勿論青年を見殺しにして金だけ頂くことも可能ではあるが、虎成はその札束を机の上に放り投げると青年の方へ近付いた。
「請ける、よ」
 気まぐれか、良心か、顔見知りのよしみか。理由はわからないが、虎成は僵尸を警戒しながらも青年の体を受け取った。その体をソファの上に横たえ、血でべったりと肌に貼り付いた服をそっと捲る。あらわれた傷口に、うええ、と嘆きとも呆れともつかない声が虎成の口から漏れた。
「絶対医者に見せた方がいいって……」
 ぶつぶつと言いながら手の甲で鼻を擦る。……この血臭は錯覚ではなく現実だ。濃厚に香るそれは普通の人間であれば吐き気を催すレベルである。少しして道具箱を持ってきた虎成は、消毒液を取り出すと脱脂綿に浸して慎重に傷口へと当てた。青年が呻き声をあげ、それに動揺しながらも手は止めない。
「縫わなきゃ駄目かな……駄目だよねぇ……」
 針を探してきて消毒し、糸を通して深呼吸する虎成。当然麻酔など無い、それは医者の領分だ。傷口を前にしばらく躊躇していた虎成は、唇を一度引き結ぶと意を決したように針を青年の肌に突き刺した。
 ぴく、と青年の体が震え、歯を食い縛る音がする。傷の痛みとはまた別種の痛みが青年を呻かせる。慎重に傷口を縫い合わせていく虎成は集中しているらしく、すぐそばで様子を見ている僵尸を気にする素振りも見せない。最後の一針を終え、包帯を巻いてから、ふう、と息を吐いて隣の僵尸を見て慌てて距離を取った。
「こっ、これでいいんでしょ……!? これ以上は、い、医者に頼んで……」
 ソファに横たわる青年の隣にしゃがみ込んだまま動かない僵尸に、虎成はこれ以上無いくらいに大きな溜め息を吐いた。ぼさぼさの髪に片手で触れ、服の袖を弄り、口元を擦ってから目を泳がせ結局自分の爪先に視線を落とす。
「……、……起きたら連れていってくれ、よ……」
「う」
 僵尸からの恐らく肯定とおぼしき声にびくりと肩を跳ねさせた虎成は、二人から距離を取るように部屋の反対側の壁際まで椅子を引いてそこに座った。手持ち無沙汰に周囲を見回した後、武器を取り出し手入れを始めた。
 部屋には小さな物音だけが響き続けた。


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新矢 晋@企画用 @sin_niya_b
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