@toasdm
努力するのは嫌いじゃないよ。頑張るのだって、こう見えて結構好きなんだよね。でも、だからって――。
「走るのまで好きだって思わないでよねー!!」
内心でおさまりきらなかった想楽の叫びは口から飛び出して、人気のない地下鉄のコンコースに響いた。出口の階段はその先の角を曲がってすぐ、ちらりと時計を確認したが、リミットまではあと十八分だ。
息が上がる、呼吸が乱れる、髪も乱れて心臓が張り裂けそうになる。全力ダッシュをするのに向かない靴ではないのが不幸中の幸いとも言えるが、それでも、不幸と言えば不幸なのかもしれない。
確かに明日は誕生日だからおやすみにしておきましたよ、とは言われた。だが、前日ギリギリまで仕事が入っているのは予想外だった。打ち合わせが長引いたのも悪かったし、その打ち合わせに熱が上がってしまうほど興味をそそられたのもよくなかった。気がつけば終電まであと何本だろうかと数えられるほどの時間になっていて、はっ、と顔を上げた想楽に、年上の二人が無言で「後は任せな」と合図をしてくれて、なんとか抜け出すことができた。それが唯一の幸運だ。
とはいえ。時間ギリギリの行動はあまり好きではない。もちろん走ることも。それでも想楽は、絶対に、日付が変わる前にたどり着きたい場所があった。地上へと続く階段を駆け上がり、想楽は夜の街へと飛び出した。
「絶対、絶対間に合わせるから……っ!」
フッ、と鋭く息を吐き出して、想楽はまた、人混みの中にその身を飛び込ませた。
ごめんね、ちょっと通して、急いでるんだ。
イルミネーションの煌く街はまだ眠るには早いと言わんばかりに、あちこちに人と思いを内包したまま夜の光を放っている。その光を隙間を縫うように駆け進み、想楽は一箇所を目指してひた走った。
思いと決意が羽根になって、想楽のスニーカーに翼を生やす。体は今にも千切れてしまいそうだというのに、靴を履いた足どりは軽く、通い慣れた道を飛ぶように進んだ。
待ってて、待ってて。ずっとそこにいて。
願いと期待を推進力に、想楽は事務所を目指していた。
「あ……」
まだぽつりと明かりのついた事務所の窓が目に入った瞬間、想楽は頬を緩ませた。まだいる、大丈夫、まだ間に合う、と急く気持ちが想楽のギアをハイトップに入れる。駆け上がる階段は一段飛ばしで、事務所のドアに飛びつくようにして、想楽は中へと飛び込んだ。
「お疲れ様、っですー」
「え……?」
そんな、まさか。顔にそう書いてあるように見えて、想楽はいっそう笑みを深めた。お疲れ様です、と立ち上がる彼女が嬉しそうなのもよかった。にまりと笑って想楽は腕を思いっきり広げた。
「プロデューサーさんっ……」
ぜぇぜぇと、全身で呼吸を整える。汗にまみれた額に髪の毛が乱れて張り付いて、もうそれだけで彼女には、想楽が全力疾走の果てにここにたどり着いたことと、辿りついてくれた意味とを理解して、瞳に涙を浮かべだす。
「待って、あと、一分っ……」
カレンダーは十一月二十七日、壁掛け時計は二十三時五十九分を指している。秒針が重力に逆らって、カチコチと上を目指して進みだし、彼女もまた、それに合わせてゆっくりと、全力でここまできた想楽に向かって歩みだす。
「約束、守らせて、あげるから……っ」
お誕生日は、一番最初におめでとうって言いたいです。
お仕事だから無理だけど、と悲しそうに笑った彼女の願いを叶えるために、想楽は全力でここまで来たのだ。
カチッ。
全ての針が重なった瞬間、想楽は近付いてきた彼女を思いっきり抱きしめる。
「想楽さん……っ! お誕生日、おめでとうございます……っ」
ぎゅっと抱きつきすりすりと頬をすり寄せて、彼女は想楽の努力を受け止めて泣く。
「ふふ、なんで、泣いてるのー?」
へんなのー、と笑う想楽は彼女の頭を優しく撫でて、流れるように自然なキスをする。
「約束、守らせてあげたから……だから、僕にも、守らせてねー……」
プロデューサーさんの事、ずっと幸せにするって約束、守らせて。
想楽の願った誕生日プレゼントは、今想楽の腕の中にあった。
時計の針がまた少しずつ離れ始めても、二人の体はずっと、深夜の事務所で優しく重なったままだった。