@toasdm
師走のスタートダッシュを待ち構えるかのように、霜月の末はひっそりと、冬を迎撃する準備をしている。
たとえば街並み。あちこちに電飾を施し、モニュメントも木々もクリスマスツリーを模したものへと一時衣替えをする。店先には綺麗にラッピングされたプレゼントボックスが並び、恋人への贈り物を選ぶ人々はどこかしら幸せそうで、この人々の数の倍だけの笑顔が保証されているのだと思えば、この日本にすっかりなじんだ冬の風習も悪くはないと、目を細めるしかなかった。
街に幸せをもたらす忙しさは彼の仕事にもそれなりに影響を及ぼすようで、この時期ともなれば本業(最近ではどちらが本業なのかは怪しくなってきてはいるが)の方からもお声がかかる。手に馴染んだデッキブラシを片手に「汚れを祓う」雨彦は、アヤカシ清掃社の方の仕事を軽く片付けてから、事務所へと向かって冬の入り口の街並みを歩いていた。
「……へぇ」
目移りするような贈り物の渦の中を通り過ぎながら、雨彦はふと、小さなアクセサリーを取り扱う店先で足を止めた。ハートの形のペンダントトップに、小さな鍵がついている。ははぁ、なるほどこいつで鍵をあけてくれ、ってことかい、とデザイナーのセンスに舌を巻きながら、まあ俺には関係ないが、と通り過ぎようとして、ふ、と思いとどまる。
「お世話になっているあの人へ、ねぇ……」
一人、心当たりがある。クリスマスにかこつけてちょっとした贈り物をしたい人なら、一人。プロデューサーの顔を思い浮かべて、そういやお前さん、飾りっ気がまるでないな、と雨彦は店先で苦笑した。
「まあ、そのうちだな」
財布に余裕がなかったわけではないが、果たして自分からのプレゼントを彼女は素直に受け取るだろうか、と考えて、雨彦はそっとそこを離れた。まずは軽く探りでも入れてみるかい、と事務所へ向かう足取りは、先ほどよりはいくらか軽やかだった。
「お疲れさん」
「あ…………くずのはさん……」
彼女の待つ事務所に入った瞬間、雨彦はぞくりと背筋を走る怖気に身震いをした。なんだ、これは。目を凝らさなくてもはっきりと見える彼女にまとわりついた汚れの霞は真っ黒で、彼女をずしりと包んでデスクに押し付けるようにしてのしかかっている。これはいかん、と慌てて近付いた雨彦は、彼女が、珍しくネックレスをしていることに気がついて、思わず問いただす。
「お前さん……珍しいな、アクセサリーなんか、つけてたかい?」
「…………う、ん……?」
ぼんやりとして焦点の合わない目つきは怪しく、雨彦は有無を言わさず彼女の首に指を添えて、ネックレスを外してやった。
「ぁ……」
「…………なるほどな」
そのままがくりとデスクに倒れこんだ彼女の首からネックレスを外せば、それに引きずられるようにしてずるずると、ねっとりした黒い霞がついてくる。ずるり、引き剥がすようにして雨彦はネックレスを巻き取ると、つまみあげて目の前にかざしてすかしてみる。
「アンティークか……余程強い執念か、あるいは怨念か……」
薄汚れて見えるのは、雨彦の目にしか見えない汚れのせいだけではないようで、軽いはずのネックレスはずっしりと、存在感が重かった。
「プロデューサー、こいつは俺が預かろう」
朦朧とした意識の片隅で、彼女が聞いているかどうかはわからなかったが。
「……今度俺が、新しいのを買ってやるさ」
贈り物をする口実も彼女の身の安全も同時に手に入れて、雨彦はニヤリと笑った。
虫の知らせか神のお導きか、そんなことはどうだっていい。俺があの時あの店で足を止めたのも、縁ってやつさ。
汚れを綺麗に掬い取って、雨彦はぐったりと眠る彼女にブランケットをかけてやってから、そっと事務所を後にした。
目を覚ました彼女は、ネックレスをどこで落としたのかも、いつの間に居眠りをしてしまったのかもわからなかったが。
「……葛之葉さんの、匂い……?」
雨彦の匂い袋の香りを残したブランケットを羽織りなおして、ぽつりと呟いて、キツネにつままれたような顔をしながら、残りの仕事をやっつけた。仕事が終わる頃にはだるさも違和感もすっかり消えていて、そういえばネックレスなんかあったっけ?くらいにしか思わなくなっていた。