「好きな食べ物の話……では、ないのですよね?」
クリスさんに「何を食べたらそんな顔になるんですか?」と聞いてしまったPさんのお話です。
@toasdm
きょとん、とクリスの背景に、ポップなゴシック体の文字が見えたような気すらした。
「好きな食べ物の話……では、ないのですよね?」
すみません忘れてくださいと赤面する彼女が先ほどクリスに問いかけたのは「何を食べたらそんな顔になるんですか?」だった。
「いえあの、気が抜けすぎていたというか」
「お疲れですか?」
「そういうんじゃないです!!」
自分が何を言っているのかわからなくなってしまうほどに慌てた彼女の前で、クリスはくすくすと、品良く口元に手を持っていって笑う。
「何を食べたら、というか、私は生まれてこのかたずっとこの顔でしたので、特にこれといって努力をしているだとか、そういったことはないのです」
お役に立てず申し訳ございません、と笑うクリスに、彼女はただただ真っ赤になって俯いてしまう。そうするしかなかったのだ。
「秘訣とかそういうのは、ない、んですよね」
「ええ」
まだおかしいのか、クリスは笑い続けている。その笑顔すら眩しくて、綺麗で、その顔面を持って生まれてくるには前世でどれほどの徳を積む必要があるのだろうか、などと、下世話ともくだらないともいえることを考えながら、彼女はとうとう、デスクに突っ伏した。
「あぁぁ……」
「プロデューサーさん」
ニコニコと微笑んで、クリスは彼女に声をかける。
「プロデューサーさんは、私の顔だけでなく、色々なところを認めて、褒めてくださいますよね?」
「ふぇ……?」
いきなり何を言い出すのか、と彼女は思わず顔を上げる。相変わらずデスクに顎はつけたままのだらしない格好にはなってしまっているが、彼女はクリスの話に耳を傾けている。
「先日は、ボーカルレッスンの後に、以前より音程が外れなくなったと褒めてくださいました」
「あ……はい、そうですね、すごく頑張ってらして」
それは事実だった。最初の頃はボイストレーナーに「声は出ているから」という微妙な励まし方をされていたクリスだったが、トレーニングを重ねるうちに、みるみる上達していったのは事実だった。元々声が前にまっすぐ出ているクリスだったから、音程とリズム感さえあってしまえば、本当に、聞く者の耳と心にまっすぐ、思いを乗せて届けることが出来るようになっていたのだ。
「それに、ダンスも皆さんと合うようになってきた、とおっしゃってくださいましたよね」
「はい……葛之葉さんも、よく頑張っている、と」
「私は」
胸元に手を当てて、クリスは彼女を真っ直ぐ見据える。
「もって生まれたものを褒められるよりも、努力したところを褒められる方が嬉しい、と、あなたに気付かせてもらえました」
ですから、とクリスは、彼女の手を両手で優しく包みこみ、にっこりと微笑みかけた。
「ですから、いつか私の夢も」
クリスの夢は、海の素晴らしさを世界に伝えることだ。
「あなたとならば、叶えられると思えるのですよ」
彼女が妙な問いかけをしてしまうほどに整っているクリスの表情は、どこまでもどこまでも整っていて、綺麗だった。
「なので、私にも教えてください」
何を、と漸く姿勢を正した彼女に、クリスは綺麗な顔のまま、問いかける。
「何を食べれば、あなたのような素敵な人物になれるのでしょうか?」
真剣な顔で言ってはいるが、よくみると口元は笑っている。クリスらしい意趣返しともとれたが、褒められて悪い気はしなかったし、答える言葉はひとつしかない、と思った。ふふ、と笑って、彼女はクリスにこう答えた。
「好きな食べ物の話ですか?」
それもいいですね、と二人は事務所の中で爆笑する。夕飯を共に食べるという約束にたどり着くまで彼らはずっと、笑いながら互いの秘密を探ろうとしていた。