@toasdm
「Okey! じゃあ今のところをもう一回、Let's try!」
らしさを随所に散りばめたお手製のテキストを指差して、にっこりと微笑んでいる類の隣、席に着いてペンを走らせる彼女は今、わかる喜びを全身で感じていた。
事の発端は彼女が何気なく呟いた「英語忘れちゃってるなぁ」の一言だった。元英語教師としてそれは聞き逃せなかったらしく、類は次の日、自分でテキストを用意して彼女の前に現れたのだ。
「プロデューサーちゃん、Present for you!」
ホチキスで綴じられたA5サイズのテキストは、あちこちに類の手書きでポイントが書き込まれている。ここにも、あ、ここにもあった、とぺらぺらとページをめくる彼女の嬉しそうな横顔を、類は隣で、頬杖をついて見守っている。
「あの、その」
「んっ?」
「や、やってみても、いいですか?」
わくわくは爆発してエネルギーになって彼女を動かす。どうぞどうぞ、と隣で類は、わからないことがあったらなんでも聞いて、と微笑んでいる。仕事の手をいったん休めて、彼女は類の導く英語の世界をのぞいてみた。
中学英語が、要点だけとはいえ僅か10ページにまとまっている。さらさらとペンが走る感覚が気持ちいい。要点の解説のあとは例題が彼女を待っていて、解ける、わかる、と手は一向に止まる気配がない。
「中学は大丈夫そうだね」
「はいっ!」
思い出したのは中学生のとき、初めて本格的に英語の学習に触れたときのあの新鮮な気持ちだ。自分が今までひとつしか知らなかった言語という伝達手段がたった一種類増えただけなのにそれは、世界に通じる手段になった。自分の世界が広がっていく感覚を、まさか社会人になってもう一度味わうことになるとは思わなかった彼女は、類のテキストを進めていくごとに、やる気がみるみる沸いてくることに驚きながら、自虐気味に呟いた。
「私、こんなに英語好きだったんですね……」
「気付いてもらえてSo Happyだよ!」
時折つまずく彼女を横からさりげなくスマートに類がサポートして、テキストが半分くらいになった頃。
「だんだん難しくなってきました……」
「そうだね、そろそろ大学受験のsentenceだからね」
でもきっとプロデューサーちゃんならできるよ、と励まして、類は休憩を提案する。集中して進めていたせいで時間を忘れてしまっていたが、一時間以上も彼女は類のテキストを楽しんでいた。お茶入れますね、と彼女は席を立った。
「すごく楽しくて、時間忘れてしまいました」
二人でお茶を飲みながら、しばしの休憩。楽しんでくれたならそれでいい、と相変わらず類はニコニコと、彼女を見つめていた。
「舞田さんのテキストのおかげだと思うんですけど」
「Englishの楽しさを伝える為なら、何でもするよ!」
類らしいと笑う彼女は、またちらりとテキストを見る。夢中になっていて気がつかなかったが、中の本文こそ普通のコピー用紙のようだが表紙はきちんと、しっかりとした別の紙だ。作りなれているような印象はあったが、これはそれなりに、手間も時間もお金もかけられたものなのではないかと思い、彼女は恐る恐る、類に尋ねてみた。
「あの、舞田さん、こんな立派なテキストを無料でいただいてしまうのはちょっと……」
「気にしないで! 俺も久しぶりに作ってて楽しかったから」
本心であろうことは容易に見て取れたが、さりとてここまで親切にしてもらって何のお礼もなしというのも気が引ける。せめて何かレッスン料の代わりになるものを、と引き出しを開けた彼女の隣で、類はまた頬杖をついて、じっと彼女を見つめる。
「あの……?」
「プロデューサーちゃんの楽しそうな可愛い顔がレッスン料じゃダメかな?」
「か、可愛い……っ!?」
他意は、ないはずだ。ないはずなのに、ニコニコの類の目は、目だけは妙に真剣に見える。からかってますか、と聞いた声は震えてしまった。
「からかってないよ。可愛い」
引き出しの中にあったチョコレートのお菓子をいくつか類に手渡して、とりあえずこれで、と誤魔化したが、彼女の胸はずっと、ドキドキしっぱなしで、とんでもないレッスン料を請求されてしまった、と思ってやり過ごすより他になかった。
類はまだ、隣で笑ってそんな彼女を見つめていた。