2018年12月に販売した『金魚の水槽』におまけとして入れるつもりだった掌編です。
ページ数調整の都合もありますが、何より納得がいかなかったためにカットしたために世に出ることがなくなりました。供養のために公開します。
『金魚の水槽』の世界に関係あるかもしれないし、ないかもしれない。
@yuduki_kiri
水が入っていない水槽の中。コメット、リュウキン、ワキン、クロデメキン、ランチュウ、チョウビ、トサキンなどの様々な品種の金魚が自由自在に泳いでいる。水も水草もないのに、色鮮やかに何色もの穏やかな光が何度も切り替わっては水槽の中を照らしていた。
その中に一人の少女がいた。年の頃は、中学生にも見えるし小学生にも見える。学校に一人いるかいないかの美少女であり、焦げ茶のようにも見える長い黒髪が少女の動きに合わせて少し揺れる。
「みんな、今日も元気だね」
女の子の言葉に応えるかのように、元気に泳いでいる金魚達。
「明日もお客さまが来ると思うから案内をよろしくね。迷い込んできたお客さまが、ちゃんと元の世界に戻れるように、ね」
少女の言葉のあと、何匹かの金魚が静かに消えて行く。
「このままずっとここにいるのは寂しいよね。少しでも寂しくないように、お仕事がんばろうね」
少女に甘えるかのように近づいてきた何匹かの金魚に、少女は優しく話しかける。
「ありがとう。私のことは気にしないで。私も今のお仕事は楽しいんだ。それに、あなた達と遊べるのも楽しいしね」
金魚達は、不規則な泳ぎをやめて少女を楽しめるかのように丸く円を描くかのように泳いだり、規則的な動きをして幻想的な泳ぎを見せる。
「わぁ……っ!」
少女はその動きに感嘆の声を上げ、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「みんな、ありがとう!」
にっこりと少女は微笑んで金魚達にお礼を言う。しばらく、少女と金魚達は他愛のない話をして穏やかな時を過ごしていた。
「あ。そろそろ時間だから、戻らなきゃ」
沢山の金魚達が名残惜しむように少女の傍に群がる。
「私もちょっぴり寂しいけど、また明日来るから」
ふわりふわり。そういった表現が似合うように穏やかに緩やかに金魚達は少女の周りを泳ぐ。
「じゃあ帰るね……って忘れてた。お祈りをちゃんとしないとね」
少女の周りを泳ぐ金魚達は、少女を見守るかのようにその場からなるべく動かないように泳いでいる。
「不思議な空間に迷い込んできた旅人がちゃんと元の世界に戻れますように」
少女は両手を祈りの形にすると、祈りの言葉を口にした。そのまま目を閉じて暫く祈りを捧げると。
「じゃあ、また明日ね!」
暫しの別れを告げて元気に子供が家に帰るかのように消えて行った。後に残された金魚達は、各々自由自在に泳ぎ始める。
緑色の小さなシャボン玉のようなものが現れては金魚達の体に吸い込まれて消えていく。金魚達の体が僅かに光るが、すぐに光は収まった。金魚達は特に気にした様子は見られない。金魚達にとっては、これが日常だからだ。
「んー……」
不思議な夢から目を覚めると、少女は思うように動かない体でも何とかして伸びをしようとする。
「留衣ちゃん、起きてる?」
「おはようございます」
「おはよう。じゃあ、体温を測ろうね」
「はーい」
看護師に補助をしてもらいながら、少女は体を起こす。
「今日はよく寝れた?」
「はい。また夢を見ました」
「あら。いつもの夢?」
「うん」
「そっか。嫌な夢じゃないとはいえ、不思議よね」
「でも、楽しい夢だから」
「そっか。ああ、そうそう。今日は診察あるからね」
「はい」
少女は、穏やかで変化のない退屈な日常を過ごすのだった。