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[雨彦P♀]目利き

全体公開 1737文字
2018-12-07 12:43:54

「そこまで詳しくはないがね。俺なら買わないな」

陶器市で粗悪品をつかまされそうになっていたPさんをさっとスマートに助けてくれる雨彦さんのお話です。

Posted by @toasdm

 久しぶりの休日に出かけた先で偶然見かけた陶器市。待ち合わせの時間まではまだ少しあるから、と彼女は何を買うでもなくぶらりと立ち寄った。
「お姉さん見てくかい?」
 作務衣の上にダウンのベンチコートを羽織った中年男性が、露店の中から彼女を呼び止める。掲げた暖簾と看板には「奈良赤膚焼」と下げられていて、彼女は待ち合わせの相手を思い出して少し笑って足を止めた。
「うちは窯元と契約してるからモノは確かだよ」
 乳白色の釉薬をかけられた焼き物は、どれも和風の落ち着いた色調で細かく図絵が描かれている。焼き物には明るくない彼女にはそれが高価なものなのか、どんないわれがあるものなのかはわからなかった。ちらりとつけられた値段から、高価なものなのかもしれないと推測することはできたが、価値はやはりわからない。
「お安くしときますよ」
 もみ手をしながらこれなんかどうですかい、と彼女に茶碗を持たせた店主は、愛想はいいがなんとなく嫌悪感を感じるようで、彼女は少したじろぐ。
「はぁ……
 突き返すのも悪いと思ってしげしげと眺めてみるが、普段使いができる印象でもなく、ましてや値札のゼロの数は、ちょっとした贅沢という枠を大きく超えるような数だった。持ち合わせがないので、と断るのも無粋かと困り果てた彼女の後ろから聞きなれた声がするまで、彼女はずっとわけのわからない茶碗を眺めるしかなかったのだ。
「なんだお前さん、こんなとこにいたのか。……へぇ、赤膚かい?」
 困惑しどおしだった彼女が振り返るのと同時に、雨彦は彼女の手の中からひょいと茶碗を取り上げて、底を覗き込む。ピンと指で軽く弾いてから図絵をよくよく、見定めるように眺めて雨彦は、お前さん買うのかい?と彼女に尋ねる。
「いえ……
 なんだよ買わないのかよ、と舌打ちでもしそうな言い草で呟いた店主に茶碗を返して、彼女は雨彦の隣に並ぶ。邪魔したな、と店主に軽く手を挙げて挨拶をしてから、雨彦は彼女の手を引いて歩き出した。
「気に入ったのかと思ったんだが」
「あの……私には価値がよくわからなくて」
「そうかい」
 苦笑する雨彦はちらりと後ろを気にする。先ほどの店主はこちらを見る素振りもなく茶碗を元の場所にしまっているようだった。
「桁が三つくらい違ったら、まあ、買ってもよかっただろうが――
 詳しいんですか?と彼女が聞けば、出身だからなと笑う雨彦は、声をワントーン落として囁くように彼女に言った。
「粗悪品だな。萩釉の質も絵付けも量産品のそれさ。土も焼きも、日本で作ってるかどうか怪しいもんだぜ」
「じゃあ、偽物、ってことですか……?」
「そこまで詳しくはないがね。俺なら買わないな」
 店の前でそれを言わず、買うのかい?の一言だけですっと助け出してくれた雨彦の気遣いは、随分と大人でスマートだと彼女は思った。
「目利き、できるってなんか、格好いいですよね……
……はは。まあ、な」
 照れたように人差し指で頬をかきながら、雨彦は目尻を下げて彼女を見下ろす。
「好いた女の前でくらい、格好つけさせてくれよ」
 さて、デートでもするかい、と変装の為のキャスケットを被りなおして、雨彦は彼女の手を取った。
「目利きなら、お前さんだってできてるさ」
「え? でも、価値がわからなかったので……
 陶器市の賑々しさが徐々に遠ざかり、二人はクリスマスに染まる街に溶け込みながら寄り添って歩く。気落ちしたように俯いて歩く彼女にだけ聞こえるように少し身を屈めて、雨彦は耳元でそっと囁いた。

「焼き物の価値はわからなくても、俺を見つけてくれただろう?」

 自信持てよ、とからかうように彼女の肩を肘で小突いて、雨彦はマスクで口元を覆った。スカウトではなくオーディションを経てアイドルになった雨彦を、彼女は「見つけた」わけではなかったから、雨彦の言う「見つけてくれた」はすなわち、アイドルとしての雨彦を見つけてくれたという意味ではなく――
……ほんと格好いいこの人」
 そうかい、と笑う雨彦の口元はマスクに覆われていて表情はわからなかったが。
「今日も冷えるな……寒い」
 寒さにせいにしなければならない程度には、雨彦の耳は赤かった。


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