「僕はまだまだ子供で、自立なんて到底無理ですが」
ドイツで少し大人っぽく逞しく成長してきたじゅんじゅんにガチ告白をされるPさんのお話です。
@toasdm
彼の顔を直接見るのはいつ振りになるだろうか。要所にあどけなさの名残を感じさせるような、幼さが縁取る旬の顔が思い出せなくなるほど前ではないはずなのに、空港ロビーに迎えにきた彼女は、手荷物受け取りカウンターの向こう側の旬を見つけて、鼓動が跳ねるのを感じた。忘れてしまうほど前ではないはずのその顔は、彼女の知らない顔をしていた。
年上三人に囲まれて、異国の土地で磨かれた旬の若々しさは、そこに精悍さを滲ませていた。キリッとしている、と言っても差支えがない程度に、瞳の印象が違って見えた。意志の強さは相変わらずだが、大きな手荷物をコンベアから引き上げた腕の力強さや周囲を気遣うさり気ない仕草など、細かく挙げればきりがないほどに、旬は逞しくなっているように彼女の目には映っていた。
目が合う。
以前の旬なら、少しはにかんだように笑っただろう。しかし今、ガラス一枚隔てた向こう側の旬は、ぱぁぁ、と光の花びらが開いてまわりだすような、そんな明るい表情をしている。あの旬が、あんな風に笑うとは思わなかった彼女は面食らって、ぎゅ、と胸の辺りで思わず拳を握り締めた。年相応であるはずのその笑顔に違和感を感じるのもおかしな話ではあったが、少なくとも、いってらっしゃいとおかえりなさいの間に何か、旬の表情をここまで豊かに変化させるだけのことがあったのは明白だった。手を振る旬に、うまく手を振り返せただろうか。旅立ちの直前にかけられた言葉を思い出して、彼女はまた、鼓動が跳ねるのを感じてぎゅっと拳を握りこんだ。
「お疲れ様です」
ガラガラと、大きなスーツケースを引きずって、旬はゆっくりとゲートを潜って彼女の方へと歩き寄る。力強くエネルギッシュな笑顔はそのままに、一度後ろの三人を振り返る。行っておいでと言っているような三つの笑顔に押された背中、するりと人並みから、旬が飛び出してきた。
一歩の歩幅が大きくなって、駆け出した旬が手を離したスーツケースは、後ろの大人三人が受け持った。
「ただいま戻りましたっ……!」
「う、わっ!」
バッと飛びつくように抱きつく旬の細い体を、受け止めきれずによろめいた彼女の背中に手をまわし、旬はおっと、と支えてすみません、と苦笑した。
「おかえりなさい、あの、旬、君」
「報告したいこと、たくさんあるんです!」
彼女の返事を聞いているのかいないのか、興奮気味に彼女を抱きしめる旬は、喜びが彩ったその声を彼女の耳元で弾ませた。
それだけで、彼女には全てがわかったような気がした。訳知り顔であっちにいます、と口パクだけで微笑む大人三人が、親指でゲート脇のカフェを指している。きっと彼らにも、旬は事情を打ち明けることが出来たのだろう。絆と強さを手土産に、旬は彼女の元へと帰ってきたのだ。
「以前の僕なら」
ようやく彼女を解放した旬が、空港ロビーのベンチに腰掛けて彼女を隣に座らせる。
「きっと、こんな風にあなたを抱きしめられなかったと思うんです」
誰にも打ち明けられない旬の想いを知っていたのは、ただ一人――あなたが好きです、と真正面からぶつけられた彼女だけだった。少なくとも、旬がドイツへと旅立つ前は。でも、とベンチの上で触れ合った小指をするりと絡ませて、旬は彼女の顔を覗き込むようにして、にっこりと微笑みながら、二度目の告白をする。
「逃げないんですね」
出国前、旬は彼女に思いを打ち明けて、もし自分が自分でも納得できるような成長をして帰ってこられたら、その時は逃げずに返事を聞かせてください、と彼女に約束を取り付けていた。
「知らない土地で知らないことを、たくさんやってみました」
思い出すように遠くを見つめて、旬は目を閉じる。数え切れない思い出と経験が、旬の表情をここまで変えたのかと、彼女は胸を熱くした。
「僕はまだまだ子供で、自立なんて到底無理ですが」
フッと息を吐いて、小さくよしっ、と呟いてから、旬は目を開ける。触れ合って絡まっていただけの小指を手繰り寄せ、ベンチの上で子供の手と大人の手が、ぎゅっと硬く繋がれた。
「僕の『いつか』を逃げずに待っていてくれるあなたへの思いは、変わらないんですよ。――好きです。いつか大人になるので、それまで待っていてくれますか?」
返事を待つ手の親指が、彼女の手の甲を優しく撫でる。そんなのどこで覚えてきたの、と困惑する彼女は、その手を優しく握り返してそれを返事とする。ありがとうございます、とほっと安堵の溜め息を漏らして、旬は大人びた表情のまま、子供の手でまた彼女を強く繋ぎとめた。男子三日会わざれば刮目して見よとはよくいったものだ、と、力強さに身を委ねて、彼女は一番近くで、旬を見守る決意を固めた。