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[雨P♀]鍋フレ

全体公開 1 1788文字
2018-12-11 13:19:35

「ああ……ダシのたっぷりしみた油揚げだ」

付き合ってるわけじゃないのに一緒に鍋つつく雨彦さんとPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 少しずらした土鍋の蓋、蒸気の穴から真っ白い湯気が噴き出している。ぐつぐつと煮える音、漂う香りは温もりと湿度とが混ざり合っていて、冬の乾燥した室内を快適なものに塗り替えていく。雨彦は目を細め、持参した一升瓶を脇に添えて彼女の向かいでニコニコしている。顔中に溢れたワクワクを隠そうともせず、彼女には、見える気すらした。ぴょこぴょこと動く耳と、ぱたぱたぶんぶん振り回す尻尾とが。
「今日はなんだい?」
「さあ、なんでしょうか」
 セットでついてきた焼き物で出来たおたまを片手に、彼女はどうぞと雨彦を促がす。鍋の蓋を開けるのはいつも、雨彦の役目だ。分厚い布巾を折りたたみ蓋の取っ手に被せると、雨彦は一気に蓋を開けた。ご開帳だ、と鍋の中身を確認するのは、立ち上る湯気が落ち着いてからだ。
……んっ?!」
…………お疲れ様です、葛之葉さん」
 にっこりと微笑む彼女が労わりの心を込めて用意した本日の鍋の中身は、大量の油揚げと水菜がこんもりと盛り付けられた鍋だ。澄んだ黄金色のだし汁は香りからいって昆布とカツオだろうか、雨彦は漂う香りを追うように鼻をひくつかせている。
「さしずめ、慰労鍋、ってとこかい?」
「まあ、そんなものです」
 うまそうだ、と心底嬉しそうに言うものだから、彼女はくすくすと笑って、大げさですよと雨彦を嗜める。好物を目の前にして浮かれずにはいられねぇな、と箸を構えた雨彦に、彼女は鍋をよそって手渡す。
「サイバネティクス、お疲れ様でした」
「お疲れさん」
 湯気の向こうに互いの笑顔を見つけて、また目が合ってくすりと笑う。大きな仕事をやり遂げた後の最初の鍋は雨彦の好物にしてやろう、と彼女は決めていたのだ。

 二人は別に、付き合っているわけではないのだが、彼女の夕飯が鍋の時だけは、こうして酒を酌み交わしながら二人で鍋をつつくという奇妙な仲だった。
 セフレ、ハグフレなどの言葉があるが、二人の仲はそれに準えると鍋フレ、もしくはぐつフレだった。きっかけは先月、北国で初雪が降ったとニュースで言っていたときの、彼女の何気ない一言だった。
「一人だと鍋で暖まるのも限界があるんですよね」
 野菜も取れるし温かいし、と一人鍋の苦悩を嘆いていた彼女に、なら俺が付き合うさ、と冗談めかして雨彦が乗ってきたのが始まりだ。その後は、最低気温を更新する度に、恋しくなる温もりの鍋を、一人と一人が集まってつついた。鍋のバリエーションも豊富で、雨彦がタダ飯に与るのも申し訳ないと手土産に持ってくる日本酒との相性は最高だった。当然、今日の酒も。

「ああ……ダシのたっぷりしみた油揚げだ」
「お口に合えば幸いです」
 笑う彼女の向かいで、雨彦はあんぐりと口を大きく開ける。待ちきれない、と迎えに出た舌に、だし汁でふっくらとした雫の垂れる狐色を乗せてから、箸は豪快に、それらを一気に口の中に押し込んだ。瞬間、じゅわっと雨彦の口の中に、繊細で豊かな味わいが広がる。優しさと労わりと旨みと温もりが、雨彦の疲れを瞬く間に溶かしていって、ほぅ、と満足気に漏れた溜め息が、彼女に雨彦の味の感想を知らせていた。
「箸が止まらないな」
 あっという間に雨彦のとんすいは空っぽになる。ずず、と残っただし汁をすすって、雨彦はおかわりを要求した。気がつけば、鍋の中には具がなくなっていて、酒の回った陽気な顔はシメの雑炊を待っている。彼女はご飯を投入してサッと雑炊を取り分けた。
「ああ、うまかった……毎日これでもいいな」
「ふふふ、じゃあ、冬の間中ずっとこの鍋にしましょうか?」
……頼めるかい?」
 冗談めかしていつものように言うものだから、彼女はすっかり油断していた。
「明日も明後日もずっとですか?」
「春も夏も秋もずっとさ」
 え、と向かいを見上げると、真意がうまくつかめないような表情で、雨彦は彼女を見つめている。
「ずっとお前さんと、こうして飯を食いたい」
 酔って言うことじゃねぇな、とお猪口を傾け酒を煽る雨彦が何を考えているのかはわからなかった。ただ――
「私は別にそれでもいいです」
 彼女の呟きには嘘はなかったし、雨彦はそうかい、と答えただけで、後は何も、言わなかった。もしかしたら鍋フレは、今夜限りになるかもしれない。そんな予感を閉じ込めるように、彼女は空になった鍋に蓋をした。


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