「雨彦さん」
「なんだい」
「私ビリヤードとかやったことなくて」
「そうかい」
「この、杖?の構え方もわからないんですけど」
雨彦さんが格好いい感じでこう、ビリヤードとか。そういうの。好き?私は好き。
@toasdm
「キューのことかい?」
杖、と言ってしまった私を軽く笑って、雨彦さんはラックから、キュー、をさっと取り出す。
「利き手で持って」
両利きの雨彦さんは右手でキューを持ち、左手を台につける。手のひらは中心を少し浮かせるように指を曲げ、人差し指だけはくの字に大きく曲がっている。
「ここにキューを通すのさ」
人差し指の下を通したキューの先端が、するすると、中指の上を通って向こう側へ。
「これが基本の型だが、お前さんの好きな、持ちやすい方法でいい」
全部俺が教えてやるさ、と笑った大きな手に頭を撫でられる。罰ゲームだなんて怖いことを言いださないうちに、始めてしまおう。私は言われた通りにキューを構えた。
「まずは打ってみな」
白いボールを台に置いて、雨彦さんは私の後ろに立つ。
「左手はこの辺だな」
「ひぇ」
背中側から伸びてきた雨彦さんの腕は私の左手を台の真ん中に近づけて、必然的に、体は前傾姿勢になる。私だけじゃなくて、その。雨彦さんも。
「妙な声を出すなよ」
くつくつと笑う雨彦さんの体が、私の体に密着して、体っていうか、その。お尻……に、あたってる……ような……。
「こっちのキューは後で、な」
「バカじゃないんですか?!」
お尻に触れた感触をわざとぐりぐりと押し付けてくるものだから、手元がぶれる。しっかりしろよ、とまだ笑っているから余計に腹が立つ。ポジショニングを整えて、雨彦さんがすっと後ろから離れてくれるまで、私は全く落ち着かなかった。
「ショットの時は必ず、どちらかの足が地面についているのがルールだぜ」
手にしたキューで随分と遠くにあるように感じる白いボールを転がして、雨彦さんは続けた。
「手球に対して正面から、顎はキューの真上にくるように構えな」
また後ろに回った雨彦さんが、今度は私の、キューを握る右腕に触れて位置を動かす。
「肘の角度は九十度、肘は支点だ、動かさないようにな」
ぐ、と力を入れられて肘の位置を意識させられる。脇を締めると安定しやすい、と言われて腕を体に引き寄せると、確かにぶれないような気がしてきた。
「ストロークは止めを入れずに、引いたらそのまま向こう側に押し出すようにやってみろよ。振り子を意識したらいい」
お前さんのこの手は振り子だ、とキューを握った手に触れられて、思わず声を上げるとまた笑われる。
「力みすぎだぜ、力抜けよ」
打ってみな、といわれるままに、私は右手を、振り子のように動かした。
コンッ――…。
「……まぁ、当たっただけよしとするかい?」
情けないほどにひょろひょろと、弱々しく転がる白いボールに苦笑して、雨彦さんはそれをキューで引き寄せてから、お手本を見せてやるさ、と台で構える。
スッと伸びた背筋、すらりと長い足が台の前で開いて、左手は、台の上でキューを待つ。するりとそこにキューが通って、目線は台に近付いて、じっとボールを見つめている。
「…………」
ッコン!
淀みない動作で押し出されたキューの先端に弾かれたボールは、気持ちいい音を立てて一瞬で台の端に当たって跳ね返る。打った後にサッと身を避けた、その動作まで格好良くてサマになってて、これがビリヤードの正装じゃなくて、いつものつなぎで本当によかった、命拾いをした、と正直思った。つまり本気で格好良かった。
「まあ、こんなもんかい」
ニッと笑うから、本当に、最初から最後まで格好いい。
「焦らずいこう。お前さんと遊べるもんが増えるのは嬉しいからな」
みっちり仕込んでやるさ、と笑ってまた頭を撫でてくれた顔は本当に嬉しそうで、楽しみにしてくれているのがよくわかる。
「ふふふ、じゃあ先生、もう一回、お願いします」
なによりも、こんな格好いい雨彦さんを独り占めできるのは役得だ。授業料はツケにしといてやるよ、とまたキューを構えた雨彦さんの一番格好いいところを、私はじっくりと、色々な意味で観察した。