#冬季限定ドロライ 第4回 お題:【氷点下】【フルーツ】

@sin_niya_b
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2018-12-15 22:55:43



 幼い王子は王城の広い中庭で、一人ぽつんとしゃがみ込んでいた。付き人の呼ぶ声がするが、黙って俯いている。上着は着ているがいつものマントは羽織っておらず、冷たい空気がその頬を撫でて赤く染めていった。
 この雪に守られた国には妖精の伝説がある。王家にはその血が流れているとされているがそれはあくまで伝説であり、実際のところ王家の人間はごく普通の雪国らしい大柄で逞しい体躯をしている者がほとんどである。その中において、この王子はひときわ特異だった。
 雪のように白い肌、絹糸のようにきらめく色素の薄い髪、氷のような瞳。華奢で、儚く、力も弱い。……それこそ「妖精」のようであった。
 先祖返りによって妖精の血が濃く出たのだとされ王子は尊ばれたが、同時に畏怖や隔意の対象ともなった。王子に対して人々は腫れ物に触るような扱いをしたし、この日も兄たちが狩りや戦の勉強をするというのに王子は共に連れて行ってはもらえなかった。
 呼ばわる声が近付いてくるのから逃げるように王子は庭の隅へと向かい、大きな木の根元で立ち止まった。この国に育つ木は寒さに強く、青々と枝葉が茂っている。王子は少し迷った後、そっと一番低い枝へと手を伸ばした。
 ――私だってこれくらいは出来るのだ。
 慣れない手つきで木によじ登る。何度か足を踏み外しそうになりながらも一際太い枝まで辿り着き、跨がる。少し見上げた先にあった木の実をもいで、口に含んだ。まだ青く、酸っぱかった。
 それからいくらか経ち日が傾いてきた頃、そろそろ戻ろうと思い至った王子は――元々彼は控えめで大人しい気質であり、他者に迷惑をかけることを良しとしない――木から降りるべく足を伸ばした。
 その時、ずるりと足が滑る。落ちそうになりながらも必死に枝へとしがみついて体勢を立て直した王子は、だが、恐怖に体が固まり動けなくなってしまった。
 日はどんどんと去ってゆく。だれか、と叫ぼうとした声は喉の奥に貼り付いてしまった。蓄積した寒さが王子の力を奪っている。
「……」
 たすけて、という声も誰にも聞こえない。氷が溶けるようにじわじわとその目に涙が滲む。
「殿下!」
 そのとき聞こえた声に、王子はぱちぱちと瞬きをすると恐る恐る眼下を見た。木に向かって駆けてきたのは、若い従者の一人だった。王子とは違いいかにも頑丈でよく働きそうな体躯の、真面目さがうかがえる顔立ちの青年である。
「リク、」
「今そちらへうかがいます、じっとしていて下さい!」
 一目見て王子の状況を理解した従者は、木にするするとよじ登ると王子の元まで辿り着いた。体が竦んで動けなくなっている王子を抱き寄せ己へしがみつかせると、今度は慎重に木を降りる。地面に到着すると、王子は緊張が解けたのかぽろぽろと涙をこぼした。
「殿下、もう大丈夫ですよ」
 従者はその指で王子の涙を拭おうとして、その畏れ多さにぴくりと指を跳ねさせ動きを止める。そのままゆっくりと降ろされた手は、しばらく迷うように宙に浮いていたが、結局王子に触れることは出来ないまま体の後ろへと隠された。
「……皆が心配しています。戻りましょう」
 こくりと頷いた王子はそっと指で涙を拭い、それから従者を見た。
「ありがとう、リク」
 真っ直ぐ見詰められて息を飲んだ従者は、もったいないお言葉です、ともごもごと口ごもった後頭を垂れた。


 その翌日、体を冷やしてしまったせいか王子は熱を出した。大きなベッドに押し込まれた王子は、ぎゅっと体を丸めて一人で眠る。そこへやってきたのは昨日王子を助けた従者で、その手には銀のトレーに乗った林檎があった。この雪深い国において果物は貴重である。台所番に無茶を言って手に入れてきたそれを、そっとベッドサイドの机に置く。
「……ん、ぅ」
 人の気配に気付いたのか薄く目を開けた王子は、従者の姿を見てほんの少し表情をやわらげた。
「リク、こちらへ」
 そして従者に手招きをすると、近付いてきた彼の手を取って己の頬に当てた。従者は一瞬息を止めたが、抵抗することはなく大人しくされるがままになっている。ひんやりとした従者の手が、少し熱を持っている王子の頬を冷やす。心地よさそうに目を細め、細く息を吐く王子。
「……体の具合はいかがですか」
「悪くはないけれど、少し退屈だ」
「念のためもう少しお休みになった方がいいですよ」
 林檎をお剥きしましょうか、と従者が言った言葉ではじめて机に置かれたそれに気付いたらしく、王子はゆるゆると瞬きをしてから小さく笑った。
「うん」
 少し幼げな返事は従者の表情を緩めさせかけたが、次の瞬間には従者の表情は引き締められ果物ナイフと林檎を手に取る。しゅるしゅると手際よく剥かれていく林檎の皮の薄さと色鮮やかさを、王子はじっと見詰めていた。



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新矢 晋@企画用
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