X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

僕司についての感想アレソレ

全体公開 7573文字
2014-09-08 20:55:32

 一人称を「僕」とする赤司征十郎(以下僕司くん)は黒子のバスケにおいて「赤司征十郎」の出番の大半を占め、赤司くんと言えばこちらだという方も多くいるかと思われます。いわゆる彼の名言も僕司くんの口から出たものが大半で、オヤコロやズガタカ、スベスベなど、枚挙に暇がありません。
 僕司くんについての詳細に表立って触れられることなく物語が終わりを告げたこともあり、「彼は一体なんだったのか」という疑問の声を多く見かけます。そこで、今回は私なりの「僕司論」とも言い切れない何かを述べてみようと思います。できる限り本編の発言などから組み立ててはいますが、口調が砕けているところもありますので、ラフな感想としてお聞きいたたければ幸いです。

 まず、僕司くんがナニモノだったのかについて。
266Qで「本来の彼」「もう一人の赤司」と述べられているのがぶっちゃけてしまうと一番の証拠なのですが、それ以前のものにも傍証がいくつかみられます。
まず、「ただ元から僕は二人いて、それが入れかわっただけだ」(25巻 222Q)という僕司くんの発言。二人いるという事態は少なくとも小学五年生以降でなければならないので、元からという言葉は矛盾していますが、僕司くんの自我が生まれかけた時点からの認識と考えるとこれは正しい。
 加えて、21巻128pの黒子のバスケQ&A。ここには「キセキのヒミツ」の赤司くんバージョンが載っています。その2問目。

Q2 バスケットボールを始めたきっかけは?
頭脳と技術、両方が必要な所が魅力的に映ったのかもしれないね。

 最初にこれを読んで、自分への質問のはずなのにどこか他人事な口調に首をひねった方、多いんじゃないでしょうか。Q3、Q4、Q6で呼ばれているキャラクターたちはいずれも下の名前なので、ここで質問に答えているのが僕司くんであることは明白です。
そして、バスケを始めたきっかけは266Qで語られた通り「母が父を説得し作られたわずかな自由時間に始めた」というもの。そして、オレ司くんが解離し始め、僕司くんの片鱗が見られるようになったのはオレ司くんの母親が急死してからでした。

 では、本来の人格の赤司くん(以下オレ司くんとする)は何故このような僕司くんを生みだしたのか。素人考えであり、裏付けを十分とっているとは言えませんが、それは「誰かに何かを肩代わりしてほしい」という思いと、「頼るところもヒトもない」という事実が共にあるからではないでしょうか。
 解離性同一性障害、いわゆる多重人格の症例を見ていると、主人格とは同一ではない名前を持つ人格が多く見られます。そのことを考えると、オレ司くんも異なる名前を持った人格を生みだしていてもおかしくありません。しかし僕司くんは、別人格であるにも関わらず、同じ「赤司征十郎」の名前を名乗っています。
 初期から「赤司征十郎」が多重人格のキャラクターである、と決められていたかどうかは分かりません。藤巻先生が2012年7月に発売されたファンブック内で「あくまで一面に過ぎず、むしろ本性とは遠いくらい」(黒子のバスケオフィシャルファンブック CHARACTERS BIBLE 102p)と発言されていたので、その辺りには固まりつつあったのかもしれませんが、最後まで彼が初期のストーリーと矛盾がでないようにキャラクター像を固めてもらい、作られているといっていいと思います。

 「誰にも頼れない」事実への裏付けとして、オレ司くんに起こった出来事を振り返ってみます。
 「赤司の過去」について黒子くん自身の過去と共に語られた中で、オレ司くんに起きたこと。その中でもマイナスなものは「頼れるはずの人々が離れていったこと」でした。

まず虹村主将。
つーわけで少し早いが これからオメーが主将(キャプテン)だ 赤司」
まだ決まってませんよ」
「決まってるだろ!あの話聞いてまだ主将(キャプテン)やらせる気かオメーは!
 不安か?」
「いえ虹村さんの心配をしているだけです」
「だろーな だからオレは心配してねーわ
 よろしく頼むぜ 赤司主将(キャプテン)」
はい」
(24巻 211Q)

そして、病に倒れた帝光の白金監督。
「チームをまとめるには むしろこれから私達がフォローをしていかねば
(25巻 218Q)

オレ司くんから頼れるものがどんどん無くなっていっていることがうかがえます。
 キセキの世代はどんどん才能が開花し、置いていかれる。白金監督が倒れたことを知る前、黒子くんからは感謝の言葉をもらっています。一見これも喜ばしい場面なのですが、
「赤司くんのおかげです ありがとうございます」(25巻 219Q)
置いて行かれ、追い詰められていくオレ司くんにとっては、この言葉も黒子くんにとって自らが頼るべき存在だと自覚する言葉として作用しているように聞こえます。
……オレは何もしてないよ」
「礼ならばむしろオレが言いたいぐらいだよ」
(25巻 219Q)
オレ司くんなりの「頼りたい」というアピールが、自分が頼られる立場であることを思い出し、仕舞い込まれているのが分かります。

 そして「精神的な負荷に逃げ場がなくなった」(266Q)が故、オレ司くんはとうとうこころの限界を迎えます。
 オレ司くんは、その苦痛を訴えられる人も場所もなくなってしまった。かといって、「誰かに肩代わり」してもらわなくてはもうもたない。自分のキャパシティはとうに超えており、溢れてしまえばそこに待っているのは敗北ただひとつ。敗北は、幼い頃からあってはいけないこととして刷り込まれてきた絶対に譲れないボーダーです。そこでどうするか。
 なら、他人ではなく、かといって自分でもない存在に託せばいい。精神が分かたれていながらどこまでも自らを理解してくれて、問題を起こしても何だかんだ自分を守ってくれる。一見すると似ていないのに、根っこはそっくりなもの。まさしく、オレ司くんが評した通りの「できの悪い弟」です。

 『キセキを倒す』が僕司の中で大きな指標であったのは、本編で明示されている通りです。

「そもそも僕らは"キセキの世代"などとひとくくりに呼ばれることを嫌悪している
 もし戦えば必ず優劣がつくはずだし 自分より上がいるはずがない
 それを証明するために
 自分以外を淘汰しなければ気がすまない 理屈ではなく本能が」
(25巻 227Q)

「ならば高校で皆と対立することになったのは好都合か」(266Q)を見るに、順番としてはこの誓いよりもオレ司くんの言葉は後です。

「あいつらなら必ずオレを倒してくれるだろう」
「罪を背負って、敵であり続ける方がずっといい」
(266Q)

「勝利を欲するのなら もっと非情になれ
 勝利こそがすべてだ 僕はお前たちの敵であることを望む」
(21巻 183Q)

 266Qと合わせて考えると、183Qのこのセリフは大分意味が変わってきます。単に勝者が敗者と握手する義理はないというだけではなくなる。
 オレ司くんは他のキセキの世代の敵であり続けるほうがいいと示し、僕司くんもそれを望んでいる。交代人格が基本人格について把握しているのは言うまでもない(交代人格は基本人格が自らを守るために生む存在です)ので、僕司くんがオレ司くんのこの言葉も把握していないはずはありません。なので一見僕司くんはオレ司くんの意を汲んでいるように見えますが、方向としては全く違います。オレ司くんは「僕司くんを消すため」ですが、僕司くんは「オレ司くんを脅かしたキセキの世代をぶっ潰すため」。
 勝利が絶対のプレッシャーで僕司くんの原型が生まれたころは、まだバスケが楽しいという支えがありました。だから時折出てくるくらいのブレで済んでいた。ですがその支えすらも失くし、キセキの世代(の1人)にあそこまで追い詰められたら、僕司くんがブチキレるのは必然だと思います。また、その後キセキの世代に対して優しく接さず、再構築しようとしないのも頷けます。僕司くんにとっては、この時から彼らは列記とした敵でしかないのです。
 227Qに対するキセキの世代たちの同意は、推し進められた仲間割れからくる自分だけを信じる気持ちからくるものですが、僕司くんの言葉は文字通りの本能です。交代人格は基本人格を守るために動いているから。

265Qの
「黙れ! 僕は勝つ今までもそしてこれからも!!」
という叫びが、一層悲惨さを増してきます。ぶっ飛んではいても、僕司くんがしてきたことはただオレ司くんを守るため。そして勝つことは即ち生きるということ。
 自分が自分を生みだした存在にすら疎まれていることを理解しているけど、負けてバスケを本当に失ってしまわぬように、オレ司くんから離れていくのみならず傷つけようとした奴らから彼を守りたい。それが僕司くんの希望であるように思われます。

 そうなると、25巻226Qの荻原君との問答も意味ががらっと変わってきます。黒子くんに感情移入していると「主人公の味方とラスボスの邂逅」ですが、言葉のひとつひとつが僕司くんの地雷を直撃しています。
いずれ倒す敵と一緒にプレイしてやってるのに、勝ち負け以上に楽しむのが大事という言葉が通るはずもありません。

 僕司くんが洛山で積み上げてきたものは、振り返ってみてみると全てがオレ司くんがのびのびと試合で戦うための舞台となっています。
実渕、根布谷、葉山の3人の五将は、僕司くんよりも学年がひとつ上です。彼らが何故そろって洛山へ進学したのかは分かりません。もしかしたら見落としているだけかもしれないけど。
流石に僕司くんが画策したものでないでしょう(できそうだけど)が、キセキの世代がいなかったインターハイでは日本一を達成した面々です。
 また、黛さんの存在はとてもデカい。僕司くんが直々に引っ張ってきた唯一の選手だから。まず、帝光で黒子くんを見たときとはまるで反応が違います。自ら口説きに入り、反発すらも好意的に受け止める。
 僕司くんが黛さんを引き入れたのは、黒子さんを蹴落とすためというのが一面としてあります。黒子くんが戦いに加わるだろうということを帝光中の卒業式で述べているので、その対策として入学後からそのための人材を探していたのでしょう。五将さんたちだけではキセキの世代の代わりにはなりますが、オレ司くんのプレイしていたころのやり方をみると、黒子くんに相当するメンバーがいるとやりやすそうです。黛さんのアレやソレがWC決勝までは隠し通されてきたものであることも、途中から黒子くんが加わったオレ司くんの戦いを踏襲しているともいえそうです。
 黛さんを見つけたのは6月あたりの出来事ですから、当時黒子くんには、WCで見せたような成長はまだありませんでした。黒子くんが黛さんと同等のミスディレクションの技術を身につけたとすれば、スペックを上回ってしまえば黒子くんの勝ち目はなくなる。しかし、WCを戦い抜く中で黒子くんは「影のウスさの自滅」という思わぬお土産を持ってきてしまいました。
 ですがやはり主人公というべきか、黒子くんは見事に黛さんを無効化してしまいます。それ以後、黛さんが果たしたはっきりとした役割は何か。パスを通すための道具ではなく、ボロボロになった僕司くんとオレ司くんを交代させるトリガーを引くことです。影である黒子くんが僕司くんの発現を見たように、陰である黛さんがオレ司くんの発現を見ている。これは結構ネット上でも気づいている方がいらっしゃいました。
 人格が表に出るためのトリガーを引けるよく似た人物に、集団でゾーンに入らせるというオレ司くんの能力が重なれば十二分に脅威となる、キセキに迫る実力に鍛えあげられたスタメンたち。
「すべてに勝つ(交代人格としての)僕(の行動)は、すべて(オレ司くんのためになるから)正しい」

 ずっと親しんできた仲間たちをぶっ潰そうとありとあらゆる手を尽くすもう一人の自分なんて見たら、オレ司くんからの僕司くんに対する印象はとてつもなく悪いようにしか見えません。

「できの悪い弟をもったような気分だ
 もうほとんど消えかかっている だがいざ完全に消すとなると 
 長い時間代わりをまかせすぎた
 それに何より」(266Q)

 266Qのこのセリフも、ここまでの僕司くんの行動を振り返ると一見冷たいように見えます。が、私自身にとっては昔飼っていた犬がそれに当たるのですが、兄弟、姉妹のいる方は思い当たる節があるはずです。
 誰か、家族ではない他人に彼らを紹介するとき、社交辞令であっても、容姿なり何なりをまず褒められることは多いと思います。でもそのとき、そうでしょうそうでしょうと、そのまま認める人はあまり多くはないはずです。「そんなことないですよ」とか、「こいつはこんな奴ですけどねえ」だとか、どんな言葉でも謙遜をするはずです。バカな弟で、妹で、姉で、兄でというふうに。
 しかし、一般的にそれは嫌悪を表現しようとして言われるものではありません。個々人の事情はともかくとして、親愛の意味を込めて発されるものです。かつ、兄弟のいないオレ司くんが「弟」として家族と同等に扱ったこと。オレ司くんの僕司くんへの印象は、このとき決して悪くない。
 何故印象が悪くなかったか。これは、オレ司くんが本来なら有り得ないタイミングで目覚めたことにかかってきます。何故ここで目覚めたかについては、「試合途中の人格の交替を無理なく行うため」もあるのでしょうが卒業して京都に行くことが決まっていて、キセキたちから物理的に遠ざかるからなのかな、と思います。他の人格が本来の人格を守るために抑えつけて眠らせておいたという事例は現実に存在しますし、勿論僕司くんもそうすることは可能なはずです。けれど眠らせたまま生活しつづけたら、記憶が抜ける期間もどんどん伸びていく。そうなれば将来オレ司くんが困るのは確実ですし、僕司くんがオレ司くんを勝利と関係ないところで困らせるとは思えません。だから洛山でも生徒会長をやったりしている。僕司くん、どこまでもオレ司くんのブランドを落とそうとしていません。
 ただ、オレ司くんが目覚めたとき考えていたことを見てみると、僕司くんがやっていることのせいでスゴク弱っています。いつでも元に戻ることができる状態であるにも関わらず、元に戻ることを諦め、待つことを選んでいる。僕司くんからすればキセキという外敵から守るための布石だからしょうがないのですが、オレ司くんからすれば単なる冷血人間です。
全中の「111-11」の現場を見ていないのにこれなので、恐らく全て見せていたら本当に自分で何とかする気力をなくしてしまうでしょう。
 自力で目覚めたムリのない理由としては、『記憶の抜け落ちを防ぐために僕司くんが自力で目覚められる状態にした』というのが説明のつくうちの一つだと考えられます。また、そうすることで彼らの言動をつぶさに観察し考える機会、僕司くんが全てはオレ司くんを守るためにやっていることだと理解できるだけの時間の確保が可能になったのではないでしょうか。

 残る疑問は、僕司くんが消えかけてオレ司くんにバトンタッチしてから、僕司くんは一体どこへ行ってしまったのか。これについてはこれだ!と言える証拠がなく、毎週ジャンプを追いかけていましたが、切り取った本誌を見返していて気づきました。271Qと最終Qにヒントはあったように思います。
 271Qについては、オレ司くんが火神くんに対し、"アンクルブレイク"をしていることです。
 彼が天帝の眼(エンペラーアイ)を使っている以上、この光景は自然なものであるように見えます。しかし、オレ司くんの能力は飽くまで天帝の眼(エンペラーアイ)を「味方の潜在能力(ポテンシャル)を限界まで引き出す」(268Q)方向の使い方だったはずです。
 ここで、黒子くんの「天帝の眼(エンペラーアイ)はもう一人の赤司君特有の能力で 赤司君が本来自然に開花するはずの能力が他にあったとしたら?」(26巻 228Q)という発言が思い出されてきます。黒子くんがそれまで見てきた「天帝の眼(エンペラーアイ)」」の使われ方はアンクルブレイクのみであり、ここで黒子くんが指しているのもそれです。「能力が二つある」(26巻 228Q)という言は、要するに天帝の眼の使い方が二つあるのを示唆していたということになります。(天帝の眼じゃない何かを匂わせていたようにも見えますが、それは御愛嬌)
 アンクルブレイクが僕司くん特有の能力であるとするなら、何故オレ司くんが使ったのか。
1つの人格が二つの能力を使える意味。

 ここまで見てきて『二人は統合されたのだろうか』と思ったとき、「"オレ達"」(最終Q)の強調が気になりました。この台詞に含まれている「次こそ」は、状況を考えると来年の大会についてという意味になりますが、そうなるとこの「オレ達」には3年生である黛さんが含まれていないことになってしまいます。あれだけすんなりと絶望的な試合の流れを引き継げたオレ司くんが選手の学年を把握していないというのは少し考えづらいですし、ましてや赤司征十郎の人格の問題について多くを知らない黛さんに対し、無駄に喧嘩を売りにいく理由もない。故に、この「"オレ達"」には僕司くんのことも含まれているように私には感じられました。この意味なら、少なくとも黒子くんに伝えようとして発することはできるはず。オレ司くんは火神くんが「二人いる赤司征十郎」を知っていることを把握できていませんが、火神くんにも意味が届く可能性はあります。

「バスケットをやっていてよかった」(最終Q)
黒子くんも決勝当日、26巻229Qにおいて同様の発言をしています。
バスケを楽しいと思える気持ちを再びオレ司くんにも芽生えさせ、オレ司くんが一度失った「バスケット」という支えを取り戻させたこと。
オレ司くんが敗北を受け止められていること。
また、アンクルブレイクという僕司くんがいる(もしくはいた)証拠が残されていること。

僕司くんが統合されたのか、それとも消えかけつつ残されているのか。
どちらにせよ、『僕司くんは今不幸ではない』。
これが、最終Qまでを読み終えての私の結論です。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.