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プロローグ/佐伯家の一週間

西乃まりも@9/8文フリ大阪G-51
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2018-12-21 15:40:45

2019年1月20日開催・文学フリマ京都にて発行する新刊『佐伯家の一週間』のプロローグ部分です。
お試し読みにどうぞ。

 陽光溢れる窓からは、広々とした滑走路と、抜けるような青空が見渡せる。次々と飛び立っていく飛行機は、どれも雄雄しく、希望に満ちているように見えた。
 向かいの席には、窓の外を眺めながらサンドイッチをつまむ万里子がいる。見覚えのない紺のワンピースに、小振りな金のアクセサリー。新婚旅行以来初めて訪れる国際空港のカフェで、見慣れぬ姿の妻と向かい合って座る――すべてが稀で、落ち着かない気分だった。
「篤、もう目的地に着いたかな」
 腕時計に目を落とした万里子が呟いた。僕たちの日常会話の大半は子供に関することだ。普段どおりの調子で話しかけられて、内心妙にホッとした。
「さあ。合宿の場所ってどこだっけ」
「あっ、プリント、あなたに渡し忘れるところだった!」
 万里子は慌てたようにバッグの中を探ると、折りたたまれたコピー用紙を取り出した。
「篤に合宿のことを質問しても、プリントに書いてあるとしか言わないんだもの。これに詳しい日程や連絡先が書いてあるから。悪いけど目を通しておいてね」
「分かった」
「ねえ、あの子最近、絶対変だと思わない? 話しかけても生返事ばっかりで、すぐに部屋にこもっちゃうし」
「あの年頃の男なんて、大体そんなもんじゃないの」
「そういう年齢ってだけならいいんだけど。篤が一週間家を空けるって聞いて、勢いで旅行することに決めちゃったけど、段々あとから心配になってきちゃって……」
 彼女は表情を曇らせると、ひとしきり考え込んだ。
「……でもね、どうしてもこの機会を逃したくなかったの。丁度いいタイミングで休みもチケットも取れたし。旅行会社に勤めていると、こういうときは便利よね」
 クリームを入れたアイスコーヒーをかき混ぜながら、彼女は航空券に書かれた搭乗口の番号を確認している。息子の篤は今朝サッカーの合宿に出発し、時を同じくして、妻の万里子がスコットランドに旅立つ。両方を見送って居残る人間としては、微妙に心もとない気がする。結婚してからこれまで、一週間もの間、一人になるのは初めてのことだったから。
「それにしても、今年の合宿、一週間だなんてね。長すぎない? 去年は確か二泊三日だったと思うんだけど。あのサッカー部、そんなに熱心に活動してたかしら」
「さあな」
「何を尋ねてみても、あの子、どこか上の空なのよね……。学校で何かあったのかな」
 余程気になるのか、すぐにその話に戻ってしまう。篤は中学二年生だ。親に言えない悩みを抱える時期だろうし、急に口数が減ることだって珍しくはない。確かに最近、様子がおかしいと思うところはあったが、僕が見るに、彼の本質が変化したという印象はなかった。
「心配しすぎだろ。あいつ、抜けてはいるけど、真面目だから。親に隠れて悪さを働くようなタイプじゃないと思う」
「まぁ……そうね。日々若者を相手にしている高校教師がそう言うのなら、大丈夫かしらね」
 言葉とは裏腹に不安が拭えない様子の万里子は、まだ母親の顔をしている。
「それはそうと、スコットランドのどの辺りに行くんだっけ?」
 無理やり旅行のほうに話題を変えると、万里子はふと目を上げてこちらを見つめ、さりげなく視線を窓のほうにずらした。 
「グラスゴーに行って、北のほうへ足を伸ばすつもり。知り合いに挨拶に行ったり、お墓参りをしたり」
「墓参り、ねぇ。大陸をまたにかける墓参りって、なんだか途方もないな」
「なによ、英語教師のくせに。世界って案外狭いのよ? 午前十一時半に出発しても、ロンドンに到着するのは午後四時過ぎなんだから」
「それ、単純に時差のせいだろ」
「……ま、そうですけど」
 万里子は笑う。彼女は昔、ヨーロッパで暮らしていたことがある。けれどそれは、僕らが知り合う前の話だ。当時の彼女の暮らしぶりについて僕が知っていることは少ない。だから突然、篤の合宿期間にスコットランドへ行かせてくれないかと頼まれたときには驚いた。世話になった人が亡くなったことを知って、どうしても今、現地を訪ねたくなったと言う。世話になった人。本当はもう少し詳しいことを知りたかったのだけど、彼女が自ら語らないことを根堀り葉堀り聞くのは気が引けた。夫婦といえども、プライバシーは尊重するべきなのだ。親しき仲にも礼儀あり。
「あなたこそ、私たちがいない一週間、どうやって過ごすつもり? 補習授業の期間は先週で終わったのよね」
「どうって……盆までの平日は毎日部活の朝練があるからなぁ。昼からも学校に残ってぼちぼち仕事をこなすつもりだから、ほとんど出勤で終わりそうだな」
「ちゃんと三食食べなきゃだめよ。ファミレスでもコンビニでも何でもいいから」
「分かってるよ。篤と違って一応大人なんだから、心配するなって」
「そうね、一応ね」
 万里子は可笑しそうに笑うと「……さて」と言って、再び腕時計に目を落とした。
「そろそろ行くわ」
 カフェを出て、保安検査場のゲートまで歩く。荷物を預けて身軽になった彼女は、ちょっと近場へお出かけ、という体にしか見えなかった。
「じゃあ、行ってきます」
 一瞬、妙な沈黙が降りる。スコットランドに、一週間。……遠いなぁ。本音を言えば、このまま、よそ行き姿の彼女と一緒にドライブにでも出かけたい気分だった。
「篤のことで何かあれば、しっかり対応するから。何も心配せずに一週間楽しんで来いよ」
 精神的に凭れかってはいけない。あくまで平静を装うと、彼女はどこかホッとしたように表情を緩めて、笑顔になった。
「うん。あなたも戸締まり、火の始末には気をつけて。お留守番、よろしくね」
 手を振る彼女に向かって、軽く片手を上げた。
 ――大丈夫。問題なんて、あるはずがない。
 妙な胸騒ぎが止まないのはきっと、今の暮らしに慣れすぎたせいだ。
 たかが一週間。いつもと同じように、あっという間に過ぎてしまうはず。
 ゲートへ向かう万里子の後ろ姿を見送りながら、そう自分に言い聞かせた。


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