"マオ" (1)

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2018-12-24 02:03:10

20XX / 5 / 11

ようやく生活にも慣れてきた。
引き取られてからというもの、以前と環境が違いすぎて何をしたら良いのか分からなかったが
"何もしなくていい"らしい。それはそれでちょっと困る。

しかし隣家が朝からうるさい。そもそも隣家は今誰も居ない、はずだったと思う。
外に出て確認しにいく。隣家、と言っても数十m離れているから気付かなかったけど近付くと異臭がした。
野次馬の爺婆が邪魔で良く見えないけど、家の中から大きな声が聞こえる。
野次馬の婆に話を聞くと、どうやら誰も居ない家に病人が放置されていたらしい。
家主はたしか、一家で上京するとか言っていた気がする。父の元に挨拶に来たのが一週間前だったか

ようやく隙間が出来たので間から覗く。どうやら玄関先で倒れたまま動けなくなっていたみたい。
縁側に面した部屋で布団に寝かされているのが見える。眼窩が落ち窪み始めた、死に体だ。
あんなの診察するまでもない。口減らしか怨恨か、ともあれあの女の人は家族に毒でも盛られたんだろう。
あの体じゃ満足に歩けもしないし、山向こうの病院まで行く体力はなさそうだ。
定期的にやってくる医者はこの間来たばかりで、次来るのは2週間後くらいのはず。
吉田だかそんな名前の婆ちゃん、粥作ったみたいだけどそれじゃダメだ。
まぁでも、教える義理もない。私には関係のないことだし。


 『マオはどうしたいんだい?』
夕食の時間。作業を終えて帰ってきてから無言だった父に今朝の事を話し終えた後の第一声はそれだった。
 「どうしたいって、何が?」
 『刈谷さんって言ってもまだ覚えてないか。隣の女性だよ』
苦笑しながらアスパラガスの天ぷらを口に運ぶ父。やっぱりアスパラガスが好きらしい。
 「別に、どうしたいとかはないよ。私には関係のないことだし」
 『そうかい?マオから話をするなんて珍しいからね。何か感じる事があったんじゃないのかい?』
む、とさつまいもの天ぷらに伸ばしたフォークの手を止める。
確かに、父とは積極的に話すような間柄でもない。ただ、あったことを話しただけ……
 「……まぁ、確かに」
でも、確かに。どうでもいいなら私も話すらしなかったはずだ。
ちら、と窓の外を見る。明かりがついてるということは誰かが付きっきりで看病しているんだろう。
 『マオ』
視線を父に戻す。憂いを帯びた、諦観も透けて見える、それでいて真っ直ぐな瞳が私を見ている。
 『僕は、君がしたいことをすればいいと思っているよ』
 「なにそれ。ええと放任主義、ってやつ?」
ふ、と父の口元が緩む。何を考えているかは分からないけど、不思議と嫌味っぽさは感じない。
 『そのままの意味さ』
そう呟いて、最後のさつまいもの天ぷらを取っていった。




20XX / 5 / 12

今日は月曜日。学校を休んだ。休んで隣家の様子を見に行った。
私にできることは無いかも知れない。
毒だと決めつけたけれど毒だという保証もない。
そもそも、今日生きているとも限らない。
でも、確かめずにそれを決めつけるのは何か嫌だった。

女性刈谷さんは相変わらず縁側に面した部屋で横になっていた。
付きっきりで看病していたんだろう、眠そうな吉田の婆ちゃんに声だけ掛けて刈谷さんを診る。
何も映していない真っ黒な瞳は少し怖かったけど。

結果は、おそらく毒によるもの、と思った。
だから婆ちゃんに変わって昼食を作る。粥ではなく、重湯。
あの様子と婆ちゃんの話から刈谷さんが粥も食べれないほど衰弱しているのがわかったから。
だから、まずは重湯。そして事あるごとにお茶を飲ませる。
小用による毒の排出と、重湯による無理のない栄養補給。
あとはただ身の回りのことをするだけ。

私は医者じゃないからこれが限界。
後は医者が来るか、刈谷さんが病院に行けるくらいに回復するまで続けるだけだ。




20XX / 5 / 19

あの後もずっと付きっきりで刈谷さんの手伝いをし続けていた。
少しずつ重湯を嚥下する量が増え、今は雑穀の粥とおろした果物も食べれるようになった。
最初は全然動かなかった瞳も時折私を見たり、縁側から外を見ていたりしている。
それは微々たるものだけれど、間違いなく回復の兆しだった。

いつものように雑穀の粥を作り、果物をおろす。
そのまま部屋で横になっている刈谷さんにそれを運び、いつものように口へ……
 『……して……
刈谷さんが何かを呟くのが聞こえた。
 「?……何?」
あまりにもか細いそれは聞き取れなくて、顔を寄せ

 『どうした死なせて、くれないの

その時の私は、どんな表情だったか分からない。
怒ってはいない。悲しくもない。残念だとも、可哀想だとも思ってなかったと思う。
ただ、その時は

 「知りません」
粥を掬う。それを半開きになっている刈谷さんの口に添えて
 「けど、そうしたいなら食べなければいい。」
ただ、それだけを告げた。
ややあって僅かに開いた口に落ちた粥を、こくん、と嚥下する音が聞こえた。
 「食事を取るということは、死にたくないからでしょ」
刈谷さんから視線を外して粥をかき混ぜる。今のは良くない、衝動的とは言えかき混ぜる前に与えるなんて
 『……そっか』
その声に振り向く
 『そうだね
どこか困ったように、自嘲するように口元を緩ませて刈谷さんが微笑んだ。
その目元を伝う涙を見て、もやもやとし始めていた頭が晴れていく気がした。




20XX / 8 / 28

 『あの時はありがとう、マオちゃん』
ぽん、と頭を撫でられる。頭を撫でられるのはちびと言われているみたいで、あんまり好きじゃない。
 「いえ、お礼を言われるような事は」
今日は刈谷さんが上京する日だ。よくもわるくも行動が早いと思う。

あの後、刈谷さんは医者が来る前に手を借りて病院へ行った。
そこに至るまでの経緯もあって入院中も退院後も色々とモメたらしいけど、今はすっかり元気だ。
刈谷さんを置いていった一家はどうやら捕まったと婆ちゃん達が噂していたけど、真相は知らない。
ただ、刈谷さんが元気なのがきっと答えなのだろう。

 『もう、マオちゃんは謙遜ばっかり。お礼は素直に受け取るものよ?』
頭を撫でていた手が頬を摘んで引っ張り出す。頬を膨らませた刈谷さんの顔は少し子供っぽいと思った。
 「時間、いいんですか?電車来ちゃいますよ。」
 『あれ、もうそんな時間?あっホントだ!』
両手を離して慌てた様子で踵を返す。吉田の爺ちゃん、駅まで送るのはいいけど軽トラはどうなんだろう。
なんて思いながら引っ張られていた頬を手で擦っていると、助手席の扉を開けた刈谷さんが振り向いて
 『マオちゃん。私絶対に幸せになるからね。』
 『マオちゃんも絶対幸せになるのよ!』
そう言って笑った刈谷さんの笑顔は、やっぱり子供っぽくて
でもどこか大人びている気がして、少し驚いてしまった。

軽トラがデコボコした道を走っていく。アレ絶対腰に来ると思う。
それが見えなくなるまで見送って、踵を返すと父が私の頭に手を置いた。
 『したいことは見つかったかい?』
その問いかけには、まだ
 「見つかってない、かな」
そう答えるべきだと思った。




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