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黒猫は気まぐれに(大気→亜美)

@hirume_guarana
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2014-09-10 16:44:26

水野さん誕生日おめでとうございます、ということで書き始めたはずなのに、亜美ちゃんがちらっとも出てきません()
大気→亜美+ルナみたいな大気+ルナで一つ。



「いつまで悩んでるのよ」

 足元から、声がした。それに視線を下げると、いつまで付き合わせるのだとでも言いたげに、こちらを見上げるくりくりとした瞳。

「もう少し、です」

 言いながら、視線は正面の棚に戻す。目の前には、ラメの入った華やかなものから、シックな風合いの生地のものまで、色も素材も様々なものが並んでいた。これをシュシュと呼ぶらしい、というのは、夜天が――もともとの情報源は美奈子らしいが――教えてくれたことだった。

「ねえ、亜美ちゃんって髪短いから、そういうの使わないと思うわよ?」

 これは似合うだろうか、と手を伸ばしかけたところで、その悩みは根本から否定される。

「そ、そんなことはわかっています」

 慌てて手を引っこめながら、こほんと咳払い。女の子へのプレセントなら髪留めとかが無難じゃないのか、とアドバイスをくれた友人は、ひとつ大きなことを忘れている――世の女性の誰もが、結べるほど髪が長いとは限らない。じゃあ、と見渡した店内で、されどめぼしいものは見つかりそうになかった。

「良さそうなものが見つからないなら、出ましょうか?」
「……そうですね」

 この星に来て学んだことはたくさんある。だが、その中で特に挙げるとするならば――額に三日月模様のある猫には要注意、ということになるだろうか。今日もそう、きっと彼女からしてみれば偶然なのだろうが、大気にとってはあまり嬉しくないタイミングだった。

「まあでも、ネックレスよりはましだと思うけど」
「あ、あれは……! 本気だったわけでは、なくて」

 アクセサリーを贈れるほど親しい間柄ではない、それくらいの自覚はある。ただ、いつかあの人の首にかけるなら、と、もしもを想像していただけだ。そんなところに知り合いが通りすがるなんて、誰が想像できただろう。

「ふーん、まあいいけどね」

 大気の歩みに合わせて、小刻みにその四肢が運動した。
 ジュエリーショップの前で、ショーウィンドウを真剣な表情でのぞきこむ男性とくれば、それは自分のためではないと相場が決まっている。彼女自身も、きっとそんな風に思って声をかけてきたのだろう。悩みごと?と言いながら、塀の上からこちらに向けられる表情は、まさに"にやつく"といった表現がぴったりで。

「でも、どうするの? 亜美ちゃんの誕生日、明日なのに」
「……次こそは、決めます」

 どういう風の吹きまわしか、彼女は大気の前のぴょこんと飛び降りて。何なら付き合いましょうか、なんて言い出したのだ。断ろうと口を開きかけた大気を追いこむ、どうせ亜美ちゃんの誕生日でしょ、の一言。すべて見透かされている、と観念するほかなかった。

「もしかして、結構前から悩んでるわけ?」
「……親しい人には、最良のものを贈りたいでしょう?」

 ふうん、と含みのある受け流し方に、じりじりとした感覚を覚えながら、けれど彼女が思った言葉をそのまま聞いてしまったら、それはそれで頭を抱えたくなる、かもしれない。

「あら、いい匂い」

 そんな大気をよそに、彼女がふとそうつぶやいた。肉体自体はその辺の猫と変わらないのか、彼女は驚くほど鼻が利く。そう、今も。大気には何も感じられないが、彼女の鼻はたしかに何かを捉えたらしい。

「匂い、ですか?」
「焼き菓子みたいな……わからない?」

 残念ながら、と首を振る大気をおいて、こっちよ、と彼女が歩みを速める。
 それに導かれるがままに歩を進めていくと、不意に大気の鼻腔にもそれは届いた。香りを探るように首を巡らせると、それは少し先の小路からただよってくるらしかった。

「こっち、ですね」

 視界の隅で彼女がうなずいたのを確認して、大気は彼女と二人、小路へと足を踏み入れた。光があまり届かないのか、彩度の低いぼやけた風景がしばらく続き、唐突にそれは終わりを告げた。予想よりも開けた空間、目の前を横切る大きな道を渡ったところにそれはあった。
 小ぢんまりとした外観は、遠い昔に出会った絵本に出てくるようなたたずまい。チョコレート色の柱に、ビスケットをそのまま大きくしたような壁、パステルカラーの屋根はマシュマロか何かを思わせる。それ自体がお菓子でできていると言われても、うっかり信じてしまいそうな建物を前に、大気は思わず見入った。それはきっと、ルナも同様で。

「すごい……わね」
「そう、ですね」

 古ぼけたコンクリートの建物に囲まれて、その店はおもしろいほどに調和していない。だが、通りかかった者の足を止め、そして引き寄せてしまう――そんな不思議な引力が、そこにはあった。

「入ってみましょう」
「今度こそ、決まればいいけど」

 黒猫の応援とも皮肉ともつかない言葉は聞こえなかったことにして、大気はクッキーを模したかのようなドアに手をかける。そのドアを開けた瞬間、店内を充たす甘い香りが鼻を撫でた。けれどそれは決してしつこくはない。
 入ってすぐ正面には、曇り一つないショーケースがあった。その中に飾られるのは、宝石のようにきらきらとしたケーキの数々。

「いらっしゃい」

 そのショーケースの向こう側から、音もなく現れた人影は柔和な老人だった。彼のくたびれたエプロンを見れば、これらを生み出しているのは彼なのだと予想がつく。けれど、あまりにも可愛らしい外観の店を思えば、彼はどこか不釣り合いのようにも映った。

「何にしましょう」

 そう言った彼が浮かべていたのは、何の変哲もない笑顔のはずだ。それなのに、目が合った者を吸い寄せてしまうような、不思議な瞳。

「あ、の、ええと」

 贈り物で、とようやくそれだけをしぼり出すと、彼は一層和やかに、それは結構、と言う。何を買うか選ばねばならない、頭ではそう分かっていても彼から目を逸らせない。

「では、こちらはいかがかな」

 自信作なのだと彼が差し出すのは、粉雪をまぶしたような丸い焼き菓子。

「これは……?」
「幸せを呼ぶお菓子、とでもいいましょうか」

 家内が好きで、と照れたようにその目がますます細くなった。彼の言うことなら信じてもいい、そんな気分になったのはなぜだろう。

「……じゃあ、それを、二つ」
「個別に包みますかな」
「いえ……あの、包むのは一つだけで」

 一瞬、彼がきょとんとしたように見えた。足元の黒猫も同じような顔をしているのだろうと思いながら、それでお願いします、と念を押す。
 分かりました、とショーケースの向こう側に引っこんでから、彼の行動は早かった。お世辞にもすらりとしているとは言いがたい彼の指先が、器用に包装紙を操る。全体を覆い深い茶色に、淡桃のリボンはアクセント。できあがったものを近くで見ると、リボンの結び方一つにも彼のこだわりが透けて見えた、気がした。
 きれいに包まれたそれと、裸のままのそれを受け取って店を後にする。外に出たところで振り返ろうとして、ルナが数歩前に出たのが見えた。急かすような足取りに気を取られているうちに、気づけばそこは最初にいた小路の入り口。そっと振り返ってみても、薄暗い道の先の輪郭はぼやけていた。

「あの、ルナ」
「なんだか疲れちゃったわ。少し休みましょう?」

 それは大気も同感だった。ただ、行って帰ってきただけだというのに、足はだるさを訴える。おあつらえ向きに、といった様子で、近くのベンチに二人で収まって、大気は手の中にあったラッピングされてない方の封を切った。

「……お腹、空いてたの?」
「ち、違います!」

 大気の否定に信じられない、と表情を険しくするルナ。いいから、と中に入っていたそれを取り出して与えると、彼女は素直にそれにかじりついた。

「おいしいじゃない」
「そうですか」

 ルナの感想を聞きながら、大気もひとつ、口に含む。舌先で粉砂糖がとけて、ついでほろりと本体が崩れた。鼻を抜けていくバターは香り高く、舌に残る砂糖の甘さはあくまで上品、贈り物としては申し分ない。

「……誰かに贈るなら、自分でもきちんと味を知っておきたいでしょう」
「あぁ、そういうこと」

 隣の彼女は、ようやく大気の一連の行動に納得してくれたらしい。分かってくれればいいのです、ともうひとつ口に入れたところで。

「……かっこつけ」

 思わぬ彼女の一言に、むせそうになるのをぎりぎりのところで堪える。

「わ、悪いですか」
「別に? 亜美ちゃん、喜ぶと思うわ」

 別に、と言いながら、彼女のその顔は、絶対に"別に"なんて思っていない。けれど、とってつけたような最後のセリフに、少しだけほっとしてしまったのも事実。

「……ありがとう、ございます。その、いろいろと」
「変なもの贈られたら、亜美ちゃんが困ると思って」

 それだけ、と言葉を残して、彼女はベンチから飛び降りて。大気には到底まねできない身軽さで、その後ろ姿は小さくなっていく。それを見送りながら、大気は手の中のそれをもうひとつ、口の中で溶かした。


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