@alter_r8
―"その子供が幸せだったのは、生まれてから少しの間だけだった。"
その女の子はある魔族の第二子、長女として生まれた。
2つ違いの長男に続く娘の誕生に親族も喜び、母も産後の衰弱した体で微笑んでいた。
…しかし、それは本当に束の間だった。
父親は母親の不倫を疑っていた。妊娠が発覚してから逆算した前後2週間以内にから。
故に娘の誕生には魔法使いとしての活動と称して立ち会わず、証拠を集めに回った。
そして、運命の日……結果は黒。その赤子は100%自分の自分の子供ではないと父親は知った。
そのことを母親の体調が戻り次第問い詰めようと産後、親族にも根回しして密かに準備をしていたのだが……
―母親は産後、体調を大きく崩してそのまま亡くなった。
父親は困り果てた。離婚どころか話をする間もなく母親は死んでしまった。
不倫をしていた相手については人間であることしか分かっておらず、名前も住所もわからない。
やりとりをしていたであろうアドレスも既に変更されていて連絡がつかない状態だった。
自分の子ではないと施設に預ける考えもあったが、親族からの強い反対もあって断念。
親族は家系に傷が付くのを嫌った。故に赤子を秘密裏に"処分"することを検討していた。
しかし父親はそれを拒否。少なくとも、生まれてきた子供自体に罪はないと思っていたのだ。
だからといって複雑な気持ちがないわけではない。だからそのあとの提案には頷いてしまった。
……それが"毒見役"だった。
魔族の家系は代々呪術を扱っていた。
その為"恨まれる"ことも多かった。
陰湿ないじめのようなことからこれ見よがしな妨害行為まで様々な形で跡取りである長男が狙われていたのだ。
その中の一つに、毒の混入がある。
貰ったお菓子や果物、果ては食事に使う調味料をすり替える形等、方法は多岐に渡った。
その度に内部を精査し、内部犯なら内部犯を処理。
外部からなら対策を施して処理、と手を尽くしているものの、人の悪意はその程度では止まらなかった。
だから毒見役を置くことにした。
それは長男を守るためであり。
厄介者を始末するためでもあった。
少女が毒見役として活動を始めたのは5歳のころだった。
学校には通えず、勉強は家庭教師として一族の一人が付き教える形をとった。
代わりに少女が求めたものは、高額の物でない限り買い与えた。
家の外には出さず、外の世界に興味を持たないように。
目論見通り、少女は外の世界に興味を持たなかった…が、年を重ねるにつれて別の事に深く没頭していった。
それが……
「この"ニホンマムシ"を捕まえてきて欲しいです」
毒だった。
自身の役割であり、自身を脅かす毒に深い興味を持った少女は毒草や毒を持つ生物を求めるようになった。
そして、積極的に自身の体に毒を取り込んでは解毒を繰り返していた。
親類は気味悪がり、魔族の父親も最初は同情か憐憫か、庇っていたが少しずつ離れていった。
それも少女は気にしなかった。ひたすらに自身の興味を追うように毒にのめりこんでいく。
こうして、少女は様々なものを犠牲に毒物に対する強い耐性を手に入れたのだ。
―そして、その日は突然やってきた。
少女は魔族の父親に呼び出される。呼び出された先は、少女が行くことを許されていなかった屋敷内の玄関ホール。
その外へと続く扉の前に、見知らぬ男性が一人立っていた。
『あれがお前の本当の父親だそうだ。』
魔族の父親がそう呟く。
その言葉にひとかけらも興味のない顔と声で
「そうですか」
少女はそう答えた。
魔族の父親が踵を返す。目の前の本当の父親と言われた相手に目を向けると、男性はややあって口を開いて
『君はどうしたい?』
憂いを帯びた目で、私にそう聞いてきた。
「……どうしたい、とは」
『僕と一緒に行きたいのか、ここに居たいのか、それともどちらも嫌なのか』
その言葉に、私の背後で魔族の父親が驚いたように足を止めたのが見なくても分かった。
―その頃の私にはわからなかったが、当然だ。きっとその時点で父親間での話はついていたはずだから。
―だからこそ、私の父に対する第一印象は
『僕は、君がしたいようにするといいと思っているよ』
―なんて無責任な人なんだろう、だった。
戸惑いながらも一歩踏み出す。
色々と考えたけれど、したいように、という言葉の意味が分からなかったから。
どちらにせよ、もうここに居場所はないから。
「私にはわからないから、一緒に行きます」
そうして、私は初めて外の世界へと足を踏み出したのだった。
【"マオ" (1)】へ続く