@toasdm
珍しく困った顔をしながらはがきをじっと見つめている道夫に、彼女はお疲れ様ですと声をかける。む、と顔を上げた道夫はやはり困った顔のままで、どうしたんですか?と彼女が差し出したコーヒーのマグを受け取って、道夫ははがきを彼女に見せた。
「え、結婚……?!」
「うむ」
聞けば教え子の二人が年内に結婚式をする予定とのことで、おめでたいですね、と顔をぱっと輝かせた彼女とは対照的に、道夫の表情は芳しくなかった。
「参列されるんですか?」
「そうだな」
祝いたい気持ちはあるのだろう、初めてのことで動揺しているのかと思ったが、どうやら事情は違うようだ。道夫の隣にちょこんと座って、彼女は道夫の言葉を待った。
「彼女は数学が得意だった」
新婦の名前をいとおしそうに指先でひと撫でして、道夫は懐かしむように目を細めた。
「テストの成績もよく、十教えれば五十は理解するような賢い子だった」
「新郎さんの方も、生徒さんなんですか?」
「うむ……彼はどちらかというと、得意ではなかったな」
頭は悪くなかったのだが、とコーヒーを飲み、ほっ、と香ばしい溜め息をついて、道夫ははがきをテーブルに置く。
「テスト前になるとよく彼女が、彼に勉強を教えていた」
む、と徐に立ち上がり、道夫は整理された書斎のデスクの引き出しから箱を取り出し、中を漁る。あった、と一枚の紙切れを携えて戻り、道夫はそれを彼女に見せた。
「……テスト?」
「彼女が彼の為に作った模擬試験だ」
「へぇー……!!」
手書きの、年相応の可愛らしい字が几帳面に並ぶ問題文と、同じく几帳面ながらもしっかりとした字体の回答が並び、赤ペンで修正されたり丸がつけられたりしている。手作りの模擬試験は記憶の遥か彼方にあった数学の学習を「そういえばこんなのもあったような?」レベルではあるが掘り起こしてくれた。
「すごい……本格的ですね」
「二人の努力が功を奏して、同じ大学に行くことができた」
懐かしさがそうさせているのか、道夫の瞳はうっすらと潤んでいる。
「夢を叶える為の努力を惜しまなかった二人が、あたたかい家庭を持つことができるまでずっと添い遂げているというのもそうだが」
こらえきれなかったのか、とうとう道夫は眼鏡を外して目頭を押さえている。見守る彼女も空気に飲まれて、胸の前でぎゅっと手を握って見守っている。
「……私は、どんな顔をして二人の式に臨んだらいいのだろう」
「道夫さん……」
気がつけば彼女は、道夫の肩にそっと手を添えていた。
「道夫さんにとっては、我が子の結婚式みたいな感じなんですね」
「フッ」
顔を挙げ、天井を仰ぎ、道夫は目を閉じて笑った。
「そうなのかもしれないな」
「だったら」
手作りの模擬試験の紙を手にとって、彼女も笑う。
「父親面したらいいんじゃないですか?」
「父親面……」
きょとんと彼女を見つめる道夫の手をとって、彼女は続けた。
「いいじゃないですか、お父さんがアイドルなんて」
「ふむ」
なるほど、と顎に手を当てて、道夫は思案する様子を見せる。今、道夫の胸にはどんな思いが去来しているのだろうか、数ある教え子のひとつひとつの思い出を大事に取っておく程に几帳面で生真面目で、愛情にあふれた道夫のことを、彼女はまたひとつ、好きになれた気がした。
「山下くんや舞田くんにも声をかけて出し物をするのもいいかもしれないな」
「うわ、豪華ですね!」
許可はもらえるだろうか、と涙目を拭って、道夫は彼女に微笑んだ。
「そうですね、身内の式なら問題ないと思いますよ」
「身内……」
父親面ですから、と優しく手を握る彼女の後押しに、道夫はめがねを掛けなおしてペンを手に取る。
ご参加のごを打ち消して、道夫はそこを丸で囲んだ。
その丸は、さながら彼らの人生の答案に正解の印をつけているような、そんな形をしていた。