「立場とか環境とか、めんどくさいけどね、大事にしとかないとさ」
じろちゃんの事が好きだった元教え子さんと、両片思いを自覚してるじろちゃんとPさんのお話です。
@toasdm
きっとあの子は、山下さんの事が好きだったんだろうな。憧れと恋心を履き違えてもおかしくない年頃だったんだろうけど、それでも、私はあの子のことを、他人とは思えなかった。先生またね、応援してるよ、と手を振って別れた商店街のアーケードの下、小さくなる背中は何度も何度も振り向いて、手を振っている。
「おっきくなったよねぇ」
「そんなに時間経ってないと思いますけど……」
「ん? そぉ? なんかあっという間でさ……」
そして、きっと山下さんも、あの子が自分の事を好きだということを、知っていたんだと思う。はぁぁ、と溜め息をついて、あっという間に大人になっちゃったねぇ、といつまでも手を振る山下さんも、恐らくは。
「……プロデューサーちゃんは賢いねぇ」
「わ、ちょ、山下さんっ」
思案に耽る私の頭を、山下さんの大きな手が雑にわしゃわしゃと撫でられる。考えてることが顔に出てるんだろうか、それとも山下さんが、誰かの些細な機微に気付いてしまうような、そんな鋭さを持っているんだろうか。思考を読まれた不快感よりも気恥ずかしさが勝って、私は顔が熱くなるのを感じた。
「あの子、山下さんの事好きだったんですよね……?」
答え合わせに聞いてみれば、さぁどうだろうねぇ、と山下さんはするりと躱す。やっぱりこの人ずるい大人だなぁ、と、恐らくは、あの元教え子さんと同じようなことを思いながら、私はじとーっと、抗議の視線を山下さんに送る。
「バレンタインとかお誕生日とか、何かもらったりしてたでしょう?」
「たはは……相変わらずずるい聞き方するよねぇ、プロデューサーちゃんも」
ずるいのはどっちですか、と思いながら、私はじわじわとにじりよる。懐かしむような遠い目には、記憶の中の教室が映っているように見えた。
「お手紙くれる子だったのよ」
「お手紙……?」
おっとガチめだぞ?と思ったのはここだけの話。今もとってあるかどうかはこの際つっこまないとして、私は山下さんの話を待った。
「誕生日にもバレンタインにも、なんでもないときにもさ……もらうだけでなんにもおかえしできなかったけど……」
「それは……立場上、そういうものですから。好きになっちゃいけないっていうのは、あると思いますよ」
憶測でしかないけれど、山下さんが立場をわきまえて教師と生徒として向き合っていたのだけは、なんとなくわかる。やっぱり賢いねぇ、とまた私の頭を撫でてくれる山下さんは、そーゆーもんだよね、と笑っている。
教師と生徒がタブーなら、アイドルとプロデューサーだってタブーだ。それは多分、私も山下さんも、同じ事を考えている。多少刺激の強い再会になってしまった。両片思いを自覚している私達には。
「立場とか環境とか、めんどくさいけどね、大事にしとかないとさ」
今もあの子が山下さんを想っているなら、ファンレターの中にはあの子からの手紙もあるのかもしれない。立場の変わった今、枠を超えてあの子は、どんな手紙をしたためているんだろう。ぐるぐると思考渦巻く私をじっと見つめて、山下さんはさらりと言った。
「でも、好きになっちゃいけない人なんて、ほんとはいないのかもしれないよ」
その言葉の意味は、どういう意味?
思考が一瞬で静止して、ざわざわと、胸がざわつく。凪いだ胸に小波をたてるような熱を帯びた視線に射すくめられて、私は身動きができなくなる。あれ、呼吸ってどうやってするんだったっけ?
「なんてねぇ。さすがに未成年はまずいよ」
未成年じゃなかったらいいのかとか大人ならどうなのかとか、どうして今このタイミングで、私にそれを言うのかとか。言いたいことはたくさんあふれているのに、ひとつも口から飛び出さない。
「プロデューサーちゃんはやっぱり賢いよ。おじさんたまに枠飛び越えちゃいそうになるから」
やっぱ立場は大事だよねぇ、といつものようにへらっと笑う山下さんが、さっき一瞬だけ見せた本気の表情は、呼吸の仕方を思い出した今もなかなか、脳裏から離れてくれなかった。