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[雨P♀]好きな香り

全体公開 3 1730文字
2019-01-10 12:33:18

「気に入らなかったかい?」

雨彦さんのヘアワックスを見つけたPさんが「あれ、葛之葉さんこんな匂いだったっけ?」ってなってるところにご本人が登場するお話です。

Posted by @toasdm

 あ、これだ。普段は素通りするメンズのコーナーで見かけた見覚えのあるパッケージに、彼女は思わず足を止めた。少しシトラスの香りを混ぜた、ほんのり重たい、独特な存在感のある爽やかな香りが雨彦らしい、といつも思っていたヘアワックスのテスターを、彼女は気がつけばしゃがんで手に取っていた。
 買い物かごの中にはヘアオイルとシャンプー、最近話題になっていたフェイシャルマスクが入っている。女らしさの転がる買い物かごをぶら下げて、彼女は男性用のヘアワックスの蓋を開けた。
……ん?」
 こんな香りだったっけ?記憶の中の雨彦の香りとは少し違うワックスは、あまり印象に残らない、普通の香りだった。軽すぎるのかな、テスターだから匂い飛んじゃってるのかも、と何となく落胆して蓋を閉めて、ふぅ、と溜め息をついて立ち上がった。
「おすすめだぜ」
「ひゃえっ!?」
 立ち上がった彼女は降ってきた声に思わず振り返り、あまりにも近い位置にあった胸板に驚き、バランスを崩しかける。
「お、っと」
 気をつけな、とふらつく腰をサッと支えて、雨彦は彼女を見下ろしてカラカラと笑った。ふわりと漂ってきた香りは、嗅ぎなれた、彼女の好きな香りだった。
「お前さん、随分な声をあげるじゃねぇか」
「きゅっ、急に、だったので」
 まだバクバクと早鐘を打つ心臓を深呼吸でなんとか落ち着かせて、彼女は雨彦を見上げた。買わないのかい?とニヤけている雨彦にからかわれて、彼女は少し不服そうに買いません、とむくれる。
「気に入らなかったかい?」
「いえ、そういうわけじゃ……
 何故メンズのワックスを手に取っていたのかをつっこまれると、彼女には、上手に説明できる気がしなかった。葛之葉さんが使ってたやつだと思ってつい、などと、言えるわけもなく彼女はもごもごと口篭る。
「お前さんもオールバックにするのかと思ったんだが」
……似合うとお思いですか?」
 さてな、とまだニヤつく雨彦を肘で小突いて、彼女は改めて、雨彦の香りを感じて先ほどとの違いに首を捻った。
「ちょうど切れてたんでな」
 しゃがみこんでワックスを手に取ると、雨彦はニッと笑う。雨彦が動く度にふわふわと漂う香りは、やはり先ほど香りを確かめたテスターとは違うように感じられて、目線は知らずと、雨彦が手にしたワックスを追ってしまう。
「香水と同じさ」
「え?」
 ニヤリと笑って雨彦が言う。何のことですか?と聞き返したが、彼女はなんとなく、雨彦の言わんとしているところがわかってしまっていた。居心地の悪さに視線を逸らす彼女に雨彦はニヤついたまま続ける。
「つける人の体臭や、体温によって微妙に違いが出る」
 テスターだからじゃないぜ、と言われたあたりで彼女は両手で顔を覆ってしゃがみこみたくなってしまった。ああもうこれ完全にバレてる、恥ずかしい、と思う心とは裏腹に、口からは、へぇ、そうなんですね、と気のない返事が出てしまう。何がそんなにおかしいのか、雨彦はそんな彼女を見つめながらくつくつと笑い、それからザッと髪をかきあげるようにして撫でつけた。
「お前さんが知ってるのはこの匂いだろう」
 伸びてきた指先が、鼻先へ。空気の移動と共に、よく知った、あの存在感のあるシトラスまじりの香りが掠めていって、ああこれだ、と彼女は一瞬気を緩めてしまった。
「葛之葉さんの匂いだ……
 嬉しそうだ、と思ってしまったが最後、ちょっとからかってやろう、と悪戯心で伸ばした手の置き場に、雨彦は困惑する。何を言えばいい、何をすればいい、と考えて、雨彦は悪戯に悪戯を重ねることにした。
「いい匂いと感じる異性は本能レベルで惹かれてるらしいぜ。自分とかけ離れた遺伝子を持ってる奴と子孫を残して種を保存しようって本能さ」
「ほ、本能……っ!?」
 自分の香りを移した指を彼女の髪に絡ませて、雨彦はニッと笑う。

「俺も、プロデューサーの匂いは好きだぜ」

 彼女の髪の香りを混ぜた自分の指を鼻先に持っていって、いい匂いだな、と意味深な視線を彼女に投げかけて、雨彦はくるりと踵を返して去っていく。髪の先に雨彦の残り香を感じながら、彼女はしばし、ぼうっとその姿を見送っていた。


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