「えー、じゃあ本をお借りするついでにお邪魔しようかなー」
部屋片付けられないPさんと意地悪優しくてやっぱり少し意地悪な想楽君のお話です。
@toasdm
うまくできた。出来上がった親子丼を一口食べて、彼女は満足気に微笑んだ。自画自賛、自己満足、上等上等。私はこの一口の為に生きているのだよ、と休日の昼時手前で、彼女ははむはむと、あっという間にどんぶり一杯を平らげる。空っぽになったどんぶりには米粒ひとつも残っておらず、炊飯器の中にもご飯はない。
「うーん、余っちゃったなぁ……」
親子丼の具を一人分だけ作るというのはどうにも難しく、だいたい二食から三食分を作る羽目になる。さすがにこれ以上は食べられないから、と別な器に移してラップをかけようと思ったところで、スマートフォンが着信を告げた。
「ん……?」
担当アイドルの名前と専用着信音に、彼女はにんまりとする。きっと食べ盛りだから、もしかしたら、これからちょうどお昼だし、と頭の中をぐるぐる回る思考にむふふと笑って、彼女は電話を取った。
「お疲れ様です、北村さん」
「お疲れ様だよー」
間延びしたというよりは、のんびりとしたと言いたくなるような、そんなほっこりとする声が聞こえる。確か今日は午前中だけ自主練習だと言っていたのを思い出して、彼女はもう一度、心の底から、心を込めてお疲れ様ですと返した。
「終わりましたか?」
「おかげさまでねー」
少し息が乱れているから、宣言どおり次の仕事に備えてトレーニングでもしていたのだろうか。何の用かとたずねてみれば、次の仕事の細かい打ち合わせだった。必要になる知識は予め頭に入れておきたいらしく、彼女は手元に持ち帰っていた次の仕事の資料を片手に、想楽の質問に答えた。
「うーん、じゃあやっぱりそこらへんの本屋さんじゃだめかなー」
「そうですね……うちにいくつかあるので、今度持って行きましょうか」
専門的なことではなく、単にこれは彼女の物持ちのよさ(あるいは片付けられなさ)が功を奏した、昔の本が役に立ちそうだ。想楽はお願いするよー、と笑って電話を切ろうとした。
「あ、北村さん」
「なぁにー?」
「お腹空いてますか?」
「もーペコペコだよー」
このペコペコはとんでもないペコペコだぞ、とくすくす笑って、彼女は想楽においしい提案を投げかける。
「実は親子丼を作りすぎてしまったので、もてあましているんですよ」
もしよかったら、と付け加えて、彼女はふと部屋を見渡す。
「えー、じゃあ本をお借りするついでにお邪魔しようかなー」
「待ってください」
人をあげられる部屋ではない、と表現するのがしっくりくるような、いわゆるその、ズボラな女の一人暮らしの実態が彼女の眼前に広がっていた。次の休みに片付けよう、を何回リバイバル公演してきただろうかと考えても仕方がない、またにしてくれと断るにはタイミングはあまりにも遅すぎた。
「ええと……うち、まで、どのくらいかかりますか?」
「そうだなぁー……」
スタジオか、ジムか。彼女の家からはどちらも三十分程度かかる距離だ。三十分あればなんとかなるか、と楽観的に考えられるような惨状ではない部屋、過去の自分を殴り倒したい気分になりながら、彼女の頭は「とりあえずの片付け」を計算し始める。
「三十分くらいですか?」
「うーん……」
電話の向こうの想楽がにまりと笑ったような気がしたのは、彼女の気のせいではなかったようだ。
「プロデューサーさんがお部屋をお片づけするくらいの時間はかかっちゃうかなー」
なんでわかったんですか、と観念して白旗を振った彼女に、想楽はなんとなくかなーと答える。
「ご飯も炊いたりするつもりだったんでしょー?」
そういえば、最初からそう言えばうまく誤魔化せたんだ!と思ったところで後の祭り。いっぱい食べるからたくさんご飯用意しといてねー、と電話を切った想楽が到着するまで、どのくらいだろうか。急いで炊飯器で米を炊く用意を済ませてから、彼女は部屋を本気で片付け始める。
こんなに早く片付けられるんだったら毎日そうすればいいのにねー、とケーキを手土産に想楽が彼女の部屋を訪れたのは、それから僅か十五分後のことだった。