@akirenge
【仕事終わりの一息は】
とある国定図書館で二代目の特務司書は延びをした。司書室に向かって本日はほぼデスクワークだったのだ。
「終わったわ」
椅子に座って伸びをする。長いデスクワークにも耐えられるように椅子も変えた。時計を見れば午後四時、夕方になっていた。
「お疲れさん」
「後は書類を送るだけね……国木田先生も原稿の方は書き上がってるみたいだし」
「推敲はいるけどな。終わったよ」
ソファーテーブルで原稿用紙に万年筆を走らせていたのは本日の助手である国木田独歩だ。彼女は助手を日替わりにしている。
先代の特務司書は恋人の文豪でほぼ固定だったが、アレはあからさますぎただろうと他の図書館スタッフも話していた。
その先代も恋人である文豪と火事で焼死してしまい、もう、この世には居ないが。不幸な事故だった。
助手はやることは多岐にわたるが、助手をしたと言うことで特別給与が出る。独歩も独歩で本日の助手はきちんとこなしていた。
「本日分のノルマも終わったし、図書館の閉館時間まで後は仕事をすれば終わりね」
図書館は夜の六時までしている。国定図書館は国が運営している図書館であり、通常の図書館としての運営もあった。
裏では日々の研究と謎の敵である侵蝕者に侵蝕された本である有碍書を浄化している。
「それなんだが、何か食べに行かないか。司書?」
「食べに……? まだ勤務時間なんだけど」
「司書は休めって他からも言われてるんだよ。かなり働いてるしな。他のスタッフからも言われてるし、俺が奢るからさ」
自己管理はしているとは言え、働き過ぎに想われているようだ。国木田が奢ってくれるらしい。二代目の特務司書は仕事を確認した。
「食べにいきましょう。夕飯は……奢ってくれるなら食べなくてここで良いわね」
この国定図書館には食堂があり、三食が出る。二代目の特務司書は国木田と共に食べに行くために準備を始めた。
それから、外へと出る。
居住区も国定図書館にあるし、二代目の特務司書も居住区に住んでいるため、休みなどがなければ国定図書館の敷地外に出ることは余りない。
国木田が案内したのは商店街にあるカフェだった。二代目の特務司書の知らない店だ。外観は純喫茶風の店である。
店内は客がそこそこにいた。二人がけのテーブルに独歩と二代目の特務司書は座る。
「この店、週替わりのランチプレートとか、かなり美味いんだよ。定番のメニューも美味いけど」
メニューを独歩が渡してきた。受け取って確認する。週替わりのランチプレートはまだあるようだ。ランチプレートのメインメニューはハンバーグで
サラダがスープがついているプレートランチだ。デザートも頼めるようだった。メニューを決めているとウェイトレスがやってくる。
ウェイトレスがテーブルの上に氷水を置いた。
「ご注文だ」
「ランチプレートと飲み物は紅茶でデザートはいちごのモンブラン、食後に持ってきて下さい」
「俺は特製カレーと珈琲とデザートは、……一緒のいちごのモンブランにしておくか」
注文を終えて、出来上がるまで待つ。
「国木田先生が奢ってくれるって以外だわ」
「以外って……以外かも知れないが、俺だって奢るときは奢るさ」
「取材とかしたいのかしら?」
「しないしない。聴くことは前に殆ど聞いちまってるし、帝國図書館の司書で、司書補佐で来て、今じゃメイン司書だ」
メイン司書と独歩が言ったのは特務司書だとは話せないからだ。帝國図書館で当初、彼女は働いていたが辞令が来て、この国定図書館に移動した。
事故後、特務司書が居なくなった図書館にアルケミストの素質があるから特務司書として図書館を維持しろと言われたのだ。
司書補佐だった頃に国木田や島崎藤村の取材は受けたことがある。特務司書として活動するようになってからは直木三十五からも取材らしきものを
受けたことはあった。
「私としては帝國図書館に戻りたいなとなることもあるけど、この図書館も大事だから」
帝國図書館に居た頃は同僚達も居たし、日々の仕事は楽しかった。今の仕事も楽しいと言えば楽しいけれど、帝國図書館が懐かしくなることがある。
「結構、アンタは気に入られてるからな。仕事もしてるし。スタッフの評判も良いからよ」
国定図書館では文豪達の他にアルケミストの能力を持たない司書や食堂のスタッフも居る。文豪達やこの国定図書館の裏事情をどれだけ知っているかは
個人差があるものの。大事なスタッフだ。国木田が笑顔で言うが、先代の方はかなり悪かったとも取れる。
「大事なのって、……社交性かしら」
としか表では言えない。のんびりと話しているとウェイトレスが、食事を持ってくる。
「お待たせしました。プレートランチの方は」
二代目の特務司書は手を上げる。彼女の前にプレートランチが置かれた。それから少しして今度は独歩のカレーが運ばれてくる。
カレーには小鉢でサラダがついていた。
「カレーは想い出があるからな。食堂のカレーも美味いけど、ここのカレーも種類があるんだ」
「貴方もカレーが作られるみたいだけどご飯にカレー粉をかけたものだったわね」
「食べたいのか? 食べたいなら作るけど」
「そうね。作ってくれるなら食べてみたいわ」
国木田のカレーは知識としては存在している。ゆっくりと二代目の特務司書はフォークとナイフでハンバーグを切り分けて口を運んだ。ハンバーグは煮込みハンバーグで
口の中に入れると、やや熱かったが肉汁が口の中で溶けて、肉もほどよい固さで美味しい。ライスがついているがご飯と合う味付けだった。
カレーの方は素揚げした野菜が置かれたチキンカレーのようだ。輪切りにされた茄子がレンコンを国木田はフォークで突き刺して食べている。
「これも一種の取材だな。話しつつ知っていくってことは」
「答えられる範囲でなら答えるわよ」
「そうだな……答えられる範囲なら……付き合ってる相手とか居るのか? 付き合ってた相手でも、図書館でも清楚な司書とか言われてるんだが」
「清楚……」
フォークとナイフを置いた二代目の特務司書は目を見開いてから瞬きして、やがておかしそうに笑い出した。おかしいのだ。
清楚寄りになるようにはしてきたが、そう言われると面白い。
「私に合いづらい言葉ね。合わないと言った方が良いかしら」
「そんなことはないさ」
「付き合ってた相手についてだけど居ないし、付き合っている相手も居ないわ。――先代のこともあるし」
帝國図書館に居た頃も居なかったし、今も居ない。先代の特務司書はお世辞にもいい特務司書は言えなかった。恋人である文豪をひいきしていたところがあった。
「俺は先代もアイツのことも覚えてないけど、取材して分かるぜ……評判は」
「先代の記憶は貴方たちにはないけど、スタッフにはあるから」
先代が転生させた文豪達に先代の記憶はない。というのも先代が文豪を転生させたシステムは蔵書印システムが使われていたからだ。
蔵書印システムは特務司書と文豪を繋ぎ、文豪の危機などが解ると言ったものだったが、刻まれた文豪が特務司書の影響を強く受けてしまうと言う不具合もある。
なくても転生させることは可能だし、当時は欠点が分からなかったのだ。調査により判明した。先代の特務司書が死んだことにより彼等は蔵書印から解放された。
そして先代の特務司書の記憶は文豪達の記憶から消えた。さらには先代の恋人である文豪も皆の記憶から消えた。恋人である文豪はスタッフからも消えている。
文豪が絶筆すればその文豪の記憶は消えてしまうのだ。
「……先代のこととかあるから付き合わないとかそういうのか?」
「んー誰かと付き合うってのがまずない感じかしら。今のところは。付き合うにしろきっちり分ければ良いし仕事もすれば良いだろうけど」
公私混同をしていたのが問題だったのでしなければ良いと言うものだ。私情を挟むに挟んだりしていたのも先代の評判が悪い要因の一つだ。
話しつつ二代目の特務司書は水を飲む。独歩はスプーンを置いて、二代目の特務司書と視線を合わせた。
「それならさ、俺と付き合わないか。司書」
笑顔で気楽に言われ、二代目の特務司書はグラスの水を飲み干す前に止まっていた。やがて、グラスを離す。
「何が、それならさ、なのかしら」
「アンタって面白いし、アンタのことを知りたいし、付き合ってみないか」
「お試しキャンペーン?」
独歩が机の上に肘を立てて両手を組んで笑っている。二代目の特務司書は考えた。国木田のことは嫌いではない。付き合いやすい方だ。
異性として好きかというと考えたことはないというか同僚だったし、自然主義文学の弓使いだ。
「どうだ」
「……そうね。お試しならば、良いかしら」
「なら決まりだな。仕事とプライベートを分けつつ、付き合ってみようぜ。まずは休日、出かけてみないか?」
「これを食べて、いちごのモンブランを食べつつ考えましょうか」
「――言って良かったな」
いきなり降ってわいたことだけれども、悪くはない。笑顔で答えれば国木田は顔を赤くして目を伏せた。二代目の特務司書は食事を再開する。
これからのことに、胸は高鳴っていた。
【Fin】