@toasdm
別に付き合ってるわけじゃないけど……。誰にするでもない言い訳をしながら彼女はプレゼント用の包装を待っていた。メッセージカードをつけなかったのは、彼女の最後の良心、あるいは迷い、躊躇のようなものだった。
一方的な片思いではないことはなんとなく自覚していた。恐らくは、お互いに自覚のある片思いだ。こんなところでまで息ぴったりなんだから付き合っちゃえばいいじゃない、と思わないでもなかったが、それには色々と問題があった。アイドルと恋愛なんて。ダメでしょ。世間体、商品価値、スキャンダル、周囲への迷惑。そういったものを無視できるほどお互いに子供ではなかった。隠しておけるほど器用でもなかったが。
お待たせしました、とラッピングを受け取って、彼女は店を出る。これをいつ渡そうか、というタイミングまで考えなければならないほどに、秘密の片思いを彼女はこじらせていた。
淹れてくれる紅茶がおいしかったから。お疲れ様の言葉が優しかったから。ボディタッチを多用する方ではないけれども、時折ふとしたときに手を伸ばしかけて、ひっこめる思慮深さと謙虚さが素敵だと思ったから。声が甘いから、顔が甘いから、漂う香りが甘いから。神谷を好きだと思う要素なら無限に挙げられる。だからこそ、これは、世界から秘匿しておかなければならないと堪える必要があったのだ。
「う、そ……」
だからこそ、偶然見かけた姿に、鼓動は思いの外強く跳ねた。
嬉しい、どうして、偶然?
胸の内側でぐるぐると渦巻く感情は足枷にはならずに、彼女のスニーカーに羽を生やした。お疲れ様です、と声をかけ終わってから、こんな時にこんなところで、声なんてかけていいんだろうか、と考えるくらい、動作に志向が追いついていなかった。
「プロデューサーさん!」
お疲れ様、と嬉しそうに振り向くから、彼女はまた、神谷を好きになる。こんなところで会えるなんてラッキーだった、と本当に幸せそうに笑うから、彼女はまた神谷を好きになってしまった。ぎこちなく交わした挨拶の後、しばしの無言を挟んで、神谷は彼女をカフェに誘った。
「俺の隠れ家みたいなものかな」
隠れなくたって誰も探さないと思うけど、と言ってから、迷子になってよく探されてるか、と照れたように笑う顔も、彼女は好きだ。
隠れ家と言うのはなにも大げさではなくて、客もほとんどおらずボックスシートの仕切りは高く、外への窓やドアにさえ気を使えば本当に、誰がどこでどう過ごしていても誰も気に留めようがないような店だった。レトロな内装と漂うコーヒーの香りが心地良く、初めて来た店だというのに彼女は懐かしさすら感じた。注文したカフェオレとミルクティーさえ提供されてしまえば、そこはあっという間に二人だけの空間になった。
「あの」
いつ切り出そう、今しかないかも、とさして迷わずに、彼女はプレゼントの入った手提げを神谷に差し出した。
「いつ渡そうか考えてたんですけど、今かな、って」
「うわ、もしかして」
お誕生日おめでとうございます、の声と共に丁寧なラッピングの施された小箱を差し出されて、神谷は今日一番の笑顔を彼女に見せた。開けてもいいかな、に頷いた彼女をちらりと見てから、神谷はゆっくりと、包装紙が破れないように慎重に包みを開けた。
「砂時計だ……」
喜ぶ顔に、選択は間違っていなかったと彼女はほっと胸を撫で下ろす。シンプルなディテールのガラスの砂時計は、同じくシンプルな四角い木枠の中に嵌め込まれていて、木枠の隅には可愛らしくデフォルメされた子豚の焼印が押されていた。
「紅茶を抽出する時間を計るのにも使えますし……」
「ありがとう……嬉しいな、本当に」
飾っておいてもよさそうだ、とテーブルにおいて、神谷は砂時計をひっくりかえす。サラサラと落ちていく砂が時を刻み始めて、それを眺めながら神谷はふっと表情を緩める。
「砂時計って、過去と現在と未来を意味するんだって昔聞いたことがあるよ」
「っ……」
インテリアとしても使えるデザインを選んだのは、せめて二人の片思いが、実を結ぶ時までずっと、そばで同じ時間を刻めたらという彼女の秘密の願いをこめてのことだった。それを否定も肯定もせず受け止めて、神谷はぽつりと呟いた。
「……ありがとう」
大切にするよ、と彼女の手を取って、二人は思いを言外に確認しあった。
瞳は語る。やっぱり俺たちは同じ想いを抱えているよね、と。
そうですね、とそれに微笑みで答えて、彼女は包まれた手から幸せが広がるのを感じる。
砂が落ちてしまうまでの三分間、二人はずっとそのまま、見つめ合っていた。