@toasdm
残夜のベッドを抜け出して、彼女は身支度を整える。自分の温もりの隣でまだぐっすりと休んでいる玄武の寝顔は、年相応にあどけなかった。
用意した軽食は二人分、伏せた茶碗は育ち盛りの体に合わせて大ぶりで、自分の分はさっと済ませて洗面所へ。あまり音を立てないように細く出した水が溜まるのをゆっくりと待ちながら、彼女はフッと表情をゆるめた。
「ほんとは、起こしてあげた方がいいんだろうけど……」
ここのところずっと、忙しい時期が続いていた。できるだけ休ませてあげたい、と思うのはプロデューサーとしてもそうだし、恋人としてもそうだった。ゆっくりしててね、と心の中で呟いて、彼女は顔を洗って化粧をした。
着替えて戻った寝室には、相変わらずあどけない寝顔と、規則正しい寝息とがあった。できるだけ足音を立てないようにこっそりこっそり忍び寄ると、彼女はベッドサイドに立って、じっと玄武を見下ろした。
「ふふ……かわいいなぁ…………」
起きている玄武が聞いたらひどい顔をするようなことでも、寝ている玄武になら言える。思わず手が伸びて、普段は後ろへ撫で付けている前髪で隠れた目元を出してやると、カーテンの隙間から差し込んできた朝日の一筋が、瞼越しに玄武に刺さったのだろうか。
「うぅ……ん」
「あ……ごめんね」
身じろぎをした玄武から慌てて手を引っ込め――ようと、したのだが。
「っ!?」
手首を掴まれて、ぐっと力強く引かれて、バランスを崩して、ベッドに倒れこむまではまさに、一瞬の出来事だった。眠りの香りが強く立ち込める布団の中に引きずり込まれるようにして、彼女は玄武の腕に絡めとられた。
「げ、玄武、君……?」
「…………」
赤ちゃんが、差し出された指をぎゅっと握るように条件反射で玄武は、彼女の温もりと匂いを感知して閉じ込めた。離して、と小声で訴える彼女の言葉は、まだ眠りの向こう側にいる玄武には届いていないようだった。大きな手が、わかったわかった、とでも言うように彼女の頭をぽんぽんと軽く撫でる。違うのそうじゃないの、と腕を突っ張ってみるが、存外玄武は遠慮なく、思いっきり彼女を抱きしめているようで、抵抗らしい抵抗はできなかった。
「玄武君、私、仕事……」
「…………ッフ」
あ、これは起きてるな?とわかる程度には、彼女は玄武の事を随分とよく知っていた。そして、こうなったら玄武は、彼女が「ちゃんとしたいってきます」をするまでは離してくれないのだ。またあれやるのかぁ、と真っ赤になった彼女は、ふっ、と小さく溜め息をついてから顔を上げる。
「玄武君」
「んーー……」
目を閉じているのは、眠っているからではなく、待っているからだ。
腕の力がゆるんでいるのがその証拠だ、と彼女は観念して、ずりずりと、少しだけ自由の利くようになった体をずらして、玄武の胸板に手を添えて、顔を近づける。
ちゅっと触れ合った唇は一瞬で離れた。恥ずかしいからこれ以上は勘弁、と身を起こそうとした彼女をまた抱き寄せて、そのまま体を勢いよく反転させて玄武は彼女を組み敷いた。
「ちょっと!!」
「番長さん」
薄暗がりの寝室で、玄武は彼女を見下ろした。
「朝から夜みてぇな顔してるぜ」
誰のせいですか、と暴れる彼女をくつくつと笑って、玄武は前髪をかきあげる。そのまま真っ赤になった彼女の頬に手を添えて、玄武はも転がりう一度、今度は自分からキスをする。
「んぅ……」
もう離して、と涙目で訴える彼女の上で、玄武は身を起こして彼女の手を引く。
「いってらっしゃいのちゅーなら、このくらいちゃんとしてくれねぇかい」
起こしたくなかったんです、という彼女の配慮は玄武にとっては納得のいくものではなかったらしく、さっきまでのあどけない表情はどこへやら、玄武はすっかり、年頃の大人びた顔になっていた。
「いってらっしゃい、番長さん」
いってきます、と転がりだすように逃げた彼女の背中、ドアの向こう。もぞもぞと、玄武が布団に戻っていく音を確かめている間。少し乱れた身支度を整えなおすのには、ちょうどいい時間だった。