「そうですね……自分から女性に声をかけることはないですね」
クリスさんナンパしなさそうだなぁ、と失礼なことを言ってしまったPさんと、ちょっと本気出してみたクリスさんのお話です。
@toasdm
きょとん、とした顔が二つ、街の喧騒の中で立ち止まっていた。
どうしてこんなことを聞いてしまったのだろう、という困惑を混ぜた彼女の顔と、そういえばそうかもしれない、というクリスの顔だ。
「す、すみません、失礼でしたよね!」
「あ、いいえ、気にしていませんよ、というのもおかしな話ですが……」
くすくすと、顎先に手を持っていって品良く笑いながら、クリスは改めて考えてみる。向いている向いていないで考えれば、絶対に、自分には向いていないと思った。
「そうですね……自分から女性に声をかけることはないですね」
「すみません……」
穴があったら入りたいし、ないなら掘ってでもいいから入りたい、と思ったが、都会の街並みはどこもかしこも綺麗に舗装されていて、空いている穴と言えばマンホールくらいなものだ。足元の、きっちりと鉄蓋がされたマンホールを見つめて、彼女はなぜこんなことを聞いてしまったのかと考えた。
これだけ顔がいいなら、きっと女性に声をかけたら成功率高いんだろうな、と、隣で歩くクリスを見て素直に彼女はそう思った。だが、彼をそれなりにプロデュースしてきて、女性に気安く声をかけるような人物ではないということも、彼女は理解していた。女性に声をかけるくらいなら海に行ってそうだな、などと、年頃の男性に対してはそこそこ失礼にあたるようなことを思ってしまったのも事実だ。だからこそ、さっき、彼女はクリスにこう聞いてしまったのだ。
――古論さんって、女性をナンパとかしなさそうですよね、と。
言い換えれば、お前恋愛慣れしてなさそうだな、と言っているのも同義である、と自分の口から飛び出た言葉を耳が拾って頭が処理をした時に、彼女は後悔した。後悔はしたが、同時に「女をナンパしている古論クリス」という像は、彼女の中には全くなかった。
クリスは自分自身でも、それを自覚していた。女性に声をかけるようなことがあったとしても、それは困っているお年寄りに声をかけたり、道に迷っている風の外国人観光客に声をかけたりという善意からくるものであって、ちょっとイイコトしてやろう、などという下心に起因するようなものではないだろうな、というのは、二人の共通見解だった。もちろん、口には出さなかったが。
「ナンパですか……」
あぁ、まだ気にしている、と彼女は俯いたまま、信号が変わるのを待っていた。気まずい、気まずいとぐるぐると巡る思考と、どうやってフォローしたらよいのだろう、という思案とが、歩行者用信号が赤の間ずっと、彼女の中にあった。
「……コホン」
そんな彼女のぐちゃぐちゃっぷりを知ってか知らずか、クリスは咳払いをして姿勢を正す。え、と思ってクリスを見上げた彼女の方へ、少し身を屈めて顔を近づけて、重力に引かれた髪の一筋を耳にかけながら、クリスはふわりと微笑む。見つめる目は、少し情熱的に見えた。
「すみません……あなたがあまりにも綺麗だったもので、つい声をかけてしまいました」
「はひぇっ!?」
え?とはい?とが混ざり合った自分の返事は、彼女にとっては、随分間が抜けているように聞こえた。我が耳を疑って、え?!ともう一度聞き返すと、クリスは頬を赤らめながら、さらに大胆に、今度は彼女の両手を、両手でふんわりと包んで言った。
「よろしければ、私に少しだけあなたの時間を分けていただけませんか?」
あ、これ宗教の勧誘かな?と、散らかった頭が誤答を弾き出す。そんなわけないでしょう前後を考えて、とわずかばかりしか残っていなかった彼女の冷静であろうとする部分が、その――これは、古論クリスの貴重なナンパシーンではないのか?と正解を弾き出して、それから後は、顔が真っ赤になるばかりとなった。
「うわ、うわっ」
「あの」
「うわぁっ……」
「す、すみません、調子に乗りすぎました!」
「いえ、あの、どんどん乗って!?」
「どんどんですか!?」
確か、つい先ほど、信号が赤に変わったあたりでは、並んでいた二つの顔はどちらもきょとんとしていたはずだったのだが。
「そこで本気出さないでください!」
「私の本気はこんなものではないはずですよ!!」
「気になるけど心臓に悪い!!」
今は勢いをつけた真っ赤な顔に、取って代わってしまっていた。
青になった信号、動き出す人の波に乗って。二人はまだ、頬に赤を残したまま事務所への道を歩くしかなかった。