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ほんまる動物病院 観察記録(4)

全体公開 23 6733文字
2019-01-23 19:32:38

獣医パロ第4段です。今回は髭切先生中心に、+膝丸先生と鶯丸先生。このシリーズはただの観察記録なので、甘さはありません。*駆血血を取る時に、血管を浮き上がらせること(大包平先生参照)

Posted by @ayame0601s



 イケメンの集う、ホストさながらの動物病院に勤め始めて、早半年。なぜこんなにも眉目秀麗な男性に囲まれなければならないのかと、男性苦手症の私は幾度となく悩んできたけれど、やっと……やっと少しずつ慣れることが出来てきた。
 お顔立ちが良い、ということは、作りそのものが美しいということ。中には、どこか中性的に感じる人もいて、その人に対しては、幾分緊張せずに接していけるようになった。

 極端な例が、受付兼看護師を担っている乱さんだ。

 乱さんが「彼」という認識に変わったのは、ついこの前である。あまりに可愛らしいその容姿に、唯一の女性だと喜んだのは、勤め始めてまだ間もない頃。おまけに鶴丸先生のお墨付きであった。そもそも鶴丸先生がその「嘘」のお墨付きをくれたおかげで、私はつい最近まで、乱さんを女として疑わなかったのだ。それは私にとって良かったのか悪かったのか……

「だってなぁ。あの時きみ、拠り所がなけりゃ卒倒しそうな勢いだったぜ」

 鶴丸先生の言い分である。

「まあ人間は門外漢だが、倒れても点滴ぐらいはとってやれるがな」

 そうケタケタ笑う彼に、悪気はないのだと悟った。
 そういったわけで、唯一「彼女」と思っていた乱さんは「彼」だったのだ。
 けれど一つ言えるのは、乱さんが男性だと発覚した後も、変わらず接する事ができたということ。それは、乱さんの明るく優しい人柄があるからこそ、なのかもしれないけれど、見た目も幾分影響しているのかもしれない。
 そう考えてみると、どことなく中性的な顔立ちの鶴丸先生に対しても、だいぶ慣れてきた、気がする。

 あとは、髭切先生。体格は、高い身長だったり厚い胸板だったりで男らしく、最初はもちろん苦手の対象だった。けれどその端整な尊顔は「美人」という表現も似つかわしく、柔らかい雰囲気は緊張を和らげるものがある。
 柔らかい、というよりは、気の抜けた、という表現の方があっているかもしれない。
 こちらが肩に力を入れていても、そのふんわりとした空気感を前にすると、自然と力が抜けていくような。

 髭切先生は、なかなかおおらかな性格だ。細かいことを気にしない。
 第一印象がパンツ一丁の鶴丸先生も、あまり細かいことを気にしないタイプだけれど、髭切先生はそれを上回るように感じる。
 鶴丸先生は、動物の名前を覚えない。犬はみんなワン太郎だし、猫はニャン吉だ。
 髭切先生も、名前を覚えない。

「あ、腰イタわんわんの、えーと、キタロウのリハビリしないと」
「椎間板ヘルニアのコタロウは、さっきリハビリ室へ行ったぞ」
「そうだ、ニャニーの血検もしなきゃね」
「どのニャニーだ」
「小雪ちゃん」
「ああ、惜しいが小夏の事だな」

 膝丸先生とのそういう会話を、よく耳にする。一瞬、デジャブを感じた。けれど、名前を全く覚えない鶴丸先生よりは、髭切先生の方がまだ名前を言えている。ただ、いつも若干惜しい。
 名前を覚えない獣医師が一人だろうが二人いようが、ここのスタッフにはあまり問題ないらしい。
 髭切先生と膝丸先生は、どうやらご兄弟のようだった。それなのに、兄である髭切先生は、弟の膝丸先生の名前をよく忘れている。
 初めて髭切先生たちと交わした挨拶は、今でも覚えている。あの時、髭切先生はトイプードルを抱っこしていた。ちょうど、入院の子の朝処置だったためだ。

「ああ、はじめまして。僕は髭切。この子は昨日避妊した……えーと、避妊したミニーちゃんで、こっちが弟の……弟、の……つまり僕たちは兄弟なんだ」
「君が、院長の姪っ子さんか。はじめまして。ちなみにこの子は避妊したラミーちゃんで、俺の名は膝丸だ」

 髭切先生は、名前をあまり気にしない。気にしない、というよりはどうでもいいらしい。実の弟の名前も忘れるなんて、と、あの時はただ唖然とした。まさか、生き別れの兄弟だった、というような事情があるのだろうか。
 そう思ったこともあったけれど、二人は仲が良さそうだったため、そのうち気にならなくなった。

 それにどうやら、髭切先生は本当に忘れているわけではなさそうだった。手術の最中、彼はきちんと膝丸先生の名前を呼んでいる。
 髭切先生は、外科が得意らしい。帽子にマスク、手術着と手袋を着用した髭切先生は、海外の医療ドラマに登場しそうな出で立ちだ。とても様になっている上、雰囲気ががらりと変わる。ふわふわした雰囲気は、一変して凛としたものに。マスクと帽子で顔の大半が隠れ、唯一見えているその目元は、精悍な印象を受けた。

「うん。すぱすぱ切っていこう」

 そう言いながら執刀する彼は、手術自体が速く、的確だった。その上、突然の出血にも慌てることなく、冷静に対処している。
 あれは、お腹の中にできた大きな腫瘍を摘出する手術だった。腫瘍は、とても血管が豊富な上、「癒着」といって他の臓器や粘膜にくっついることが多い。その場合は、腫瘍を取る最中に出血を起こしやすいのだけれど、一度それを目の当たりにした時があった。

……おや」

 その呟きと共に、今まで順調に進んでいた髭切先生の手が、ほんの一瞬だけ止まった。しかしその後すぐに、ガーゼを掴んでお腹の中へ押し込む。白いガーゼは、どんどん血で赤く染まっていった。

「やってしまったね。出血点を探すよ」

 手術室に緊張が走る。執刀医は髭切先生。助手の鶴丸先生は、髭切先生のサポートをする。ヒト医療で言うオペ看の役割も、鶴丸先生が担っていた。必要な器具を髭切先生に渡したり、術野が見やすいようにサポートをしている。
 麻酔医は、膝丸先生の役割だった。この日は麻酔担当でも、もちろん膝丸先生が執刀する日もある。
 その日によって担当が変わるけれど、髭切先生が執刀の時は、だいたい膝丸先生が麻酔を担当していた。

「膝丸、血圧は?」
「少し下がっているが対処している。他は問題ない。兄者はそのまま続けてくれ」

 麻酔のせいで動物が死ぬこともある。以前、膝丸先生は言っていた。
 術中の麻酔管理に見逃しがあってはいけない。知識不足も許されない。執刀医が施術に集中できるよう、麻酔の方まで気を回す必要のないようにしなければならない。緊急時は迅速に対応しなければない……など、麻酔の大切さを特によく教えてくれたのは膝丸先生だった。

「出血してるのはどーこーかーな。おっ、あったあった、ここですよ」

 場数を踏んでいる為か、髭切先生は滅多なことで動揺しないし、焦らない。
「兄者はあえて、どんな時も緊迫した空気を作らないようにしているのだ」膝丸先生の言葉だった。焦りが生まれると、上手くいくはずのものも上手くいかないのだと。なるほど、と思った。しかしそうなるには、相当な経験も必要なはずだ。

「無事に終わって良かった」

 術後、麻酔の覚めかけた動物にそう微笑みかける髭切は、安心したかのように息を溢した。いくら緊迫した空気を作らないようにしていても、やっぱり緊張はするのだろう。
 真っ赤に染まっていくガーゼを思い出す。あんなに大量な出血に対し、冷静で的確なアプローチが出来るなんて。
 髭切先生は、まだ眠っている動物を優しく撫でている。その手で、一体どれ程の修羅場を乗り越えてきたのだろうか。

「早く良くなろうね。膝丸」
「先生……その子は蘭丸です」

 手術が終わって、すっかりいつも通りに戻った髭切先生の横で、膝丸先生が悲しそうな顔をしていた。


 髭切先生に対して苦手意識が薄れたのは、その見た目からして柔らかい雰囲気ももちろんのこと、私に対してもその雰囲気のまま接してくれるからだ。
 いくら私がどんくさくても、彼は決して怒らない。
 私は、留置針(りゅうちしん)が大の苦手だ。
 点滴をするために、前足の血管の中へ「留置針」と呼ばれる針を入れる、という作業をまずしなければいけないのだけれど、それがいつまでたっても上手く出来なかった。

「針を刺して、血が返ってきても少し進めて、それから外筒を入れてごらん」

 髭切先生は、動物を支えながらも丁寧に教えてくれる。
 留置針は、針のまわりに柔らかい外筒があり、この外筒を押し込んで血管内に残すことになる。けれどこの作業が、私にとっては非常に難しかった。
 元から器用なわけでもなく、いつも3回に1回くらいしか成功しない。

「ありゃ。血管が腫れてきちゃった」

 外筒がスムーズに血管の中に入らず、引っかかる。同時に血管がぷっくりと腫れてきてしまった。針でつついた血管が破れ、内出血を起こしてしまったからだ。

「すみません……
「留置針入れるのって難しいよねぇ。それにこの子、足短いし」

 ねー、と同意を求めながら、髭切先生は動物に問いかける。
 足の短いこの子は、大包平先生が診ていたダックスフンドのアイちゃんだった。アイちゃんは髭切先生の問いかけに、目線を逸らしている。困り顔だ。それでも、アイちゃんは我慢強いし、いいこだった。
 それが余計に、申し訳ない気持ちになってくる。

「これはこれは。また、随分と難易度の高い子でやってるな」

 突然、後ろから穏やかな声がかかる。振り向けば、そこに居たのは鶯丸先生だった。
 鶯丸先生はアイちゃんをまじまじと眺めた後、「ああ、あの愛され体型の」と呟いた。

「そうか。大包平は今日休みだったな」
「うん。だから代わりに僕が行ったんだけど、数値悪くて。顔つきは割りとしっかりしてるんだけどね」

 髭切先生の診察は、間近で見学していた。柔らかい口調と、専門用語をほとんど使わない説明は、とても分かりやすいものだった。そんな説明に飼い主さんも納得をし、入院することとなったのだ。

「君はなかなか挑戦者だな。その子は難易度が高いだろう」

 鶯丸先生が、後ろからアイちゃんを覗き込みながら言う。

「鶯丸先生……
「ん? 悪いが、俺は鳥以外無理だ」

 助けを求めるも、あっさり断られてしまった。
 本当は、髭切先生に留置針を入れてもらうつもりだったのだ。足の短いアイちゃんは、見るからに針を入れるのが難しそうな体型。そのため、髭切先生にスパッと入れてもらおうと、そう思っていたものの。
 髭切先生は、「さあ、頑張ろうか」と言って、有りがたくも……有りがたくもその役割を私に与えてくれた。
 結果は予想通り、失敗して血管を腫らすこととなった。

「うーん。意識的な問題かなぁ」

 髭切先生はアイちゃんを撫でながら、考えるように唸る。

「なんかさ、針を刺す時もすごく自信なさげだし。本当はできるのに、苦手意識が強いんじゃないかい」

 苦手意識が強い、と言われて、確かに納得するものはある。
「留置針を入れる」という言葉を聞くだけで、胃がキュウと縮みこむのだ。また失敗したらどうしよう、という不安が常につきまとっている。

「苦手意識は……あります。どうしても難しくて」
「もっと言い聞かせが必要かもしれないよ。自分は出来るんだって」
「言い聞かせ、ですか」
「うん。ほら見て。この子、実はとても入れやすそうに見えないかい」

 アイちゃんと視線が合う。上目遣いで、どこか心配そうに私を見ている。そんな彼女の前足へ視線を落とし、内心で溜め息をついた。
 その短い足は、やっぱり残念ながらSクラスの難易度にしか見えない。

「まあ、そんなに焦ることはないだろう。ゆっくり出来るようになればいいさ」

 私の隣へ来た鶯丸先生が、いつもの笑みをたたえてそう言った。
「うん、確かにねぇ。焦らない焦らない」髭切先生も同意する。
 にこにことした笑顔が二つ、こちらに向いている。それはまるで孫へ向けているかのような、このままお茶でも飲み始めそうな、ゆったりとした雰囲気だった。
 なんて優しい世界なんだ、と思わず感動を覚える。

「あ、そういえば」

 髭切先生が突然、何か思い付いたように言った。

「君は、あれ知ってる?」
「あれ?」
「前にさ、CMでやってたやつ。YDK、だったかな」

 髭切先生の言葉に、そういえばそんなCMもあったな、と考えを巡らせる。隣では鶯丸先生が「わいでぃー、けー」とおうむ返しをしていた。
「やればできる子」を略してYDKと歌っていた、某塾のCMが頭の中で流れ出す。
「それって、塾のCMですよね?」そう問えば、髭切先生は「そうそう」と頷いた。

「焦らなくてもいいけど、苦手意識は克服しておいた方がいいんじゃないかな」

 そう言って、にっこりと彼は微笑む。同時に、アイちゃんの前足をスッと私へ向けた。
 先ほど失敗してしまった前足とは、逆の前足だった。

「だからさ、先生。YDKだよ」

 その言葉の意味するところは、こっちでもう一度挑戦してごらん、ということなのだろう。
 焦らなくてもいいとは言ってくれたけれど、今は逃がしてくれないらしい。なかなかスパルタである。
 アイちゃんの前足をじっと見つめる。
 もし、こっちの足でも失敗してしまったら──こっちの足の血管も、腫らしてしまったら。この後、この子に点滴を入れる場所がなくなってしまう。そう思うと、今まで以上のプレッシャーが押し寄せてきた。

「不安にならなくても、大丈夫だよ」

 髭切先生の言葉に、顔を上げる。
 彼はその目元を和らげていた。

「君が失敗しても、僕がちゃんとカバーしてあげる」

 声も表情も、とても柔らかいものなのに。その言葉は芯の通ったもので、頼もしさを感じた。それは手術の時に見るような、毅然としたものだった。

「さすがだな。大包平なら、プレッシャーを与えるだけ与えていただろう」

 楽しそうに笑っている鶯丸先生に、「彼、声がやたらと大きいもんねぇ」と髭切先生も笑う。
 二人の和やかな空気に、自然と肩の力が抜けていくようだった。

「どう? やってみるかい」
「はい……頑張ってみます」

 差し出された前足の毛を刈り、アルコール綿で消毒する。
 髭切先生の駆血(くけつ)はバッチリだった。たるむ皮を引っ張り上げ、血管がしっかりと浮いている。
 やればできる子、YDK。
 確かに、自分はできるのだと、断定して言い聞かせるのは良いことかもしれない。
 
「入れます」
「うん。大丈夫、YDKだよ」
「はい。……
「お、いいね。そのままもう少し進めて」

 髭切先生の言うとおり、血が返ってきても少し針を進める。それでもまだ血は返ってきていた。ちゃんと血管の中に入っているし、血管自体も腫れていない。そのまま、外筒を押し込んだ。

「おおっ、入った」

 髭切先生の感嘆の声が聞こえる。
 入った……と我ながら驚いた。まさか、YDKが効くとは。
 入ったことに安堵しつつ、針の部分と点滴のラインを繋げた。

「すごいじゃないか。正直、俺なら誰かに押し付けるな」
「いやぁ良かったよ。この子、正直カバーできるか難しいところだよねぇ」

 ははは、と声を立てて笑う二人の先生方は、何とも穏やかなものだった。それはいいとして、髭切先生の本音が気になるところはある。
 入って良かったと心底ホッとしつつ、私にもできた、という自信に繋がったことが、何より嬉しかった。
 やればできる子、YDK。この呪文はすごいのかもしれない。

「ところで、わいでぃーけー、とは何なんだ?」

 鶯丸先生は、どこかカタコトの発音で髭切先生に問いかける。「ああ、それは」と髭切先生は口を開いた。

「やればできるかも? の略だった気がするよ」

 いつもの調子で彼は言う。鶯丸先生は、なるほど、と納得していた。
 髭切先生……それでは、言い聞かせというより賭けの要素が強いのでは。
 そう思いつつ、要は気の持ちようだと教えてもらった気がして、あえてツッコミを入れなかった。




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