@KLEAM_SAN
キャメラの部下となった大型新人・カムパネルラが、最初に“それ”を作ってきたのは、彼が配属されてから三日目のことだった。
「先輩のためにお弁当を作ってきたんだ。第三世代は、基本的に身体は人間に準ずるんだろう? お昼ご飯がお菓子だけというのは、健康に悪いだろう」
昼休み、そう言って半ば押し付けられるようにして渡されたのは、卵やハムを挟んだサンドイッチだけの、簡素な弁当。それは、サンドイッチに良しも悪しも無いだろう、と断じていた価値観を、根本から覆す美味さだった。
卵サンドは万人受けする味付けながら、既製品とは明らかにグレードが違う。ハムサンドはキャメラの嫌う葉野菜が使われていたが、我慢して食べてみればそれは茹でられたものだった。
「こ、こんなに手の込んだもの、ただで貰うわけにはいきませんわ……」
「じゃあ、今度代わりに食材や調理器具を買ってくれないかな。僕は料理が趣味なんだが、今は先立つ物が足りなくてね」
「そんなことで良いのなら、いくらでも」
並べられた小さなサンドイッチを、キャメラは存外あっさりと平らげてしまった。普段であればこの半分の量しか食べないのだが、食が進みすぎたらしい。少しお腹が苦しくなっていた。
「あ……ごめんなさい、カムパネルラさんの分が……」
「いや、元々これは君のために作ってきたものだ。僕は食事が出来ないからね」
弁当箱を片付けながら、彼は柔らかな微笑みを湛えたまま言う。さらりと打ち明けられた重大な事実に、キャメラは思わず瞠目した。
「食べられない、って……クロシドライトさんたちはモリモリ食べてますけど」
「ああ。あの子は五体満足みたいだからね。……僕は見た目も酷いが、中身も大分傷ついているんだ。はらわたの大半がぐちゃぐちゃにされたから、食べても消化が出来ない」
「……それは、お気の毒に」
「心配、ありがとう。そんなわけで、料理をしたくても食べる人がいないと無駄になってしまう」
カムパネルラは微笑みのまま、やれやれ、と肩を竦める。眇めた赤い瞳は、どこか遠くを見るように宙を泳ぎ、一抹の寂しさを滲ませた。
「だから、またお弁当を作って来てもいいかな。先輩のために」
「良いんですか? 私なんかのために」
「ああ。僕なりの親しみの形だと思ってくれよ」
「……じゃあ、ふたつわがままを言っていいですか?」
「聞くだけ聞こう」
「その、量は今日の半分くらいが丁度良いです。それから……もしよろしければ、今度お料理について教えてもらえませんか?」
今度はカムパネルラが驚き瞠目する番だった。彼は何度かぱちくりと瞬きをして、背を屈めてキャメラの頭に耳を近づける。
「教える? 僕が?」
「ダメでしたか? カムパネルラさん、多分物凄く料理上手ですよね? サンドイッチ、凄く美味しかったし……」
「いや、構いはしないのだが」
背を丸めたまま、カムパネルラは難しそうな顔で考え込んでいる。バランスを保つことから意識が逸れたのか、左の義足がやがて宙に浮いたところで、キャメラは彼の腕を掴んで手近の椅子に座らせた。向き合って話すには、彼に座ってもらって自分は立っているのが丁度良い。
「……僕は人にものを教えた経験があまりなくてね。それでもよければ、喜んで教えよう」
「やった、ありがとうございます! じゃあ、次の休日にでも」
142年生きていても、経験不足な分野が有る。見た目や雰囲気も相まって、いまいち近づき難い印象を抱いていた相手だったが、ふと親近感が湧いた。
「僕に作れるのなんて、ああいう弁当向きの料理か、そうでなければ手間の掛からないのばかりだがね……」
「お察しの通り、私はそれすらあまりやってこなかったもので。ふふ、よろしくお願いしますね、先生?」
先生、と呼ぶと、カムパネルラは微笑みを居心地悪そうに歪めた。彼の崩れた顔の左半分に、星のような煌めきが不規則に走る。
「……仮にも上司の立場である人に、『先生』と呼ばれるのは奇妙な心地だ。それはやめてくれるかな」
「あら、そうですか? じゃあ、やめておきますね」
* * *
自然発生的な休戦の下、エナには俄かに和やかな空気が流れている。商店街も例外ではなく、宣伝の声と行き交う人々で穏やかに賑わっていた。すれ違う中に、知っている顔が見えたりもする。
「先輩は、どんな料理が作りたいんだい」
「そうですねー……私、あんまり器用じゃないので、失敗しづらいのとかが良いです」
「抽象的な指定だね。わかった、どんな食材が使いたいかとかは有るかい?」
「……私、基本的に野菜は苦手なんです。ですからそのキャベツは買わないでください」
「野菜嫌いは察しているよ。でも、茹でたりしてあればいけるんだろう?」
あまりに的確な推察に、キャメラは目を瞬かさせた。この青年は名探偵か何かなのだろうか。手頃な野菜を選びながら、カムパネルラはニヤリと目を細める。
「観察眼には自負があるのさ」
「それも、年の功ってやつですか?」
「そうかもしれないね。さて、他に興味のある食材はあるかい」
再び話題を振られて、今一度辺りの品揃えをぐるりと見回す。ふと、卵が並んでいるのが目に留まった。自分の好物というわけではないが、以前の快気祝いのパーティーの記憶が蘇る。大鐘堂軍将軍アレクセイが、卵料理を好物だと言っていたことを。
「……卵料理って、どんなのが有りますか?」
「中々良いものに目を付けるね。卵は栄養バランスが良いからね、お弁当を作る時にはいつも使っていたな……勿論、知る限りのレパートリーをお教えしよう」
「ぜひ、お願いします」
声音が揺れるのを抑えようとしている自分に気づいて、キャメラは内心首を傾げた。だがその思惑の正体を自覚するより先に、カムパネルラがさこさこと歩き出してしまう。
片足が義足とはいえ歩幅の差は大きく、放っておくとどんどん引き離されそうだった。慌てて追い縋る。
「しかし、卵が好きだとはまだ見えていなかったな」
「……たまたまですよ、気まぐれです」
「そうかい?」
「ええ」
思案は中断し、そういうことにした。カムパネルラの隻眼が、また目敏く煌めいた気がしたが、気にしないことにした。
材料と道具を揃えたら、兵舎の厨房を借りて実践をすることになる。両手が使えるようになってからは、時折料理をすることもあったが、腕はまだまだ自慢できるものじゃない。
美味しい食事というものを思い出すためにも、カムパネルラにはみっちりしごいてもらわなくてはならない。キャメラは気合を入れ直し、部下の背を見上げた。