@akirenge
【午後の過ごし方】
「明日は一日分館が休みだし、あたし達、居ないから」
浄化専門の帝國図書館分館にて特務司書の少女は宣言した。あたし達と複数形になっているのは、帝國図書館分館の管理者のことも、
含めているのだろう。
「何処か出かけるの?」
「もう一つの仕事の方を片付けてくる」
「そうか。そちらも大変だな……館長補佐も仕事を片付けるだけ片付けて、そちらを手伝うと言うし」
河東碧梧桐が聴くと特務司書の少女が告げる。彼女の話を聞いた館長が納得していた。館長も忙しい人であり、特務司書の少女も数日ぶりに顔を見た。
分館の貸し出しカウンターに特務司書の少女が座っていて、碧梧桐と館長は側に立っていた。
「やばくなったら連絡が入るようにはなってるけど、とにかく一日、休みだから」
「分かったよ。司書さん。司書さん、休みは……」
分館が休みであっても、本館はやっている。逆に本館が休みの時も分館はやっている。有碍書の浄化もしないのだ。こういう日は、たまにある。
その間も司書は休んでいるかというとそうではない気がしたので碧梧桐が心配そうに聞いた。
「向こうでごろごろしてるから。休んでるんだよ」
心配しないでと言うように特務司書の少女が言う。
「俺も休みが欲しいところだが長期の休みが取れなくてな」
「館長補佐が向こうの仕事の手伝いが終わったら、頑張って三泊四日、せめて一泊二日は頑張ってみるって」
「ありがたいが……休むための休みと何かをやるための休みってのは年を取ると必要になってきて」
「大変だね」
館長ではないと出来ない仕事というのはいくつも存在している。館長補佐が仕事を片付けているにしろ、完全にはなくならないし、館長の休みは開かない。
大変だねとしか特務司書の少女は言えなかった。
二日後の午後、特務司書の少女は司書室で一人、喜んでいた。
「届いた……」
彼女のもう一つの仕事、歴史を守る方の仕事で動きが有り、先遣隊として自陣を動かしてデーターを取ったり、敵を倒したりしたら追加ボーナスが当たった。
仕事は向こうでは二週間しているが、休みはきっちり取っていた。
その追加ボーナスで彼女は欲しかった服を購入したのだ。好んでいる服は高い。
こちらに来るときに陣地の方に段ボールで届いたので持ってきたのだ。いそいそと彼女は段ボールから服を取り出していく。
司書室には鍵がかかっているし。カーテンも閉めてあるので着替えられる。暖炉には薪をくべて燃やしているので部屋はとても暖かい。
早速届いた服を、特務司書の少女は着始めた。
碧梧桐は親友である高浜虚子から書類を預かっていた。特務司書の少女が上に出す予定の書類を添削したものだ。
「きよ、添削は真面目にやってるし」
俺が見なければ誰が見るんだという勢いで虚子は書類を添削して渡していた。
かなりの義務感を持っている。そして虚子はというと、小説を書きに戻っていた。碧梧桐もそうだが、虚子も小説を書いている。
師匠である正岡子規は小説の才能は無いと諦めてしまったが、虚子は生前、川端康成に虚子の晩年、小説を褒められていた。碧梧桐も落ち着いたら、
また小説を書きたいとは片隅で想いつつも今は俳句である。
「司書さん」
司書室の前に付き、ドアをノックする。いきなり開けることなんてしない。失礼だからだ。
「ちょっと待っててー」
「きよが添削した書類、持ってきたから」
ありがとー、と特務司書の少女の声がする。しばらく待っていると入って、と言う声がした。扉の鍵が開く音がする。
碧梧桐はドアを開けた。
「碧梧桐さん、書類、持ってきてくれたんだ」
明るく、碧梧桐の目の前で特務司書の少女は笑った。
碧梧桐は硬直してしまう。彼女が着ていたのは黒を基調としたジャンパースカートだった。その上に着物の袖の黒色のジャケットを羽織っている。
「……服……」
「もう一つの仕事でボーナスが出たから買ったんだよ」
もう一つの仕事については碧梧桐は聴いたことだけがある。この世界ではない別の世界の歴史を守る仕事だと言うが、何にせよ、彼女は何かを守っている。
足下の靴下は長いし、靴も厚底だ。厚底の靴によって身長はいつもよりも少しだけ高くなっている。
「靴とか、危なくない? 底」
「バランスはそこそこに取れるから平気。コートとかもいいのを買ったの」
「いっぱい買い物、したんだね」
「したよ。書類見てから、他のみんなにも見せてくる」
特務司書の少女は碧梧桐から書類の入った封筒を受け取った。他のみんなにも見せてくると彼女は言った。つまり、この服を始めて見たのは碧梧桐だったのだ。
見せびらかしてくるらしい。
「司書さんの……服……」
「服? いくらかって?」
碧梧桐はとにかく、言ってみることにした。自分の気持ちをだ。
「いくらかは聴かないけど、その、似合ってて……可愛いから……」
「ありがと! 好みの服なの」
特務司書の少女は心底、嬉しそうに微笑んだ。特務司書の少女は自分が着たい服を着ている。碧梧桐は深呼吸をして慎重にどうにか、彼女に
言いたいことを言うことにした。
「俺が一番に見られて嬉しいし、他の誰にも見せたくないっていうか。すげえ、可愛いから。可愛いし……綺麗だから……服、似合ってるよ」
語彙というのは消失してしまうのだ。
文豪として失格かも知れないが、綺麗な飾り付ける言葉を並べるよりも素直に河東碧梧桐は伝えることにした。伝わってるだろうか? となってしまったが。
碧梧桐の顔は赤い。
どうにかして、碧梧桐は特務司書の少女の顔を眺める。彼女の顔も赤かった。
「そ、そこまで言って貰えると買ったかいが……歴史を守った甲斐があったんだよ」
照れくさそうに特務司書の少女は言う。照れているのだろう。
「……俺、見られて良かったよ」
「凄く喜んで貰えると……あたしとしてはこの服で出かけたいなって」
「出かけるんだったら。付き合うよ。仕事、終わってからになるんだろうけど! 行きたいところ、付き合うから」
「仕事、終わらせるから! 添削したのを書き足して出すだけだから!! 座ってて! ……って虚子さん」
特務司書の少女が執務机に向かう。部屋にはソファーセットが出されていたので碧梧桐は座った。暖炉で部屋が暖められているが、
それとは違う暖かさが碧梧桐や特務司書の少女を満たす。特務司書の少女は封筒の中身を机の上に広げてから、叫ぶ。
「きよがどうしたの」
「中身が添削した書類じゃなくて虚子さんの書いた小説だ。――良し。仕事は辞めて遊びに行こう」
中に入っていたのは添削された書類ではなく、原稿用紙であり、虚子が書いた小説であった。封筒の中身を間違えてしまったらしい。
特務司書の少女は封筒の中身を丁寧にしまってから宣言した。
「司書さん、それ、良しにしたら駄目なような」
「後で何とかするよ。あたしは碧梧桐さんとこの服で出かけたいし、仕事のやる気は今ので削がれた」
やる気が完全に無くなってしまったらしい。仕事は放り投げてしまった。
「……きよに謝るしかないかな」
「謝れば良いよ。出かけよ」
封筒を彼女は引き出しの中にしまう。碧梧桐は肩をすくめた。成り行き任せで行き当たりばったりで、計画性がないのだけれども、
そういうのも、悪くはない。虚子が間違った封筒を渡したことで二人はやや冷静になりつつも、
「土産で許してくれるかな」
「賄賂だね。必要なものとか、欲しいものを手に入れてこよ」
(欲しいものは、手に入ってるみたいなものだけれども)
さっさと出かけることにする。着飾った特務司書の少女の手を碧梧桐は勇気を出して掴んだ。特務司書の少女は握り返してくれる。
着飾った彼女と普段着の彼は司書室を出て、町中へと出かけていった。
【Fin】