@toasdm
「なん……ですか」
「見てわからないかい?」
最も適した効果音は、恐らく「でんっ!」だろう。彼女の目の前に置かれたのは、やけに存在感のある大振りなおにぎりだ。
「具はオーソドックスに梅干しだぜ?」
「いえ……具は正直どうでもいいというか……どうやって食べたらいいんですか」
「お前さんの口のサイズに合わせてやりたかったんだが、なんせこの手じゃ難しくてな」
ひらひらと、雨彦は彼女に手を見せる。この手で握ればこうなるか、とおにぎりとその手とを見比べて、彼女は納得する。
「すまないが」
すっかりおにぎりの方に意識が向いていた彼女の、隙だらけの両頬を摘んだのは、その大きな手からすらりと伸びた指だった。
「ふぇ!?」
「お前さんの口の方を合わせてやってくれよ」
ニヤニヤと笑いながら、雨彦は徐に彼女の両頬を引っ張る。それにつられる形で唇は横へと引き伸ばされて、彼女は抗議の声を上げるが――。
「なにひゅるんれひゅか~~~!!!!」
言葉は、ぎりぎり、意味を成していなかった。
「っははは! ああ、お前さん面白い顔だな」
爆笑する雨彦の手を振り払い、彼女は今度は、引っ張られていた頬を膨らませる。
「引っ張っても口は大きくなりませんっ!」
「そうかい」
まだ笑いの残る返事をしながら雨彦は、大きな一口でおにぎりを頬張る。
「ん、結構うまくできてるじゃねぇか」
「大きさ以外は、ですけどね!」
雨彦は三口くらいでぺろりと平らげたが、彼女はその何倍もの時間をかけて、ゆっくりと、「でんっ!」のおにぎりと格闘した。
――その格闘から、数日経った日のこと。
「あ、大福ですか!」
「お前さん目ざといな」
雨彦が袋から取り出したのは、塩味のきいた豆大福だ。
「先日の握り飯の詫びさ」
食うかい?と雨彦が差し出したそれを、彼女は嬉々として受け取る。奪い去る、と言った方が近かったかもしれない。
「んーーーーーーー♪」
雨彦が茶を用意するのも待ちきれず一口頬張った彼女は、歓喜の声を上げている。
「ほっぺた落ちちゃうーーー!」
「そいつは困るな」
やれやれ、と二人分の茶を用意して、雨彦も大福を摘む。
「……確か、このくらいだったか」
瞬間、指先は、その大福の感触に良く似た彼女の頬の感触を思い出す。何がですか?と茶をすする彼女の前で、雨彦はぼんやりと、記憶を手繰り寄せていた。
めっちゃかわえかったなぁ、どないしたろか思っとった。後からもっぺん摘んだろか思ったくらいやったなぁ。
手繰り寄せた感触の記憶と、彼女の反応の可愛らしさに、雨彦の口元はニヤリと歪む。きょとんと雨彦を見つめる彼女に悪戯めいた笑みを返して、雨彦は言った。
「お前さんのほっぺたの感触さ」
思考よりも、行動の方が早かった。あの時の雨彦の「後から」は「今」になった。
「にゃああああ! ひゃめひぇーーー!」
どれ、とつまんで引っ張った頬の感触は、記憶の中と同じだった。
「はははは、ああ、似てるな、似てる」
鮮明になった感触と良く似た大福を二口程度で食べきる雨彦を、彼女は涙目になって恨み言を言う。
「うぅぅ~~~~……雨彦さん嫌いぃ……」
「……」
少しだけゾクゾクしたのは、そんな彼女をまた「可愛い」と思ってしまったせいだけではないと、そんな気がしてはいたのだが。
「はは、悪い悪い、すまなかったな」
不貞腐れる彼女の頭を撫でながら、どないしたろか、と雨彦は今度こそ、彼女の言動に翻弄されている自分をコントロールできる自信をなくしてしまっていた。