「義務教育にも取り入れられてるくらい日本人は英語に馴染みがあるから、口には気をつけた方がいいよ、って教えてあげただけだよ」
英語でキレるまいたるのお話です。
@toasdm
下卑た視線を感じて彼女が振り向くと、ニヤニヤと、外国人観光客らしい二人の男が彼女を見ていた。品定めをするような視線と、聞き取れない早口の英語に、何かを言われてはいるが何を言われているかわからない気持ち悪さと、恐らくは、ろくでもないことを言われているのだろうという嫌悪感を感じて、どこかへ逃げ出したい、と彼女は俯いた。
一度気になってしまうと何もかもが気になって、無視することが難しい。ああ、またこちらを見ている、とスカートの裾を直した彼女に、ヒュゥ、と口笛を吹き始めたその二人の男から、距離をおきたかったが、彼女は今、担当アイドルと待ち合わせ中だった。早く来て、とスマートフォンで時間を確認するが、彼女はいつものように、待ち合わせ時間の十五分前に着いてしまっていた。あと十五分、なんとか耐え切れるだろうか、と手のひらの中の世界に逃げ込むように、彼女はメッセージアプリを起動した。
舞田さん、どこにいますか?
催促にならない程度の催促に留めようとした彼女が、メッセージを、震える指先でちまちまと入力している時だった。
「You may not know this」
「え……」
聞きなれた声が、耳慣れない言葉で、聞きなれない語調で耳に飛び込んでくる。思わず顔をあげた彼女が声のした方を見ると、今一番待っていた後姿が、先ほどの、下卑た笑いの二人組に立ち向かっていた。
「but most Japanese people are familiar with English」
「Huh?」
綺麗な発音で、強く言い放つ類は、まるでその二人から彼女を守るように、彼女に背中を向けたまま、二人の男に、今にも食って掛かりそうな調子でまくし立てている。
「Watch your mouth! NEVER JAPE MY SWEET!!」
体格差はそこそこあったが、類の勢いに気圧されて、二人組は雑踏へと消えていった。はぁ、と溜め息をついて振り返った類は、彼女にパァっ、と笑顔を見せて近付いてきた。
「プロデューサーちゃん、遅くなってごめんね!」
「い、いえ……」
先ほどまでのギラついた類はどこかへなりを潜めて、彼女の目の前にはいつもの、太陽のような類の笑顔があるばかりだ。さっきのは別人だったのだろうか、と勘ぐってしまいそうなほどのギャップに多少驚いて、彼女は類と歩き出す。
「あの」
「さっきのEnglishかな?」
全て言わなくても察してくれるあたりが類らしい、と彼女は少しだけ、笑う余裕を取り戻す。たいしたことは言ってないよ、と彼女に落ち着きを与える笑い方で、類は言った。
「義務教育にも取り入れられてるくらい日本人は英語に馴染みがあるから、口には気をつけた方がいいよ、って教えてあげただけだよ」
その割にはやけに語調が強かったように思ったが、類がそう言うなら、そういう意味なのだろう。
流石ですね、と流してくれて本当によかった、と、内心胸を撫で下ろしていた類の気持ちも知らないまま、彼女は類の隣で、すっかり落ち着きを取り戻して笑っていた。