@mgi_00
※ネタバレ記事です。まだ観てない方は読まないでください。
復活のルルーシュ公開おめでとうございます!
賛否両論あると思いますし私もかなり言いたい事があるにはあるのですが、モヤモヤについては前の記事で散々書いて幾分かスッキリしたので、ここではちゃんとした感想を書こうと思います。
個人的にはとても良くて、復活を観られてよかった、コードギアスが好きでよかったという幸せな気持ちで満たされています。
最速上映と池袋舞台挨拶に行かせていただきまして、とにかく現時点で思っている正直な感想を書き残しておきたくて書いています。
復活、とてもとても良かったのですが、やっぱり思うところも多々ありまして、少し言葉選びが刺々しくなっている気がします。そこはごめんなさい。
感想を書く前にとりあえず簡単に私の立ち位置を自己紹介します。
・私はTVシリーズリアタイ勢で、TVシリーズを何より愛していますが三道も復活もとても楽しめました。ただ、TVシリーズの続きが観たかったなあという未練がいまだに消えず、劇場版4部作(敢えてそう書きます)はコードギアスであって私の知ってるコードギアスではなかったなあと感じています。
・自カプに自信満々のスザルル腐女子です。スザクくんルルーシュくんナナリーの三人の関係性が、私にとってこの世で一番尊く美しいものです。他カプの方が見たら不快に思う表現が多いかもしれません。
・正直なところ、現時点でですが、復活を観て、映画版のC.C.とシャーリーを愛せなくなってしまいました。この二人に関して、特にC.C.に関しては辛口な文になっていると思います。すみません。TV版の彼女たちが大好きだったのでどう処理していいものか自分でもよくわかりません。
※このあたりで合わねえなと感じたらそっと閉じて頂けると幸いです。
■私が復活を肯定できた理由
先にここから書きたいと思います。
チラチラと他の方の感想を見て思うことは、私が復活を楽しめたのはルルーシュくんとC.C.の関係性が恋愛に収束したようには見えなかった、その一点がでかいかなと思っています。
そして私としては、
・ルルーシュくんの復活にルルーシュくんとスザクくんとナナリーが全く関わっていないこと
・「復活」でのルルーシュくんスザクくんナナリーに、私の大好きな三人の人間性を感じられること
・三人の関係性が損なわれず不可侵であること
の三点が守られていれば最低限復活を楽しむことはできると思っていました。そして、私の中ではこの三点は守られました。
キャラ解釈とか色々あると思いますし、復活を見た全ての人の中でそうだとは勿論思っていません。むしろTLの反応とかチラ見する限り私が少数派なんだと思います。
だからいろんな方の意見をきちんと拝見する前に、ちゃんと自分の感じたことをメモとして書き留めておきたいと思います。
そして、ジルクスタン王国。
ここで懸命に生きる面々をとても好きになれたこと。
すべての人を幸せに導いたかに思えるようなゼロレクイエムが逆に追い詰めてしまった人々を、きちんと描いてくれたこと。
ゼロレクイエムの先を描くことで、全ての人にとってゼロレクイエムが終着点ではなく続いていく物語の途中であると描いてくれたこと。
その点に、私はコードギアスを感じることができました。
私にとっては、とても面白い映画でした。
そして私の信じるルルーシュくんには、スザクくんには、ナナリーには、私は会うことができました。彼らの明日が見られました。
それだけでも、復活が生まれなければよかったなんて、私には到底思えませんでした。
■ルルーシュくんについて
もう本当に最初の赤ちゃん返りしてしまったルルーシュくんはつらすぎて心が痛かったです。
ルルーシュくんが命をかけてでも変えたかった「姿を隠し、身をやつし、自由といえば唯一思考することだけ」の生活に逆戻りどころか、更に唯一の自由であり誇りであった「思考すること」すら抜き取った地獄。
他人に90点以上しか見せたくないと思っているルルーシュくんが、尊厳を重んじて生きていたルルーシュくんが赤ちゃん返りとかこんなひどいことある??
でも世界はルルーシュくんにきびしいものなんだ、それに抗うからルルーシュくんなんだ、だからここは物語のスタート地点としては合ってるんだ、あとは上がるだけだ…って自分に言い聞かせながら見てました。それにしたってつらい。
ルルーシュくんが時の歩みを止めないでくれと集合無意識に願ったせいでCの世界の理が壊れたというのは納得できました。
そのせいでルルーシュくんがあんな状態で復活させられてしまったということ、人々の心残りが世界を止めてしまっているということ、ルルーシュくんを失った人たちの悲しみが世界から退場したはずのルルーシュくんを引き止めてしまっていること。この辺がすべて繋がっていて、「復活」の物語をそういうものとして受け入れることができました。同時に、TVシリーズのC.C.はルルーシュくんの人生に触れて一人で前を向けた(と私は思っている)ので、これはやっぱりTVシリーズの続編としては見てはいけないんだと。
ただ、ここにはルルーシュくんの意思は関わることなく、私の中でルルーシュくんの人間性が損なわれることはありませんでした。
そして復活シーン。ここは無条件で息が止まったし涙がドバドバ出てしまいました。
だって復活の時の言動が私の思うルルーシュくんそのものだったんです。ルルーシュくんにまた会えた、嬉しい!って素直に思いました。
目の前で大切なものが踏みにじられようとしていたらルルーシュくんは抗う。それを一番に見せてくれたから受け入れられました。
なんだか復活したことを意外とあっさり受け入れたなあとは思いました。復活見る前はあんまりさらっと受け入れて欲しくないな~なんて思っていたのですが、なんか言動への納得感がすごくて意外と大丈夫でした。
というのも、平和な世界にポンと復活させられたならもっと動揺したり自分を責めたりできたんじゃないかと感じたんですよね。
でも実際目覚めたらいきなり目の前でC.C.が血まみれ、ロイドさんと咲世子さんが捕らえられ、話を聞けばカレンとスザクくんとナナリーが敵の手に落ちている。
私の知るルルーシュくんはどんな状況でも守りたいもののために自分を奮い立たせて頑張る子です。だから危機的状況を前に、考えるよりまず行動!ってなったんじゃないかなあって。
その証拠というか、復活してからルルーシュくんは自分を「この世界に生きているもの」として認識していないように思えました。カレンに「何か変わった?」と言われたのもそれじゃないかと解釈しています。
ちょっとこの辺はスザクくんとのことと関わってくると思うので後述。
ゼロの服を着る時、ルルーシュくんはランペルージを名乗りました。
これってどういう意味があるのかなと考えてたんですが、ランペルージは一度ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして世界を統べたルルーシュくんにとって、世界を統べるものでなく世界に抗うための名前になったんじゃないかなと思いました。世界を導く強者ではなく世界に抗う弱者であるからこそ、ゼロの仮面を被る資格があるのかなあって。
そして、ルルーシュくんがランペルージを嘘の名前と思わなくて良くなったのは、スザクくんがゼロの仮面を受け継いでくれたからだと思います。
ここについては別の可能性も含め何回か観て模索したいです。
あとルルーシュくんがかけるギアスが「この作戦の間だけ」とリミットをつけているのが嬉しかったです。どうにもならん時以外は他人の尊厳を重んじることを覚えたルルーシュくん。えらいぞ!
ナナリー奪還作戦前日についてはちょっと別件で語りたいので後述します。
VSシャムナ戦、めちゃくちゃ熱かったです!!!大好き!!!
ループ能力って強いじゃないですか、ルルーシュくんみたいな作戦で戦ってきたタイプには特に。そこに頭脳で立ち向かうルルーシュくんがめちゃくちゃルルーシュくんで、キャーーッルルーシュくんが反逆してる!!!って思いました。
シャムナさんについても後述しますが、めちゃくちゃ執念深い方で、もうこうなったら意地と意地の張り合いというか。ちょっとルルーシュくんと似た人だったなと感じています。
執念深く何度もループし、短い時間で的確に策を講じるシャムナさん、しかも命を奪えば逆にループされルルーシュくんが不利になる状況。
でも的確に策を講じれば講じるほど、その講じた策がルルーシュくんの考えるギアス能力の可能性を一つずつ潰していく。何度もループする相手に対し、ルルーシュくん達はたった一度の命で、たった一度の時間で挑まなければならない。ここがめちゃくちゃ熱かったです。
一度は諦めかけたけど、そこは私はしょうがないと思いました。まず、すべて読まれていては諦める諦めない以前に講じられる策がない。
そして、これは劇場版のルルーシュくんなんです、スザクくんとの関係以外は概ね順風満帆なゼロ活動を行ってきたルルーシュくんなんです。サイタマでコーネリア様にプライドをずたずたにされることもないし、スザクくんにボコられる回数も少なかったし、マオに負けることも、シャーリーを失うこともなかった。
ここに関しては特にサイタマの件とマオの件が大きくて、ルルーシュくんは作戦で負けたことがない。そんなルルーシュくんが、一度覚悟を決めて退場したはずの世界の中でなんとか自分を奮い立たせて頑張っている中で、あれだけみんなに大見得切って「勝てるから協力してくれ」って言った作戦が全部だめになる。自分の作戦で仲間が危機に陥る。自分の唯一の武器がまるで役に立たない。まあめげると思うんですよ。何もかも読まれている中では、自分が下手に指示を出すことで今度こそ大切な人の命を失うかもしれない。
ましてや、復活したルルーシュくんは自分は本当は関わってはいけない、でもナナリーのために今だけ、って思って戦っている。もしこの戦いでスザクくんやカレンが、コーネリア様が、扇や玉城が死んだら、ルルーシュくんは彼らに責任をとれないんですよね。でも、だからこそここで説得できるのは世界に対して無責任な今のC.C.だったのだと思いました。
私はループものとか世界線とかいう概念がものすごく苦手な人間でして、唯一の世界で決して巻き戻せない時間の中で生きている人間が大好きです。
コードギアスを観るにあたっても、ルルーシュくんたちのそういうところに惹かれていました。だから三道公開中からずっとツイッターとかで喚いてました、別世界線とか誰かの二周目とかだったら絶対に嫌だって。
でもシャムナさんにルルーシュくんが言い放った台詞が、私の中のそういうモヤモヤごと打ち払ってくれました。
「俺を否定するな」。過去も傷も痛みも全てルルーシュくんを形作るものであって、それをルルーシュくんはやり直したいと思っていない、一度きりの命を自分の足で受け止めて生きている。
そしてルルーシュくんが見たかったよりよい明日とは、人々が傷つき失敗しながらも自分の頭で悩み考え抜いた先にあるのだとわかりました。
この辺りのセリフを聞いて、この人は私の会いたかったルルーシュくんだと思いました。作品が終わって10年生きてきて、ずっとこんな彼に会いたかったのだと思いました。
この言葉をルルーシュくんの口から聞けただけで、私は復活のルルーシュを、劇場版の世界を愛せる、愛していいんだと思えました。観てよかったと心から思えました。
私は、ゼロレクイエムに際してルルーシュくんが望んだのは恒久的な平和なんかじゃないと思っています。
自分達が起こした戦争によって、またはそれ以前の大人たちが築いてきた世界によって、憎しみでがんじがらめになって動けなくなっている世界をリセットする。そこから、人々が本当に望むかたちを模索しながら進み続ける。そういうことを目指したのだと思っています。それはルルーシュくんが人々は本当は戦争ではなく話し合いで解決したいのだと思ったからです。そして実際、多くの人がそうだった。だから奇跡の明日という一年が生まれたのだと思います。
でも、戦争がなくなったことで生きていけなくなる人達がいた。生きるために争いを望む人がいた。だからジルクスタンの人々をしっかり描いてくれたことで、ゼロレクイエムによる平和が崩れたことは私は納得できました。
人類一人一人が、失敗しても、悩んでも、前に進む。ルルーシュくんはそれを何より重んじている。それは多分、大切ななにかが相容れないとき、戦いが起こってしまうことも肯定することに繋がる。
それをちゃんとルルーシュくんの口から聞けたから、私は復活の物語を受け入れられました。
■C.C.とルルーシュくんについて
モヤモヤ記事では結構けちょんけちょんに言っちゃったのですが、仕方ないとは思うんです。劇場版のC.C.ってTVシリーズよりずっと愛に飢えてますよね。
というか、この復活のラストに繋げるために彼女がルルーシュくんから愛を貰った描写を徹底的に省いたと思う。だからこその「続けるための物語」。
具体的に言うと、ナリタでルルーシュくんに雪が綺麗だって言ってもらっていません。そしてマオ編でのルルーシュくんからC.C.への再契約。ついでに劇場版ルルーシュくんはC.C.の過去も知りません。
TVシリーズのC.C.は自分を肯定できるようになって前向きに生きていけたけど、劇場版のC.C.は愛されたがりの少女のままです。
しかも初手で愛されるギアスを持ってしまったが故にとても愛されるのが下手です、愛することも下手です。
C.C.はスザクくんに「死にたいのに死ねないところが似ている」と言っていますが、死ねない理由が大きく違います。
スザクくんはルルーシュくんの「生きていてほしい」という願いによって死ねない呪いをかけられ、C.C.は唯一信じていた人に裏切られ不死の呪いを押し付けられてしまいました。
スザクくんが自分を死に追いやる理由は父を殺した罪をそうすることでしか本当には償えないと思っているからで、C.C.が死にたい理由は「経験の積み重ねはもう終わりにしたいから」。
スザクくんは、ルルーシュくんにとってスザクくんじゃなきゃだめだから呪いをかけられた。シスターは不死の地獄を押し付けられるなら誰でもよかった。
スザクくんは「生きていてほしい」という純粋な愛によって死ねなくなり、C.C.は「もう死にたい」という身勝手な欲望の犠牲になった。死にたい理由も死ねない理由も真逆です。
この違いって結局、「死にたいのに死ねない」はそれぞれ「愛を受け入れられなくて苦しんでいる」と「愛を与えられたくて苦しんでいる」に変換できると思います。
だからこそ、スザクくんとC.C.は似ていなかった。私はそう解釈しています。
TVシリーズのC.C.は、ルルーシュくんから愛を受け取れたから苦しむ必要がなくなった。けれど劇場版のC.C.はルルーシュくんから愛を受け取れなかったから苦しんだまま。
そう考えると自分の中で幾分か納得ができました。
そして、ED前のラストのシーン、あれは、ナリタで雪が綺麗だって言ってもらってないのが生きていると思いました。
劇場版のC.C.はC.C.の名前について、ルルーシュくんに「人間の名前じゃない」って言われたきりなんですよね。それをルルーシュくんが自分も名乗ると言ってくれた。
正真正銘C.C.の長年の孤独が癒えた瞬間だと思います。一緒に生きてくれる人ができたんです。嬉しいですよね。
パンフであれをプロポーズだと言っていますが、あれは私は「一緒に生きていこう」という意味合いだと感じました。というのも、インタビュー記事とかで監督がプロポーズだと言ったならもう少しおちこんだかもしれないんですが、あれは演技指導の中での言葉ですよね。だったらとても妥当な言葉だと私は感じました。
二人が恋愛関係に終始する間柄でないことはコードギアスの魅力そのものだと思いますし、私個人としては、復活を観た上で、そこが崩れたようには感じませんでした。
C.C.とルルーシュくんはともに生きていく家族になった。C.C.はルルーシュくんの母に、姉に、もしかしたら娘にもなったのかもしれない。
二人の間には恋愛とかを超えたところにある、もっと根源的な愛が流れているように感じました。
私が恋愛ではないと思った理由のもう一つに、シャーリーの存在があります。ルルーシュくんがC.C.についていくと言った時、C.C.は女の子の名前をたくさん出したので、もしかしたらC.C.の方は恋も混じっていたのかもしれません。でもそれに対してルルーシュくんは特に申し訳なさそうにもせずに「シャーリーにはあとで連絡する」って言いました。恋愛だったら気まずいじゃないですか、劇場版のシャーリーってルルーシュくんの彼女なんですよね。C.C.は恋かもとか言ったけど、正直シャーリーに協力を働きかけた時点でそんな資格はありませんし。そこに関しては、二人がそんなに不誠実な人間だとは思えませんし思いたくもありません。
TVシリーズのルルーシュくんはC.C.に愛を伝えました。C.C.はそれを受け取り前向きに生きていけました。
だからこそ、「C.C.が愛を手に入れるまで」を描いたこの作品は、やっぱりTVシリーズの続きとしては受け取れないなと思いました。
だってTVシリーズのルルーシュくんは一緒に生きること以外でちゃんとC.C.の心を救ってあげられたんですから。
■スザクくんとルルーシュくんについて
スザルルの再会シーン、もうこの世のものとは思えないくらい萌えました。あれはなんだ!???
心臓飛び跳ねるかと思いました。なんかもうあまりにも理想的で…理想的すぎてマジで言葉にならない…ドバドバ泣いた…ていうか描写がロマンチックすぎなかった…??
本当に、スザルルの民で、スザクくんとルルーシュくんの関係性を何より愛する民で本当に本当によかったとこんなに感じたこともあんまりない……本当によかった…
「確かめてみるか?」のエロさもさることながら、あの、確かめる時のスザクくんの動きとか声とか表情とか、全部、すごくなかったですか!!?!?この世のやさしさと愛しさを凝縮したような動きでルルーシュくんの頬に触れるスザクくん…こんな…こんなの10年経って見られるなんて…思わないじゃん…
正直ルルーシュくんよりもスザクくんにだけは絶対あっさり受け入れてほしくないなと思っていたので、スザクくんだけがルルーシュくんを殴ってくれて、本当に本当にこれが見たかったと思って…私は…私は…ううっ本当にスザルルが好きで良かった…;;
復活ではルルーシュくんがいろんな人と再会したけど、他のどんな人との再会よりも熱く魂を揺さぶられました。それは私がスザルラーだからじゃなくて、ここに熱く魂を揺さぶられるからこそ私はスザルラーなのだ…いろんな関係性の中でそれが一番美しく魅力的であると思ったからこそ私はスザルルが好きで、何があろうとそれがこれからも変わることはないと確信した瞬間でした。
ちょっと先述しましたが、ルルーシュくんは復活してから「自分がこの世界に生きている人」として認識できていないと思います。
カレンに抱きつかれたときの反応もそうですし、ゼロになる時も「この世界に関わる資格はない」と言っているし、スザクくんにも「俺は仮初めだ」と言っています。
あと「スザクを助けナナリーを救うため」というのも。あれってスザクくんはもう救出してるので「スザクがナナリーを助け出す手助けをする」という意味だと私は捉えています。
あと、大監獄でロイドさんが乱雑に扉を開けた時警戒したのがC.C.だけでルルーシュくんは動かなかった。
当然ですよね。死って生きている人にとっては不可逆のもので、それが覆ることはない。
何よりも、ルルーシュくんを刺し殺したスザクくんと、刺し殺されたルルーシュくん自身が、ルルーシュくんの死を一番生々しく感じていたと思います。
だからこそ、スザクくんはルルーシュくんが生きていることに一番動揺したし、頬に指が触れただけで「生きてる」と強く感じたし、少ししてからも「本当に帰ってきたんだな」と噛み締めるように言った。
それはルルーシュくんも同じで、スザクくんが言った通り他人事みたいに、生きていたことに対して「そうみたいだな」と呟く。現実感がなかったのだと思います。
私はそこで、ルルーシュくんが人の生死の理から外れてしまったことへの寂しさを覚えているように感じました。その寂しさを、ルルーシュくんは自分への愛ゆえに復活させたC.C.の前では見せられません。スザクくんにだから見せられた。屋根裏部屋(?)でスザクくんに「俺は仮初めだ」と打ち明けたのもそうです。
そしてタコ殴りにしてくれたスザクくんに対して、復活してから初めて人間らしい表情を見せた。
私は人間らしいルルーシュくんが大好きです。だから復活でルルーシュくんが人の生死の理から外れてしまったのがすごく悲しかった。
でも、復活を通して、ルルーシュくんが確実に死んだということを一番重く受け止め、そして唯一ルルーシュくんを「人間」に戻してあげられた人はスザクくんだったと私は感じました。そこがたまらなく嬉しかった。
ナナリー救出前夜のシーン。
カレンが「何話していいのかわからなくなっちゃった」と言いますよね。当然の反応だと思います。
そして、カレン達はそれはルルーシュくんに対してだけだけど、当然ルルーシュくん本人は全員にその気持ちを抱いていたのだと思います。
ルルーシュくんは、「自分はここにいてはいけない人間だ」と思っている。すごく孤独だったと思います。
でも、自分が復活して喜んでいる人を前に、その孤独は見せられない。かといって存在してはいけない自分が彼女たちに残せる言葉はない。
だからあんまり人と話せなかったのかなって思います。素っ気なく感じるのもそのせいかなって。
そして、言いたいことを先延ばしにせず、真っ先に彼に言葉をくれたのが他の誰でもなくスザクくんだった。とても嬉しかったです。
そのお陰でスザクくんが話し始めたときは素っ気なかったルルーシュくんも、ぽろぽろと少し心情をこぼし始めるようになる。
私は恋愛を至上とする価値観は苦手です。スザルル腐女子なんて名乗っているけど、彼らは「友達以上恋人未満」ならぬ「恋人以上の友達」だと常々感じています。
屋根裏部屋のシーンでは、二人は確実にそこに戻れていた。
理から外れてしまったルルーシュくんを、世界に繋ぎ止めてくれた、友達として話してくれた、言葉を尽くして生を祝福してくれた。それがスザクくんであって本当によかったです。
だって、一緒にゼロレクをやり遂げたスザクくんがそうしてくれないとルルーシュくんは復活したってずっと孤独なままです。
「君が生きていてよかった」「君のいない世界は思っていたよりずっと孤独だった」
そう素直に打ち明けてくれたスザクくんに、ルルーシュくんがどれだけ心を救われたか。
ルルーシュくんが生きていることでスザクくんの孤独が癒える。
そしてそれをルルーシュくんが知ったことで、ルルーシュくんの孤独も癒えたと思いました。
あとルルーシュくんが一時的にゼロになったことで一時的にスザクくんに戻れたスザクくんが、仮面もなく久しぶりに全身に浴びた夜風は気持ちよかっただろうなーって、そんなこと考えてたらボロボロ涙でました。
スザルル最高だな!!!!!!!!
■ルルーシュくんの最後の選択について
私はここ納得しかないです。
ルルーシュくんの人生は一度終わっている。それを一番重く受け止めているのがゼロレクを決意したルルーシュくん、ルルーシュくんを刺し殺したスザクくん、そして血まみれのルルーシュくんを腕の中で看取ったナナリーです。
だからこそルルーシュくんも自分を仮初めだと思ったんじゃないかな。
ナナリーがルルーシュくんと暮らしたいと思うのは当然です。
ナナリーがルルーシュくんに後悔の念を吐露できたこと、一緒に暮らそうと言えたこと、それを聞いてルルーシュくんが嬉しそうに微笑んだこと、その二人を見てスザクくんが微笑んだこと。
私はこの光景が見られただけで、10年待っていてよかったと心から思えました。
この三人はもう一緒にいるには止まった依存の中に閉じ籠ることしか出来ないと思います。だってナナリーがルルーシュくんと暮らすならまた隠居しなきゃいけないし、かといってルルーシュくんがゼロをやれば今度はスザクくんが姿を消すことになる。でもそんな止まった依存は三人が、特にルルーシュくんが本当に望むことではない。
前に進むための、よりよい明日を掴むための健全な関係性。それがこの三人がゼロレクを通して手に入れたものだと思います。
だからこの三人がこの時お互いのために出来ることは、一緒にいることではなくて、ただ愛を伝え合うことだった。
ナナリーがルルーシュくんと暮らしたいと言ったことは、叶わなくても無駄じゃありません。それはルルーシュくんやスザクくんの表情を見ればわかります。
私はここでルルーシュくんがナナリーと暮らすとか、ゼロは俺がやるとか、そういうことを言う方がよっぽど解釈違いでした。
ナナリーは人道機関の名誉顧問として世界を見つめ自分にできることを頑張っています。一緒に暮らすことでそれを邪魔するのは、特に自分が世界に関わってはいけないと思っている今のルルーシュくんにとっては、最も拒むべき選択です。
スザクくんにゼロの服を雑に渡したのは、「僕はお飾りだ、戻ってきたからには君がゼロをやるべきだ」と言うくらい今回の件に責任を感じていたスザクくんに、「お前ならしっかりやれるだろ」ってルルーシュくんなりに励ましているのだと感じました。
平和が壊された今になっても誰もゼロレクイエムを無駄だと思っていないのが嬉しかったです。
しかも復活してからのルルーシュくんは自分がいつ消えてもおかしくない存在だと思っています。そんな時、もし二人と一緒にいて自分が消えてしまったら、二人をもっと深い孤独と悲しみに突き落とすことになる。
同じ世界に生きている、一緒にいなくてもそれだけで孤独を癒せるあの三人の関係性を、私は大好きだと思いました。
そして、ルルーシュくんがC.C.を追いかけるまでに若干の時間がありました。そこでルルーシュくんは二人に愛をちゃんと伝えられたのだと私は思っています。そこが描かれなかったのは、「復活」がC.C.の物語であったからだと思います。
涙を流すナナリーも、悲しんではいるけどルルーシュくんの選択を受け入れられたように見えました。
ナナリーとスザクくんがよりよい明日を掴むためには、二人の手をルルーシュくんは離さないといけない。
じゃあルルーシュくんはこれからどこにいけばいいだろう?って考えた結果があれだと思うんです。
以前Cの世界に行ったとき、ルルーシュくんとC.C.は「生きている」ということについて問答していました。
「生きているから命のはず」
「この世に生まれた理由が、意味が」
「死ぬだけの人生なんて哀しすぎる」
どれもルルーシュくんが不死のC.C.に言ったことです。そういう考えだからこそ、自分の死に大きな意味をつけたゼロレクイエムをやり遂げたのだと思っています。
望まない復活をさせられ、生死の理から外れてしまったルルーシュくんが、これからも「生きていく」ためには、ルルーシュくんのこれからの人生に意味付けをしていかなければいけない。ただこそこそ隠れて暮らすのはルルーシュくんが大嫌いな生き方です。
そして、スザクくんとナナリー以外のところにルルーシュくんが人生に意味をつけるとしたらそれは、「ギアスのかけらを回収する」と「C.C.に笑顔を与える」ことだと思うんです。
C.C.に関してはムビチケ冊子でも触れられてた通り、ルルーシュくんがしてやると約束して出来なかったこと。そしてギアスに関しては、ルルーシュくんの知る限りルルーシュくんにしかできないことです。
ラストシーンは、シャムナさんによってギアスのかけらが世界に散らばり、野良ギアスユーザーが沢山生まれてしまって、それをルルーシュくんが回収して世界を回っているのだと解釈しています。
ただルルーシュくんはギアスに助けられた面も大きいし、そもそも劇場版のルルーシュくんはTVシリーズほどギアスそのものを憎んでいない。だから一方的に奪うのではなく、ギアスを使う覚悟のない者だけから奪うようにしているのだと思います。
コード保持者でもギアス能力を奪うことはできないと解釈しているので(出来るならC.C.さんはマオから奪っただろうしシャムナさんのことも眠らせる必要はなかったと思うので)、ギアス能力を保持していることを忘れさせているんじゃないかなと思います。それはもうルルーシュくんしかできないことですから。
■ルルーシュくんの愛のかたち
ゼロレクを経たルルーシュくんは一緒にいることだけが愛じゃないともう知っています。
手を離すことも、突き放すことも、時には愛であると知っている。
だから復活を観て、ルルーシュくんが誰かのものになったとも、ルルーシュくんを誰かが手にいれたとも、私は感じませんでした。
ルルーシュくんはルルーシュくんのものです。
ルルーシュくんの愛の与えかたが、C.C.に対しては共に生きることであり、スザクくんやナナリーに対しては手を離し託すことだった。それだけの違いだと思います。
私はルルーシュくんが復活してもゼロレクイエムが無駄だったとは思いません。ただちょっぴり残念に思ったのが、恋愛のようなものがルルーシュくんの覚悟を踏みにじったように感じられたことです。
ルルーシュくんの愛は限りなく与えるもの。
誰かに与えたからといって他の誰かに与えられなくなるものではありません。だから私はルルーシュくんって根本的に恋愛向いてないと思うんですよね。恋愛ってひとつの枠を取り合うものだから、ルルーシュくんはそういう愛しかたはできない。ひとつの枠を取り合うのではなく、ひとりの人間としてルルーシュくんの特別になることこそが、ルルーシュくんの唯一になる方法だと思います。
私はルルーシュくんスザクくんナナリーに関しては、見たいものを見せてもらったしとても満足しています。
でもルルーシュくんと「女の子」として向き合った人達のいくつかの関係性は、この劇場版世界では死んでしまったと思いました。
だから、正直スザルルの民でよかった…死ななくて済んだ…と思ってしまいます。
ルルーシュくんは最後までスザクくんと友達として向き合った、ナナリーと家族として向き合った。
ルルーシュくんの「限りなく与える愛」が一番うまく機能できたのがあの二人だったと思うんです。
寧ろ、この二人がいたからルルーシュくんにとっての愛は「限りなく与えるもの」であったのかもしれません。
だから私は復活の物語に納得ができたし、この世界でもあの三人の関係性を最も尊いものだと思いました。
最後にL.L.を名乗ったルルーシュくんは、ずっと大切にしてきた「ルルーシュ」をスザクくんとナナリーの元に置いてきたのだと感じます。
ルルーシュくんの愛は与える愛であり誰が手に入れるものでもない。ルルーシュくんはルルーシュくんのもの。
でも、敢えて「ルルーシュくん」を手にいれたのが誰だったのか明言するなら、私はスザクくんとナナリーだと思いました。
人間として生きてきたルルーシュくんを人間にしてあげられる二人が大好きです。二人が同じ世界で頑張っている限り、ルルーシュくんはルルーシュくんでいられるんじゃないかなぁ。
だって二人といる時のルルーシュくんの表情が、声が、態度が、言葉が、私には一番人間らしく感じられました。
そういえば主題歌の「この世界で」、ラストまで見終わるとこれはルルーシュくんの歌なんじゃないかと思えました。
そして、ルルーシュくんが「みつめていて」と思うのは、この人に胸を張って生きていたいと思うのはナナリーとスザクくんであって、それはナナリーとスザクくんにとっても同じだろうなーって。
だから私はこの三人の関係性が大好きです。劇場版で損なわれたとも、誰かに壊されてしまったとも、全く思いませんでした。
長くなりましたが、一番言いたかったことはなんとなく書けたかなぁ。
■読んでくださった方へ
なんか周りの反応を見ていると私の見た復活は皆さんの見た復活とかなり違うのだろうなと思うので、もし読んでくださった方がいてもまったく共感できなかったかもしれません。
でもこれが私がとりあえず2回観て感じた復活のルルーシュでした。それが何回か見るうちに変わるとしても、言葉として残しておきたかったです。
解釈違いだったらごめんなさい。あなたはあなたのコードギアスを大切にしてください。
復活に賛否両論あるのは当たり前です。全員が受け入れなきゃいけないとも、受け入れられなきゃファンじゃないとも全く思いません。でも、観ずに批判するのは絶対にやめてほしいと思いました。
記事の最初に観てない方は読まないでと書きましたが、読んでいる人もいるかもしれないので書きます。復活のルルーシュを観てほしいです。
観た上で、受け入れられた人も受け入れられなかった人も、コードギアスを好きな気持ちに胸を張っていい、そういう懐の深さを持った作品だと感じました。
なんだか偉そうにすみません。
*************
まだ感想の半分も書けていないので、また改めて書きたいと思います。次はスザクくんのこととかナナリーのこととかギアスとコードのこととか、カレンのこととか、神楽耶さまのこととか、扇のこととか、ジルクスタンのこととか書きたいです。(多いな!)
まだまだ考えることが多くてとっても楽しいです。
こんなに高カロリーな映画がコードギアスとして観られたことがとても幸せです。
勿論色々思うところも多く手放しで賞賛できる心境ではないですが、それもまた12年コードギアスが好きだったからです。胸にどうしても渦巻くこのモニョモニョも、私がコードギアスを好きな証です、だから大切にしたいです。
でも長々書いたように私は会いたかった彼らに会えたので、 賛否両論あると覚悟して決意して作って見せてくれた製作陣には感謝ばかりです。
本当に素敵な映画をありがとうございました!