@875108Express_
ツンとした消毒液の匂いから、未だによそよそしさを感じる。
目をつむると、無邪気な笑みで花束を抱えた『彼』の姿があった。
その花言葉を、私はまだ知らない。
でも。
その花は、もう二度と薫らない。
「……ごめんね」
短く息を吸うと、私はステージへと向かった。
カーテンコールが鳴り響く。
はやくはやく。
もっともっと。
値踏みのようにも聞こえるそれは、この世界の幕開けにふさわしい花束の代わりなのだろうか。
それとも、この世界の終わりに切っ先をむける刃のようなものなのか。
踵を鳴らし、スカートの両端をつまんで、深々とお辞儀をする。
ありったけの言葉と感情を、物語に託して。
かすかな祈りと希望を、搭乗人物達に託して。
物語は始まる。
思考は目覚める。
世界は動き出す。
彼らの■を、置き去りにして。
「観客席の皆様!ようこそ、延命の物語の幕開けへ!!」
◆◇◆
暖かな日差しが、窓から差し込んでくる。
目を開けると、見慣れない天井がそこにあった。
どうやらベッドで寝かされていたらしい。ふかふかのマットレスに、質の良さそうな布団と枕。それらから、ふんわりとベルガモットの香りがした。
ゆっくりと起き上がる。そこは小さな『客室』だった。
ふと、丸いテーブルに置かれた一通の手紙が目に入った。
白い封筒に入ったそれをひらき、中に目をとおす。
「ようこそ、ブーケエクスプレスへ。
あなた達はこの寝台特急で、有限の物語を紡ぐ『搭乗人物』の一人。
この手紙は、あなたへの招待状であり、挑戦状である。
どうかこの物語の終焉を、あなた達の手で、最高の結末と小さな花束で飾ってくださいませんか?
安心してください。私はあなた達の味方です。あなた達のことは、この身が滅びようとも、必ず守って見せることを約束しましょう。
それでは、良き物語と、良き旅を。
愛を込めて 名も無き書き手より」
手紙を読み終えると、突然客室が闇に包まれた。
何事かと思い、不安がよぎる。
ここは何処だろう。ここに来た覚えが一切ない。
どうして、こんなところにいるんだろう。
主治医から余命宣告を受けて、あっという間に死んでしまうんだろうなと思いながら、今日まで生きてきた。それは覚えてる。
でも、自分が何故ここにいるのかがわからない。
その時、優しく扉を叩く音がした。
何だろうと思い、ゆっくりと扉をあける。
扉をあけると、そこにいたのは。
「お目覚めでしょうか、鵠間様」と、『少女』に声をかけた、ランタンを手にする青髪の青年。
「……君、誰……?」
「おはようございます、鵠間様。ご気分はいかがでしょうか?」
「あー、おはよう……?気分はそんなに悪くないけど……ってかここどこ!?」
「成る程、貴女もその反応なんですね…とりあえず元気そうで何よりでございます」
「まあねー、あたしちゃん元気なのが取り柄だし!」
青髪の青年はため息をつくが、静かに首を横に振った。
「ともあれ…他の皆様がお待ちです。どうぞ、談話室の方へ。わたくしがご案内致します」
「あたしちゃん以外の人もいるの!?りょーかい!君に着いてくね!」
『鵠間様』と呼ばれた『少女』はとても元気そうだが、青年は微妙にやりづらそうな顔をしていた。青年が『少女』…『鵠間希更』に、客室の外に出るように促すと、彼女を何処かに案内しようとする。
ランタンの灯りが通路を照らし、青年の影が揺れる。希更の表情に、青年は何処か羨ましそうな顔をする。ぼんやりとランタンを眺めていると、あっという間に『談話室』にたどり着いた。
「どうぞこちらです」と、青年が談話室に入るように促す。
希更は元気よく「はーい、ありがとね!」と告げた。
談話室には、国籍や年齢がバラバラな、見知らぬ12人の男女がそこにいた。
「これで、13名全員揃いましたね」
青年は面々の頭数を数えると、面々の前で錆びたランタンを掲げて告げた。
「ようこそ、余命宣告を受けた『搭乗人物(とうじょうじんぶつ)』の皆様。この度は、このブーケエクスプレスに御乗車頂き、誠にありがとうございます。給仕と案内役を承ります、リズット・アルジャーノンです。業務連絡以外は受け付けませんが、以後お見知りおきを」
それに続くかのように、突然どこからか声が聞こえてくる。
「本列車は、終点『カルカタッタ』まで皆様の快適な車内旅を約束しよう。私はこの列車の車掌、日嘆メイズだ。よろしく」
正体がわからない声に、彼ら__『搭乗人物達』は戸惑う。
それをみたリズットは咳払いをすると、掲げていたランタンを揺らした。ぼぉっと揺れるランタンの炎。その炎は、まるで太陽のような形をしていた。
搭乗人物達が不思議そうな顔でランタンに目をやると、ランタンから声が聞こえた。
「あぁ、すまないね。皆には『私』の姿が見えないらしい。どうだい、驚かせてしまったかい?ともあれ我々は、しばらくの間この列車で共に旅をする仲間だ。どうか、皆仲良くしてほしい」
メイズがそう告げたが、搭乗人物達には、今自分が何故ここにいるのかわからなかった。
カルカタッタとはなんなのか。
何故このリズットという青年は、自分達が余命宣告を受けていることを知っているのか。
そして、ここにいる面々はどこの誰なのか。
「戸惑うことが沢山あるだろう。まずは皆のことを知ろう」
メイズが提案すると、リズットがテーブルの上に置いてあった一冊の本を手に取った。リズットが少し分厚めのそれを開くと、ランタンでそれを照らした。
搭乗人物達が不安そうにしていると、突然談話室に、色とりどりの13個の灯りが灯った。灯りは奥のテーブルに置いてあるランタンから灯されており、それぞれ違う色や形をしていた。
「それではこれより、搭乗人物の紹介をさせていただきます」
リズットがそう言うと、どこから汽笛が聞こえた。
その汽笛が、まるでカーテンコールの代わりだといわんばかりに。
◆◇◆
「以上で、紹介の方は終了でございます。この度は御乗車誠にありがとうございます。どうぞ、皆さまの記憶に『遺る』良い旅を」
リズットが本を閉じ、深々と頭を下げる。
「これで皆のことがわかった…って、わけにもいかないよね。とりあえずここは一旦お開きにしよう。とりあえず皆、そこにある『自分のランタン』を手にとってほしい。左から、さっき紹介した順番に皆のぶんを置いてある。それが『自分のランタン』だ」
搭乗人物達は不思議に思いながらも、メイズにいわれるがまま『自分のランタン』であろうものを手に取る。
「そのランタンは、君たちの道しるべとなる。大切に、肌身離さず持っておくと良い。もし、何か困りごととかがあれば、そのランタンの灯りをともしてほしい。そうすれば、私がこうやって君たちに語りかけて、助けになろう。くれぐれも、ランタンをなくしたり、壊したりしないように」
搭乗人物達は、不思議そうにランタンの中の炎をみつめる。
「それじゃあ皆、食事の時間になったらまた食堂においで。それまでは自由にしてるといいよ。この列車の探索をするのもよし、他の皆と交流するもよし。わからないことがあれば、いつでもランタンの灯りをともしてくれ。それじゃあ」
メイズがそういうと、ランタンの灯りが一斉に、静かに消えた。リズットがそれに続けて、全員に鍵を手渡していく。
「こちらの鍵にある番号と同じお部屋が、皆様のお部屋になります。それでは、わたくしは仕事にもどりますゆえ」
そういうと、リズットは半ば強引に、搭乗人物達を客室車両へと送り出した。
搭乗人物達は訳がわからないまま、客室車両で呆然としたり、各部屋にはいったり、他の車両へと向かった。
これから、どんな旅がはじまるのだろうか。
この列車が向かう『カルカタッタ』とは、一体なんなのか。
そして、この搭乗人物達が向かう結末とは、一体どんなものなのか。
不安がありつつも、どこか期待に満ちている。そんな搭乗人物達の姿があった。
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「……って、えぇーっ?!何でそこリリースしちゃうの?!リズットくん何してるの?!そこは『まずは交流がてら、皆様で親睦会に致しましょう(キラッ)』とかにしないのー?!」
『少女』は喚くが、観客席は沈黙のままだ。
「あっ、ごめんごめん!リズットくんこういうの慣れてないから、多分そのうち慣れると思うんだ!!あはは~っ」
慌ててフォローをいれるが、やはり沈黙である。『少女』は咳払いをすると、踵を鳴らして高らかに告げる。
「……えー、観客席の皆様!この度はこの物語のために、足を運んでくださって、ありがとうございます!最後までこの物語を見届けてくださると幸いです!」
「それでは!寝台特急『ブーケエクスプレス』出発進行~!」
『少女』が告げると、どこかから大きく汽笛が鳴った_____