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一章開幕

全体公開 3783文字
2019-02-12 12:42:12

 ツンとした消毒液の匂いから、未だによそよそしさを感じる。
 目をつむると、無邪気な笑みで花束を抱えた『彼』の姿があった。
 その花言葉を、私はまだ知らない。
 でも。
 
 その花は、もう二度と薫らない。
 
 
 「……ごめんね」
 
 短く息を吸うと、私はステージへと向かった。
 
 カーテンコールが鳴り響く。
 はやくはやく。
 もっともっと。
 値踏みのようにも聞こえるそれは、この世界の幕開けにふさわしい花束の代わりなのだろうか。
 それとも、この世界の終わりに切っ先をむける刃のようなものなのか。
 
 踵を鳴らし、スカートの両端をつまんで、深々とお辞儀をする。
 ありったけの言葉と感情を、物語に託して。
 かすかな祈りと希望を、搭乗人物達に託して。
 
 物語は始まる。
 思考は目覚める。
 世界は動き出す。
 
 彼らの■を、置き去りにして。
 
 
 「観客席の皆様!ようこそ、延命の物語の幕開けへ!!」
 


 ◆◇◆
 
 暖かな日差しが、窓から差し込んでくる。
 目を開けると、見慣れない天井がそこにあった。
 どうやらベッドで寝かされていたらしい。ふかふかのマットレスに、質の良さそうな布団と枕。それらから、ふんわりとベルガモットの香りがした。
 
 ゆっくりと起き上がる。そこは小さな『客室』だった。
 
 ふと、丸いテーブルに置かれた一通の手紙が目に入った。
 白い封筒に入ったそれをひらき、中に目をとおす。
 
 「ようこそ、ブーケエクスプレスへ。
 あなた達はこの寝台特急で、有限の物語を紡ぐ『搭乗人物』の一人。
 この手紙は、あなたへの招待状であり、挑戦状である。
 どうかこの物語の終焉を、あなた達の手で、最高の結末と小さな花束で飾ってくださいませんか?
 安心してください。私はあなた達の味方です。あなた達のことは、この身が滅びようとも、必ず守って見せることを約束しましょう。
 それでは、良き物語と、良き旅を。
 愛を込めて 名も無き書き手より」
 
 手紙を読み終えると、突然客室が闇に包まれた。
 何事かと思い、不安がよぎる。
 
 ここは何処だろう。ここに来た覚えが一切ない。
 どうして、こんなところにいるんだろう。
 主治医から余命宣告を受けて、あっという間に死んでしまうんだろうなと思いながら、今日まで生きてきた。それは覚えてる。
 でも、自分が何故ここにいるのかがわからない。
 
 その時、優しく扉を叩く音がした。
 何だろうと思い、ゆっくりと扉をあける。
 扉をあけると、そこにいたのは。
 「お目覚めでしょうか、鵠間様」と、『少女』に声をかけた、ランタンを手にする青髪の青年。
 「……君、誰……?」
 「おはようございます、鵠間様。ご気分はいかがでしょうか?」
 「あー、おはよう……?気分はそんなに悪くないけど……ってかここどこ!?」
 「成る程、貴女もその反応なんですねとりあえず元気そうで何よりでございます」
 「まあねー、あたしちゃん元気なのが取り柄だし!」
 青髪の青年はため息をつくが、静かに首を横に振った。
 「ともあれ他の皆様がお待ちです。どうぞ、談話室の方へ。わたくしがご案内致します」
 「あたしちゃん以外の人もいるの!?りょーかい!君に着いてくね!」
 『鵠間様』と呼ばれた『少女』はとても元気そうだが、青年は微妙にやりづらそうな顔をしていた。青年が『少女』『鵠間希更』に、客室の外に出るように促すと、彼女を何処かに案内しようとする。
 ランタンの灯りが通路を照らし、青年の影が揺れる。希更の表情に、青年は何処か羨ましそうな顔をする。ぼんやりとランタンを眺めていると、あっという間に『談話室』にたどり着いた。
 「どうぞこちらです」と、青年が談話室に入るように促す。
希更は元気よく「はーい、ありがとね!」と告げた。
 談話室には、国籍や年齢がバラバラな、見知らぬ12人の男女がそこにいた。

 
 「これで、13名全員揃いましたね」
 青年は面々の頭数を数えると、面々の前で錆びたランタンを掲げて告げた。 
 「ようこそ、余命宣告を受けた『搭乗人物(とうじょうじんぶつ)』の皆様。この度は、このブーケエクスプレスに御乗車頂き、誠にありがとうございます。給仕と案内役を承ります、リズット・アルジャーノンです。業務連絡以外は受け付けませんが、以後お見知りおきを」
 それに続くかのように、突然どこからか声が聞こえてくる。
 「本列車は、終点『カルカタッタ』まで皆様の快適な車内旅を約束しよう。私はこの列車の車掌、日嘆メイズだ。よろしく」
 正体がわからない声に、彼ら__『搭乗人物達』は戸惑う。
 それをみたリズットは咳払いをすると、掲げていたランタンを揺らした。ぼぉっと揺れるランタンの炎。その炎は、まるで太陽のような形をしていた。
 搭乗人物達が不思議そうな顔でランタンに目をやると、ランタンから声が聞こえた。
 「あぁ、すまないね。皆には『私』の姿が見えないらしい。どうだい、驚かせてしまったかい?ともあれ我々は、しばらくの間この列車で共に旅をする仲間だ。どうか、皆仲良くしてほしい」
 メイズがそう告げたが、搭乗人物達には、今自分が何故ここにいるのかわからなかった。
 カルカタッタとはなんなのか。
 何故このリズットという青年は、自分達が余命宣告を受けていることを知っているのか。
 そして、ここにいる面々はどこの誰なのか。
 「戸惑うことが沢山あるだろう。まずは皆のことを知ろう」
 メイズが提案すると、リズットがテーブルの上に置いてあった一冊の本を手に取った。リズットが少し分厚めのそれを開くと、ランタンでそれを照らした。
 搭乗人物達が不安そうにしていると、突然談話室に、色とりどりの13個の灯りが灯った。灯りは奥のテーブルに置いてあるランタンから灯されており、それぞれ違う色や形をしていた。
 「それではこれより、搭乗人物の紹介をさせていただきます」
 リズットがそう言うと、どこから汽笛が聞こえた。
 その汽笛が、まるでカーテンコールの代わりだといわんばかりに。
 


 ◆◇◆ 
 「以上で、紹介の方は終了でございます。この度は御乗車誠にありがとうございます。どうぞ、皆さまの記憶に『遺る』良い旅を」
 
 リズットが本を閉じ、深々と頭を下げる。
 「これで皆のことがわかったって、わけにもいかないよね。とりあえずここは一旦お開きにしよう。とりあえず皆、そこにある『自分のランタン』を手にとってほしい。左から、さっき紹介した順番に皆のぶんを置いてある。それが『自分のランタン』だ」
 搭乗人物達は不思議に思いながらも、メイズにいわれるがまま『自分のランタン』であろうものを手に取る。
 「そのランタンは、君たちの道しるべとなる。大切に、肌身離さず持っておくと良い。もし、何か困りごととかがあれば、そのランタンの灯りをともしてほしい。そうすれば、私がこうやって君たちに語りかけて、助けになろう。くれぐれも、ランタンをなくしたり、壊したりしないように」
 搭乗人物達は、不思議そうにランタンの中の炎をみつめる。
 「それじゃあ皆、食事の時間になったらまた食堂においで。それまでは自由にしてるといいよ。この列車の探索をするのもよし、他の皆と交流するもよし。わからないことがあれば、いつでもランタンの灯りをともしてくれ。それじゃあ」
 メイズがそういうと、ランタンの灯りが一斉に、静かに消えた。リズットがそれに続けて、全員に鍵を手渡していく。
 「こちらの鍵にある番号と同じお部屋が、皆様のお部屋になります。それでは、わたくしは仕事にもどりますゆえ」
 そういうと、リズットは半ば強引に、搭乗人物達を客室車両へと送り出した。
 搭乗人物達は訳がわからないまま、客室車両で呆然としたり、各部屋にはいったり、他の車両へと向かった。
 
 これから、どんな旅がはじまるのだろうか。
 この列車が向かう『カルカタッタ』とは、一体なんなのか。
 そして、この搭乗人物達が向かう結末とは、一体どんなものなのか。
 不安がありつつも、どこか期待に満ちている。そんな搭乗人物達の姿があった。

 
 ────────────
 「……って、えぇーっ?!何でそこリリースしちゃうの?!リズットくん何してるの?!そこは『まずは交流がてら、皆様で親睦会に致しましょう(キラッ)』とかにしないのー?!」
 『少女』は喚くが、観客席は沈黙のままだ。
 「あっ、ごめんごめん!リズットくんこういうの慣れてないから、多分そのうち慣れると思うんだ!!あはは~っ」
 慌ててフォローをいれるが、やはり沈黙である。『少女』は咳払いをすると、踵を鳴らして高らかに告げる。
 「……えー、観客席の皆様!この度はこの物語のために、足を運んでくださって、ありがとうございます!最後までこの物語を見届けてくださると幸いです!」
 「それでは!寝台特急『ブーケエクスプレス』出発進行~!」
 『少女』が告げると、どこかから大きく汽笛が鳴った_____


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