@toasdm
これは大変そうですね、とクリスが気付いたのは、彼女がワイングラスを置いた時だった。コトン、などという可愛らしいものとは程遠い、グラスの足は結構丈夫にできているのですね、と妙な気付きを得てしまうような乱暴な音を立ててグラスを置いた彼女を、クリスはぎょっとして見た。
「プロデューサーさん?」
「いーーーーーーーれす!」
何がいいのかまるでわからないが、彼女がいいというのならいいのだろう、困惑しながらクリスは店員にそっと水を注文した。
「すみません、彼女に、エイチツーオーをロックで」
「えーーーいちつーおーってなんなんれすかぁ?」
「フランス産のものですよ、今のプロデューサーさんにはおすすめです」
呂律の回らない彼女を無駄に刺激しないように、クリスは店員が出してくれたフランスの有名なミネラルウォーターを彼女の前に置く。相変わらずふらふらとしている彼女に、さぁどうぞ、と差し出せば、略奪するようにそれを受け取って彼女は一気に飲み干した。
「古論さんはぁーーーーーー、おっ酒、強いんれすかぁ?」
なんとわかりやすい酔っ払いだろうか、とクリスは内心苦笑した。絡み酒とは珍しいですね、と彼女にしては稀な酔い方に目を細める。正直に言うと、可愛いと思った。
「ほどほどですよ。プロデューサーさんは強いですね」
よしよし、と駄々っ子をあやすような口調になってしまったのは、べろんべろんに酔っ払った彼女が珍しく、また、可愛らしいと思ってしまったせいだろう。しかしそんなクリスの接し方に腹を立てた酔っ払いは、出されたグラスが水だと気付かないまで酔っ払って、クリスに絡んでいる。
「ろっちがおしゃけ、ちゅよいか、しょーーーぶれすよ!」
「飲み勝負、ですか……?」
特別深い、名前がついているような間柄ではなく、たまにこうして一緒に飲みに出かける程度の付き合いのはずだが、クリスは彼女が泥酔して、呂律が回らない言語未満の音を発しても、それを聞き取ることができるようになっていた。仕事仲間、気の合う飲み仲間、クリスとしては海仲間にもなってほしいところではあったが、そこは彼女の自主性に任せるとして、とにかく。何度も一緒に飲むようになったせいか、クリスは彼女の意図するところを上手に汲み取った。
「私はかまいませんが……何かあったのですか?」
「うるひゃーーーぁい! 飲むっ!」」
「あああそれは私の――!」
せっかく彼女の為に用意した水はとっくに空になっていて、彼女は、クリスの飲んでいたワイングラスを強奪してそれを一気に煽る。
「間接キスですよ……」
クリスにとってみれば、それは大して気になることではなかったのだが。
「んひぇ……」
酒よりももっと、何か、例えば照れや恥じらいのようなものが、彼女の頬を一気に真っ赤にしてしまったということは、つまり――…。
「きゅぅぅぅ~~~~……」
限界を超えたのは、飲酒の量か、恥ずかしさか。結果、彼女は潰れて大人しくなった。店員に「すみません」と小声で詫びてから会計を済ませ、クリスは彼女の体を支えて立ち上がる。
「プロデューサーさん、行きますよ」
「うぅん……」
女性とはいえ、成人している肉体はそこそこ重かったが、苦痛ではない、と思えたのは、もしかすると。
「間接キスでこうなってしまうなら――どうなってしまうのでしょうね……」
くすくすと笑うクリスの企みが、気持ちをふわふわと浮つかせているせいかもしれない。既に何度か送り届けたことのある彼女の家まで、クリスは自制心を働かせながら、事故のないように慎重に、彼女を支えて送り届ける。
「古論しゃんと、ちゅーーー……」
「……頑張ってください、プロデューサーさん……と、私の理性……!」
飲み勝負はクリスの勝利だったが、理性と衝動のバトルに関しては、雲行きが若干怪しい。この勝負は分が悪いですね、と時折天を仰いで、クリスは夜の住宅街をゆっくりと歩いていた。