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カゲロウデイズ最終話を読んで

全体公開 6 12 8829文字
2019-02-15 21:01:23

シンアヤ好きが長々と綴った殴り書きの感想です。ネタバレを多大に含みます。

Posted by @07_ashiya

ジーン3月号を読んで
漫画版カゲロウデイズ最終話を読んで


*多大なネタバレを含みます。
*文章がアホみたいに長いです。
*アホみたいに長いです。





これが叫ばずにいられるか、といった最終話でしたね。というわけでいざ叫ばんと思います。

シンアヤが永遠に結ばれる物語でしたね!
ご結婚おめでとうございました!

ここで言う「結婚」とは無論、人間社会における戸籍上の契約としての「結婚」ではなく、「永遠を誓う仲になる」とか「我が人生を伴侶である君に捧ぐ」とか「君の伴侶になる」とか、そういった類の意味での「結婚」のことです。いやあ、シンアヤ、もう完全に伴侶ですね。繰り返した数だけ死ぬ瞬間までずっと一緒にいたし、繰り返しが終わった後も死ぬまでずっと一緒みたいなものじゃないですかこんなの。
概念上の結婚ですよこれは(曲解)。
おめでとうございますシンアヤ。
本当に末永くお幸せに……シンアヤプロポーズ記念日が7月14日で、シンアヤ結婚記念日は2月15日ですねありがとうございましたスケジュール帳にメモしておきます……来年からこの記念日を毎年祝福していかねばならないのではないかと思い始めた今時分です。

せっかくのこの感動を、今気持ちが高ぶっているうちに感想として書き残そうと思います。生涯に一度の今日ですからね。毎日の感動を大事に残すのは良い行いではないかという心を持って、この最終話について思ったことを徒然と書いていきます。

では、最初から順番に今回を振り返りましょう。

まず、事前情報としてよく思い出しておきたいのは、この漫画で今描かれているルートは、この漫画が始まってから2回目のループであることです。この漫画版ルートは初めの頃は小説版とほぼ同様にテロリストがデパートを占拠するところからスタートしますが、そのルートは遊園地からの帰り道で目が冴える蛇の強襲を受けて終わってしまいます。そしてその時、目が冴える蛇に銃で撃たれて死を迎えた直後のシンタローは、夢の中でアヤノはシンタローに向けてこんな問いかけをします。
「私、なんで死んだと思う?」
その後に今描かれているルートがスタートしたので、おそらくこの問いの答えがこのルートでわかるのだろう、と思いながらずっとこのルートを読んできました。
アヤノはなぜ死んだのか。
この命題は一見すると、小説ルートやアミメルート、楽曲ルートの方のイメージが先行してしまい、「楯山アヤノが何故屋上から飛び降りて死んだのか」の答えを求めるものに見えますが、その答えを知りたいのなら、『アヤノの幸福理論』という楽曲を聴くだけでも十分にその理由はわかるでしょう。
しかし、どうやらそれはアヤノの幸福理論に出てくる「アヤノ」ではなく、「シンタローの夢の中に出てくるアヤノ」が言う「なんで死んだと思う?」と言う問いかけであったことに大きな意味があり、その問いの答えが、とうとう、今回の最終話で明らかになったのです。
透明アンサーで「目に見えない答え」を解りたかったと後悔したシンタローのごとく、我々はずっと知りたかったこの答えをとうとう得ることができました。

「私、なんで死んだと思う?」

その答えが、今回のお話でした。

冒頭の蛇の最期の言葉は、実にこの化け物らしく、その信条や生き様に見合うものでしたね。これもまた今回のルートで明らかになったものですね、何度でも世界をやり直して絶望を繰り返しているこの蛇もまた、ちゃんと「消えたくない」という、生き物としての根幹的な望みである「生きる」という想いをもってこの繰り返しの中にいたとわかったことは。相手の目的が曖昧だった部分も判明したのが今回のルートの収穫の1つでした。
そして、「勝ち」を宣言した蛇の後に続いたマリーの言葉、「勝てなかった」。これは重いですね。
女王としての力をもち、勝ちたい、負けない、と奮起してここまでやってきた末でのこの言葉。マリーの成長が目に見えて解りますし、その悔しさもよくわかります。
マリーを抱き締めて謝りながら涙するアヤノもまた、きっとマリーと同じくらい悔しくて。その気持ちを今この二人が、この森で、この雨の中で共有するというのが、何より尊いですね。急に雨が降り出したこの演出、結局二人はまた振り出しに戻ったけれど、それでも二人の関係は変わった、二人は成長したということがよくわかる、この対比的な描写がたまりませんね
弱いことが間違いじゃなかった、という言葉がマリーから出るのも大変良いですね。弱かった自分を自覚して、戦う意思を持って戦う経験を経て一つ強くなって、それでもまだ及ばなくて弱さを悔やむ。
この気持ちすら消えちゃうなんて嫌だって、ちゃんと思えるようになった彼女。
そこで、アヤノの口から出た言葉、「残そう」の重みもすごい。
アヤノの幸福理論から見てもわかるように、彼女は基本的に思い出を大事にするタイプですよね。「思い出してみよう」「思い出していたのはまた家族のこと」と、彼女は、自分が大切な家族のために頑張れるのは、家族と過ごしたこれまでの時間、その思い出があるからだとちゃんとわかっている。今の彼女があるのはマリーも含めて家族みんなと過ごした幸せな時間があったからだし、家族との未来のために、未来でもまた思い出を作るために頑張るのだと、意識しなくとも根本的に理解しているのだろうと思います。アヤノの幸福理論のMVでも、家族との思い出が映るテレビを大事そうに抱えてましたね。
幸せだった思い出と同じくらい、辛かった思い出も大事なんだと、悔しいこの想いも忘れてはならない自分たちの軌跡なんだと、その気持ちをマリーとアヤノがここで共有できた。だからこそ、それを「残そう」とアヤノは言う。
そしてここで、アヤノから1つの案が。
蛇の力が命の代わりになるなら、命だって蛇の代わりになる。
「私の命を蛇の力に変えて」
「この悔しさを「焼き付けて」おけるような力に」
ここでよみがえるのは、アディショナルメモリーの歌詞。

「消さないでいて」
「覚えていて」

心からの願いが、蛇の能力の適性をみる材料になるとして。
目をかける能力を獲得したアヤノは「伝えたかった」という願いをずっと抱いて生きてきたのだとわかります。本当の言葉は隠して、お姉ちゃんとして、自分がしっかりしなきゃと思って弱音は吐かずに生きてきたのが彼女だからこそ、きっと彼女はその力に選ばれたのでしょう。
そして、彼女のもう一つの願いが、「残したい」だった。思い出を残したい。この記憶を永遠にしたい。焼き付けてのこしたい、と。

そして、そこで出てくるのが。
すぐそばで転がっている「あの人」。


ページをめくるとシンタローとアヤノが!
この時点で相当息が苦しかったです。
今回のルートの結末を嘆く二人。
否、嘆くシンタロー。
アヤノはもうこの時点で、シンタローの中に宿る能力と化しているのでしょう。
マリーから伝言を預かっているのが良い証拠です。

そして。

この次のページで。

ついにこの日が来ました。

遺した本音は。
「幸せ」を拒んでしまったストーリー。

これが勘違いでも。これが勘違いでも。
ずっと言いたかった言葉。


ーーーー
さようなら」
「たぶん私」
「あなたのことが」
「好きだった」
ーーーー



これが、ここまでが。
「私なんで死んだと思う?」
と言う疑問を解決するための、記憶。
彼女が残しておきたかった、記憶。
彼女が初めて「残そう」と言って、彼女が初めて残した記憶。
この瞬間に目に焼き付ける能力が生まれたのだとしたら、これより前のループなどあってもなくても残されてはいないのだから、これが、最初の記憶。
初めて、残せた記憶。
初めて目に焼き付いた話。
彼が忘れたあなたの夏のお話。
ここまでの段階でもう、アヤノのこの瞬間の決断のことを思うと、泣きそうです。
彼女はここから先、能力になってしまった。蛇になってしまった。その能力の特質上、おそらくはきっと、人間だった頃の記憶を残した状態で、蛇になってしまった。永遠に繰り返す悪夢を見せられ続ける化け物に成り果ててしまった。
いつくるかもわからない、いつかあの夏を乗り越えた未来の自分と未来の彼に全てを託す形で、永遠に残すことを決断した。
ここで蛇になった彼女は、彼女自身の幸せを手放した。幸せを拒んでしまった。未来に託すこと、すなわち未来の彼らの幸せこそが自らの幸せだとして。「好きだった」と告白した自らの存在証明を拒んでしまった。

次のページで、お葬式の会場に戻るのは、やはりここまでが彼女はなぜ死んだのかの答え合わせだったから。
ここで問いかけた彼女は、彼の能力になった少女だった。
彼が初めてその命全てをかけてでも戦うと、助けたいとその身を捧げた少女だった。
涙を浮かべる彼もまた、そこまで思い出してしまった後の彼なのでしょう。この表情がなんとも言えない。
それを見て微笑むアヤノの笑顔もまた苦しい。背負って来たものが、目に焼き付けて来たものが、覚悟が、全部あってのこの笑顔。
ここでいくら話しても、彼は忘れてしまうことを知った上で彼に向けて笑顔を送る彼女が愛しくて悲しくて切なくて苦しい。
ーーー
「でも
ーーー
再び、教室に戻ってくるアヤノ。
制服から、あの初めて目に焼き付けた夏と同じ白いワンピース姿で。
マフラーを外す彼女。
その表情の、なんと凛々しく、優しく、美しいことでしょう。
彼女はきっと、ここに至るまでにも何度も彼に向けてこの話をして、あの夏を思い出して、あの夏を思い出してと祈って、あの話をして、何度でも、繰り返し、忘れないでって、目に焼き付けて来たのでしょう。
ーーー
「私は全てを忘れない」
ーーー
ずしりと、胸に重く響く言葉。
ヒーローの証を彼に託す彼女。
記憶を託して、願いを託して、未来を託して。
ヒーローであることも、君の役目だよって、託した。
18歳、担った少年へ。
ーーー
「ずっと待ってる」
ーーー
こんなの泣きます。
シンタローがいかないでって顔して手を伸ばすのがよくわかります。
こんな話を思い出した後で、こんな彼女を目の前にして、手を伸ばさずにいられるはずがない。
ーーー
「あなたが私を思い出して」
ーーー
ここで、アヤノが言ったのが「あの夏を思い出して」ではなく、「私」であったのが、すさまじく好きです。愛しいです。
全てを記憶している蛇としての「私」。能力としての「私」。そういう意味であると同時に、彼に願いを託した「私」。彼のことを「好きだった」と伝えた「私」。
全ての「私」を込めたような、この言葉。「あなたが私を思い出して」というこの言葉だけでしばらく語れるので一旦やめます。
続きもあるので。
ーーー
「一緒にあの夏を越えられる日を」
ーーー




笑顔。
この笑顔。
守りたかったこの笑顔。
守れなかったこの笑顔。
守らなければならないこの笑顔。
忘れてはいけないこの笑顔。
思い出さねばならないこの笑顔。
目に焼き付いたこの笑顔。

ここまでのシーンで思い出されるのは、言わずもがな、ロスタイムメモリー。ここまでのマフラーをかけて笑ってお別れするこの瞬間まで、もうロスメモラスサビがフラッシュバックするわするわ。やばいです。
実を言うと、ロスメモのあのシーンがどんな会話をしていたのかはこれまで想像の余地があったわけですが、今回のこの話で、多少のイメージはつくようになりましたね。きっと彼女は何度も何度も、彼にマフラーをかけるように、願いをかけて来たんでしょうね。彼の目となって、彼の目に焼き付けて来たのでしょう。ずっと一緒にいるんですもん。一心同体ですもん。
結婚なんて言葉じゃ甘っちょろい。生ぬるい。二人は、結婚で誓う永遠よりもはるかに重く永く深く大きすぎる感情をもって、ずっと繋がっていたのですから。
この「残そう」という願いを抱いて、それを象徴する力を持った蛇となったのはアヤノ自身の決断であるようでしたが、それを彼に託した理由を思えば、これは二人の望んだ形のようにも思えます。彼女がこれまで一人で戦って来たと知った上で、「助けるならあんたしかいねえって思った」と、たったひとりで戦って来た彼女のために戦うと約束してくれた彼だからこそ、彼女は彼を頼りたいと思えたし、彼に託したいと思えたのかもしれない。あんたのために戦うなんて言われた時にはまだ「私助けても何の見返りもないし」なんて言っていた彼女が、ずっとひとりで戦って来た彼女が、初めて、見返りも何もなく、まだ出会って間もない家族でも友達でもなんでもなかった彼に、願いを託した。

シンアヤ、尊い。

いやもう、尊いという言葉以外になんと言えばいいのか……シンアヤ、運命と呼ぶほかないのに運命という言葉でさえ物足りなく感じるレベルの、おそろしいほどに深く重く固い絆か何かで結びついていたんですけど……これはもう概念的結婚…………二人は一人と一匹になって、結果的に二人はふたつでひとつ、二人で一人な存在となってしまったんですよ……一心同体……おめでとうございます……


そして、最終話最終シーン。
シンタローの部屋に戻って来て。
彼の最後のセリフが。
ーーー
あっちぃな」
ーーー




こっ。
こっ……
こっちの台詞ですけど!?!?
確かに私にとって二人の関係は大変激アツ胸熱でいつだって心を温めてくれるものでしたけども!
あつさが半端じゃないんですけど……この熱量をどうしたらいいんですか私は……二人の関係があつすぎる
そろそろ語彙を取り戻さねば。
あっちいな、と首をおさえつつ起き上がった彼の第一声、そしてその目の色。
赤い目。
目に焼き付いた話。
思い出した「私」のことを思って目を熱くしたのかもしれないし、目に焼き付いたという言葉になぞらえてのことかもしれないし、単純に目を覚ました部屋の中も暑いかもしれないし、これはもうとにかくあつい。
すごく好きな終わり方。
ロスメモを初めて見た日のテンションと似ています。
こんなに胸が熱くなることはないです。あと五千字くらいは余裕で語れます。

一旦、落ち着いた方が良いでしょう。
とにかく、言えることは、カゲロウプロジェクトは最高ってことですね。
カゲプロ大好きです。じんさん大好きです。
ありがとう世界。本当にありがとうございました。
今日自分の目に焼き付いたこのお話、きっとこれから何度でも思い出して、頭の中で描いて、明日のこと好きになれるんだろうなぁと思います。


また今日も、シンアヤが好きだった。


長文での感想、お粗末様でした。


あしや
2019.2.15



追記


個人的には、アミメの謎も一つ解けた気がしました。
というのも、アミメ最終話、シンタローが目に焼き付けて来た記憶をアヤノの目をかける能力を使ってマリーに伝えるというあのシーン。
疑問だったんですよね、シンタローの「目に焼き付ける能力」が記憶が彼の中に残るだけの能力だったなら、アヤノは「目を盗む」みたいに相手の記憶を読み取る力がない限り、アヤノがシンタローの記憶をマリーに伝えるなんてことはできなさそうなのに、どうしてできるんだろうなぁ、と。シンタローはどうやってシンタローの目に焼き付いて来た記憶をアヤノに預けているのか、その部分の出力方法がよくわからなかったんですが、目をかける能力を命の代わりにした状態で生きていたアヤノが蛇の能力になったのなら、「目に焼き付ける能力」に出力機能が付いていてもそこまで不思議じゃない。あるいは、アミメ最終話で彼の隣にたったあのルートのアヤノが「目をかける能力をもつ楯山文乃」であったから、同じ「目をかける能力をもっていた楯山文乃が蛇になった能力」から記憶を伝達できる、と言われても納得できる。いくつかの理由が予想できるようになったので、あの辺の謎もすっきりしましたね。良かった良かった。

2019.2.15.21:12


追記その2

ジーン表紙の「完結」って、「完全に結ばれる」とか「完璧に結婚してる」とかそういう言葉の略なのではないか疑惑が出てきました。
裏表紙の煽りも、「僕らの思いは、きっと届くんだ。」で、今回の最終話では届かなかった想いもいつかはきっと届くよねってそんなメッセージが強過ぎて安らかに逝きそうです。

裏表紙、マリーとアヤノが笑顔で並んでるのも愛おしい…………

「また今日も、君が好きだった」
これは長年シンタローの楽曲である「目に焼き付いた話」こと「ロスタイムメモリー」のキャプションでお馴染みのフレーズですが、今回の最終話で蛇になったアヤノが最期に彼に向けて放った言葉が「好きだった」であったことを思えば、もう、「また今日も、君が好きだった」は、ずっと彼の目(あるいは能力)として彼の繰り返した全ての「今日」を見てきた蛇の言葉である可能性もなきにしもあらずかと……言えなくもないですね……

目に焼き付いた話と目に浮かぶ話と目の届かない話、今それらの楽曲を聞きつつMVを見ると相当やばいですね。あれもこれもそれもどれもすべてシンアヤだったのだと思わざるを得ません。
シンアヤ……完(全に)結(婚)した……

戻らないあの日が痛くて誰も触れないで。
という歌詞も苦しいです

回想後のアヤノのマフラーを託した後の最後の笑顔が完璧すぎる……ちゃんと未来の幸せを願って、彼を想って、待ってるからって約束する姿が好き……

アヤノは今回「待ってる」って約束して、それとは別に、アミメの最後の方で目の能力のことを思い出したシンタローがアヤノを迎えに行った場面も「待たせちまったな」とか言ってた気がしますし、シンアヤは、アヤノが待っていて、シンタローが迎えに行く、という関係性がたまりませんね
「待ち惚け」ってシンアヤ感が強いフレーズで本当にお気に入りです

最終話最後のアヤノのセリフ「一緒に」と付いてるのが本当に、本当にそうなってほしい強い願いですね。シンタローが夏を越えるということは、シンタローの能力である彼女が夏を越えるのと同義であると同時に、「未来のみんなと一緒に」あるいは「未来の私と一緒に」という意味もあるかもしれない。なんて眩しい言葉なんだろう。

とにかく最高でした。生きてて良かった。

2019.2.15.23:33



追記その3

最終話のアヤノの「最期」の言葉、あれが最期だと言ったからにはもしかするとあの言葉は最期の自我がある状態の言葉というか、アヤノがアヤノである状態で彼女からに告げられる最期の言葉だったのかな、とも考えられますね。「好きだった」って、過去形で告げたのは、本当にあれが最期だったからかもな、と。あのルートで蛇(すなわち能力)になること、つまり人間であることをやめる決断をした彼女の想いはもう報われないものと決まったから、だから「好きだった」なのでしょうか。
あの瞬間より後の彼女は、もう何度も何度も彼の目として絶望に染まった夏の終わりを見てきてしまった蛇(と書いて能力と読む)であり、そこに「楯山文乃」という個はないのかもな、と。彼の中でずっと、彼の目に映る全てを残すだけの装置としてそこにあるだけで、彼女から彼にできることといえばせいぜい能力としての言葉を時たま彼に呼びかけることくらいだったのかなと。「こうしてまた出会えたんだ。どうせならあの日、あの時話せなかった、夏の終わりの話をしよう」って、語りかけることしか出来ない状態の存在になったのかな、と。常に彼のそばにあり、みんなの幸せな結末を願い、夏を越えられる未来を信じて待つだけの存在。悠久の時をたったひとりで。でも、彼のそばには常に彼女(という能力)があるように、彼女のそばにもまた常に彼がいたことになるので、彼女のこの作戦だけは、「赤目色それが私なら」と始めたけれど、幸福理論のようなひとりぼっちの作戦ではなく、ちゃんと「分け合うから一緒に」という心で始めたものだったように思うので、それはきっと救いですね。
蛇になったアヤノに「楯山文乃」としての個人的な自我はなくとも、ただの「願い」としてはずっと、「思い出して」とか「忘れないで」とか、「待ってる」とか、そんな心はちゃんと持ち続けていたのではないかな。そうでなければ、そもそも存在し得ない能力ですし。目が冴える蛇は元々特別とは言われてますが、目に焼き付ける蛇だって、また特別な存在ですよね。他の蛇はわかりませんが、彼女は「記憶を残すための能力」である性質上、蛇になる前の自分の感情や記憶をしっかり残した状態で蛇になったはずなので。概念的なただの能力にはなったけれど、その能力となる前のモチーフとしての彼女は、ずっと蛇の中にあってもおかしくはないのかなと。
この辺、いくら考えても飽きませんね。

で、これらは全て以下の話をするための前置きでした。
元々アディメモで何度も出てくる「勘違い」という言葉は、そんなわけないと思いながらも、初めての感情だから断言もできないしそうだと決めるのも怖いしとか、色々な感情が入り乱れての言葉かなと思ってたんですけど、この最終話で「多分」という言葉が「好きだった」の前に添えられたことを思うと、恋という感情をすぐには断言できない彼女の少女性や処女らしさを感じてしまって、そういう臆病さというか自信のなさというか、初々しさが狂おしいほど好きです。
以上、追記でした!

2019.02.18.23:22


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