「これは……バレンタイン、チョコですか?」
クリスさんに無自覚片思いしているPさんとじわじわ距離をつめてたりするクリスさんのお話です。
@toasdm
これはもう彼の為にあるチョコレートでしかないはずだ、という確信を、見た瞬間に彼女は得た。貝殻、魚、恐らくヒトデ。もしかしたら星かもしれないけれど、それにしたってこれは、所謂「海にまつわるチョコレート」だ。パッケージの箱も海を思わせる深い藍色と爽やかなライトブルーで小奇麗にまとめられていて、碇のマークが印刷されたゴールドのリボンの結び目にもよくみると貝殻モチーフ。
海チョコ。それは、彼女の担当するアイドル古論クリスの為にあるバレンタインチョコレートだ。
「なんで買っちゃった……私、なんで買っちゃった!?」
レジで会計を済ませてから、彼女は勢いで買ってしまった自分の行動に混乱する。そりゃバレンタインだけど、バレンタインは皆さんに義理チョコ配ったりしてるけど、でも、これはなんか、これだけ特別みたいで、しかも買った理由が……。
「これ見た瞬間、古論さんが浮かんだからなんて……!!」
あぁぁぁ、と呻きながら頭を抱える彼女は、ヒートアップした頭を冷やすために近くのカフェに入る。そうだ、別に買ったからといって必ずしも渡さなければならないということはないはずだ、と思考を立て直した彼女は、ずず、と飲み物をすすって、ふ、と顔を上げて――…。
「っぶ!!」
思わず、噴き出しそうになった。
「ふふふ、まさかお休みの日にまでプロデューサーさんとお会いできるとは思っていませんでしたよ」
「はぁ……どうも……」
「お邪魔ではなかったですか?」
「あ、それは全然、全然大丈夫なんですけど……」
気まずさしかない相席は、せっかく立て直した思考を一瞬で崩してしまった。顔を上げた彼女の視界、窓の外には、ひらひらと手を振るクリスがいた。
お買い物ですか、と彼女の荷物を軽く一瞥して、クリスもカフェオレを飲んでいる。そんなものです、と答えてから、余計なものも買っちゃったんですけどという余計な一言と一緒に、彼女もジュースを飲み下す。
「この時期はプロデューサーさんもお忙しそうですしね」
正直なところ、そこまでではなかった。毎年配る義理チョコはネットで注文してしまっていたし、手作りなんてものはここ数年していない。相手もいないのだから当然だし、誰か特別に思う相手でもいればそこそこ忙しくしていたのかもしれないが――。
「?」
なにか、と小首を傾げるクリスをちら、と見て、いやいやいや、と彼女は頭を軽く振る。特別に思う相手というのは、仕事上のことであって、この時期の、浮ついた、バレンタインなんかで連想するような相手ではない、と頭に浮かんだ考えをパッパッと祓うようにして、彼女は小さく溜め息をついた。
……だってかっこいいじゃん。
心の声に素直に従うなら、そうだった。目の前のクリスは彼女にとって、かっこいい男性だった。ただひたすら海に夢中過ぎてアイドルとしてそれはどうなのか、とハラハラすることはあったが、それを差し引いてもクリスは所謂イケメンだった。恋に落ちているという自覚はなかったが、ならばこの胸の高鳴りはなんなのか、とたまに正気を失うことはなきにしもあらず、という微妙な感情が彼女にはあった。だからこそ、海チョコを買ってしまった自分をしっかりしろ!と鼓舞しなければならなかったのだという自覚はあったが、できれば。できれば、今のこのグラグラ不安定なときには会いたくないというのが正直なところだ。
「あの」
「なんでしょう?」
品よく髪を耳にかけてクリスはニコニコと微笑んでいる。当日じゃなければオッケーでしょ、ノーカンノーカン、意味なんてない、と誰にするでもない言い訳をして、彼女はおずおずと、先ほど買ったばかりの海チョコをクリスに差し出した。
「少し早いですが、よかったら……」
「これは……バレンタイン、チョコですか?」
ああもうやめてそんな嬉しそうな顔して受け取らないで!混乱を極める彼女は沈黙に耐え切れず、ついぺらぺらと白状してしまう。
「もうこれ見た瞬間絶対古論さんの為にあるようなチョコだなって思ったら気がついたら手が勝手にカゴにいれてレジにいって会計ピッ!て済ませてなんで買っちゃったんだろうまぁいいや自分で食べようと思ってた矢先にご本人様登場で私どうしていいかわかんないしでも多分絶対古論さん好きでしょう?!」
だからどうぞ!までを矢継ぎ早に一息に、彼女は言葉を羅列する。クリスはそれを、なるほど、の一言で済ませて、可愛らしいチョコレートです、とニコニコしながら一つつまんで言った。
「勝手に思い出してしまうくらいには、私はあなたの中に滑り込むことに成功しているのですね」
それはどういう意味なんですか、と聞き返せない彼女は、これはゴカクヒトデですね、と星型のチョコレートを食べるクリスをしばらくぼうっと見つめるしかなかった。